アラゴンとエルザ

ここでは、「アラゴンとエルザ」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。



 アラゴンは、以前にも、詩のかたちでヴァレリイ主義を批判している。詩集『エルザの眼』に収められているその詩を、ここに引用しておこう。

      純粋詩に反対する

鳥どもの 群がり集まる泉 深い泉に
愛のない水のように 冷めたい泉に
鳥どもは 世界の四方から飛んできて
軽やかな水と朽葉色の光の中で戯れる
  そしてこの世のことなど忘れてしまう

鳥どもの群がる泉 死のように虚偽のように
また蜜のようにすがすがしく 狂った泉に
サルビアの花が夢み 薄荷の匂いが漂い
翼ある空の巡礼どもは 陽を浴びて顔の隈も消え
  もろもろの苦悩や苛責も忘れてしまう

来るわ来るわ 孔雀 駒鳥 ごしきひわ
雀 つぐみ 四十雀 みんなが歌う合唱会
そこへ臆病な大鹿がやってきて まぜかえす
羽根にくるまった天使が ねたましげに
  この図を森の頂からじっと見ている

だが あの強情なやもめ鳥は けっして来ない
あの 明るい襟飾りをつけた 黒い燕は
みずから 嵐に囚われた アンドロマック(1)は
あの 優しい拒否の鳥は 泉から遠く離れ
  空とぶ影も映さぬのだ

「シッド(2)のいとしい愛する鳥 シメーヌ(3)よ
悦楽の冷たい水の中で 忘れはてるのが恐(こわ)いのか
おまえが いつも持って廻わる 空の喪を
わしになびこうともしなかった つれない燕め
  薄情な燕め わしはおまえをほめてやる

消え失せたものに 何故なおも忠義だてするのか
おまえの百姓のように わしにも羽根がある
白黒まだらのやもめ鳥め」」 しやぐま百合の茂みの奥で
鷲が 鴬の声音(こわね)をまねて 燕に歌いかける
  土蛍の飛び交う 長いながい夜のなか

鷲よ そんな変装をしても わたしはだまされぬ
わたしの望む悦びは わたしの不幸が変わること
緑の枝一つあれば わたしはゆっくりと休めるのだ
さて 一輪の薔薇をもとめて 野から飛び立とう
  敵にくらわす一撃こそは 一輪の花なのだ

どこであれ誰であれ 純粋な水など濁してやろう
おまえが火を差し出したら 吹き消してやる
心臓を差し出したら どぶに投げ捨ててやる
ああ なんと昼の痛ましく 夜のなんと長いことか
  幽霊たちの立ち上がる朝が 待ちどおしい

エクトール(4)だけがアンドロマックを また哀れなシッドがシメーヌを
そしてその運命の大きなざわめきを作ったのだ
わたしを あの芝居小屋の旅役者たちに似せた
できるものなら 湖に映った星を数えるがいい
  死者たちの空をこそ わたしは泣き悲しむのだ

死者たちの思い出も消えうせる 夢の泉に
みごとな鳥の世界の とりどりの色が渦巻く
おお 詩は鏡なのに おまえの水の甘美な作りごと
葦の間のおとぎ話 鳥どもはそこへ飲みにゆく
  黒白まだらの 鳥のほかは

もしも傷ついた鳥が 泉をさげすむなら
その燕こそは わたしの心 燕を射ち落そうと
石弓を構える者は わたしを狙うのだと知れ
わたしが まやかしよりは生活を選び
  栄誉よりは 血を選んだがゆえに
                    (『エルザの眼』)

(1)アンドロマック──ジャン・ラシーヌ(一六三九ー一六九九) の戯曲「アンドロマック」のヒロイン。
(2)シッド──ピエール・コルネイユ (一六○六ー一六八四) の戯曲「ル・シッド」の主人公ロドリーグのこと。
(3)シメーヌ──「ル・シッド」のヒロイン、ロドリーグの愛人。
(4)エクトール──前記アンドロマックの亡夫。
(この項おわり)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

和泉

(『グレヴァン博物館』と状況の詩)

 『グレヴァン博物館』は、ヒトラー、ムッソリーニ、ペタンらの、怖るべき醜怪な姿を、ロボット人形の影像で痛烈に風刺している。この人形どもの行先は、もはや歴史の博物館──グレヴァン博物館こそがふさわしい。
 この詩集の序文『黒い魚──あるいは詩の現実について』のなかで、「状況の詩」にふれてアラゴンは書いている。

 「わたしはいま『グレヴァン博物館』を読みかえしてみた。そうして

  ひとつの歌を わたしはつくった 死ぬばかりの悲しみで
  どうして どのようにして つくったかわからない
  なぜなら よるもひるも タぐれも朝がたも
  わたしは 自分の心も想いも 抑えられぬのだから

 とうたったペイル・ヴィダールのように、わたしもまた、じぶんの詩について語りたくなるのだ……
 ……わたしは、自分がつくったほかのどの詩にもまして、この『グレヴァン博物館』が、どうして、どのようにして書かれたか、語ることができない。その秘密は、わたしの秘密ではなく、あまりにも長くしかも過ぎさりやすい一時期、フランスの心臓が狂おしく高鳴っていた一時期の秘密なのである。それは一九四三年、せいかくに言えば一九四三年の夏である。四二年には、あるいは四四年にも、これらの詩句の一行も書かれ得なかっただろう。四二年には、あるいは四四年にも、この詩の表現は承認されがたく、不当なものだったろう。四二年の打撃はまだ充分ではなかったし、四四年には希望はちがった形をとっていた。そうだ、『グレヴァン博物館』は状況の詩である。そして未来の歴史家たちが、この詩にすこしばかり心をとめたとしても、あの(ヴァレリイの)『海べの墓地』や『蛇』がいつか彼らに与えるだろうあの困惑、あのとまどいを、この詩についてはもたぬだろう。『海べの墓』や『蛇』は、ひとのいうところによれば、永遠のひとかけらだということだ。その失われた日付けは、多くの議論の後にも、見つけだすことはむづかしかろう。……多くの若者たちがパルチザンにくわわった、あの一九四三年の夏に、叙事詩的感情がよみがえるのである。その根は、数年来の土壌にねざしている。というのは、四二年には、ポリッツエル、ドクール、ソモロン、デュダック、フェルドマンたちが仆れ、四一年には不滅のペリイとシャトーブリアンの二七人が死んでいた。そして四○年、三九年には、あの虚偽不正をゆるさぬひとびとの英雄的な生活があり、三六年来のスペイン戦争があった……まさに、この流された血、これらの犠牲者たちから、フランスの歌はわきあがらずにはいなかったのだ」

 ここでアラゴンはまず、『グレヴァン博物館』の書かれた歴史的状況を述べ、状況の詩──叙事詩──フランスの歌、民族の歌がわきあがらないではいない歴史的条件を指摘している。それはほかならぬナチスの侵略とそのやばんな圧制によるフランスの危機、その危機に際してフランス人民の民族意識・民族感情がよみがえったことである。この民族意識のよみがえりは、一九三六年、フランス労働者階級における民族意識復活の序曲をなしたスペイン戦争以来、準備されてきたものだった。この民族感情は、フランス人民のなかに、叙事詩的感情となってみなぎり、叙事詩となって湧きあがらずにはいなかったのである。そうして叙事詩こそ、民族の詩の主要な側面となった。民族的な共同の感情があり、共同の行動があり、共同の闘いがあり、そうして新しい「武勲」があるとき、それは叙事詩として歌われずにはいないからである。

 アラゴンはさらに書いている。
 「叙事詩の本質は、叙事詩の長さにあるのではなくて、叙事詩的感情のはげしさにある。それは、たとえばつぎのような詩句に要約される。「おお 見ろ オーヴェルニュよ 敵がやって来たぞ!」おなじく、ユゴーのみじかい詩の、つぎのような結びの詩句「おーい友よ とギリシャの子供が言った 青い眼の子供が言った──おれは爆薬がほしい 弾丸がほしいんだ」これらの詩句は、あらゆる冷笑にもかかわらず、圧制の思い出がこの地上からぬぐいさられぬかぎり、壮重なものとして残るだろう。たとえ、フランスの生活状況が、叙事詩的であることをやめたときにも……」
 「詩を叙事詩たらしめるものは、状況である。ということは、明らかに、叙事詩はつねに状況の詩であることを意味する、このことは、恐らく、最初の原型では意味していないことだが、奇妙なことを強調することになっている。つまり、叙事詩は、こんにちの通用語では、詩の「高貴な」一形式とされているが、それなのに、「状況の詩」ということばは、下等なジャンルの詩にたいする言い分として、ある種の侮蔑をもって用いる表現なのである…… 叙事詩的感情とは、民族感情の詩における名まえ以外のものではない……」

 アラゴンは、このように状況の詩、叙事詩を擁護しながら、ふたたび、ヴァレリイ風な「永遠の詩」や「詩的な神秘」の愛好者たちに批判を向けている。「永遠のひとかけら」と言われるヴァレリイの純粋詩、あの「いやはてのダイヤモンド」や、あるいは「リルケ風」は、現実の状況を侮蔑する。だが、これらの架空のオペラは、「子供が死のうとしている時には、黙りこんでしまう」のだ。
(つづく)
(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

池

   わたしは書くのだ……

わたしは書くのだ 黒死病(ペスト)に喰い荒された国で
あのゴヤの悪夢の 再来したような国で
犬どもが 「精神の糧(かて)」ばかりをつけねらい
白い骸骨が 大豆畑をたがやしている国で

人相のわるい大男が あたりをうろつきまわり
鞭(むち)をふるって 家畜を追いたててゆく国で
怖るべきわざわいの日々の 非情の空の下
野獣や猛禽(もうきん)どもが 爪で獲物を奪いあう国で

傀儡(かいらい)どもの足に踏みつけられて 息もつけず
車の轍(わだち)で 国の奥まで掘られ抉(えぐ)られ
ペトーシュ王の名で しぼりとられる国で
人間面(づら)した狼どもの餌食となる 恐怖の国で

わたしは書くのだ 人びとが汚物と渇きの中に
沈黙と飢えの中に 閉じこめられている国で
ラバールの統治下 まるでヘロデ王の治世のように
母親の目の前で 息子がひったてられてゆく国で

わたしは書くのだ 流れる血で顔かたちもゆがみ
傷だらけ痛みだらけで 呻めいている国で
押し入るにまかせ 雹にうたれる市場のような国で
死神が 骨のかけらでお手玉をする 廃墟の国で

わたしは書くのだ 警官が 夜(よる)の夜ふけに
家々に踏みこんできて 人びとをひっ捕え
刑事どもが 愛国者たちに口を割らせようと
その傷(いた)めつけた手足に くさび打ちこむ国で

わたしは書くのだ 山なす死者たちにじっと耐え
その赤紫いろの傷口を 人眼にさらしている国で
猟犬の群が むらがってその上に咬みつき
下僕が角笛吹いて 獲物の分け前を分けあたえる国で

わたしは書くのだ 屠殺者どもに皮剥(は)ぎとられる国で
そのむき出しになった神経 臓腑 骨が見える
またわたしは見る 松明(たいまつ)のように燃えあがる森を
燃える麦畑のうえを 逃げまどう小鳥たちを

わたしは書くのだ 身の毛もよだつ非道が横行し
外国の兵隊たちの 寝息がきこえる深夜のなかで
遠いトンネルのなかで 列車が悲鳴をあげる
抜け出られるかどうかは だれにもわからぬ

わたしは書くのだ 二人の敵手が闘かう決闘場で
一方は 飾り馬にまたがり 鎧(よろい)かぶとに身を包み
片方は 敵の剣に 見るも無残に切りきざまれ
身にまとうものとては ただ勇気と正義だけ

わたしは書くのだ 予言者ばかりか国民ぜんぶが
獣(けもの)なみに つき落されている この穴のなかで
誰か叫んでくれ この辱しめを忘れるな
とうぜん食う権利のある肉を 奪い返えせと

わたしは書くのだ 俳優たちがその花道も幕間も
楽屋も失(な)くしてしまった 悲劇の書割のなかで
侵略者たちが わずかばかりの無知なやからに向って
大言壮語をもぐもぐと読み上げる 空(から)っぽの劇場で

わたしは書くのだ 怨嗟の声がおうおうとみなぎる
巨大な徒刑囚船(ガリー)の中で またわたしは書くのだ
拳(こぶし)で壁をうちたたく合図の音が 年獄じゅうにひびき
看守たちを面くらわせる タぐれの地下牢で

これでも君らは わたしに花を歌えと言うのか
もう 叫び声などを歌ってはならぬ というのか
あの七色の虹のうち 今わたしの愛するのは三つの色だけだ
しかもわたしの好きな歌を君らはもう禁じてしまったのだ

どうして我慢できよう 泡杓子(あわすくい)のように穴だらけのこの世界に
そこにのさばる不法と あの呪わしい怪物どもに
そして わたしは 消えた「楽園」の思い出を呼び起こし
そのしらべに わたしの歌を結びつけずにはいられぬのだ

わたしは歌おう 心なき がらくたの言葉で
こんこんと降る雪よりも もっとさり気なく
新聞で読むような ざらざらとした言葉で
そうして みんなの言い廻わしで 語るのだ

ふと アスファルトに落ちた 銅貨の音に
ひとが 歩きながらも 振り返えるように
不幸の噂は 誰いうとなしに 伝わってくる
それは降って湧いたような言葉 立ち去らぬ言葉だ

フランスの言葉は 二重の意味の希望をひめる
雨の降ったことを 忘れやらぬ牧場のように
もっとも単純な言葉が もっとも強い力をもち
その協和音で 長い余韻を残して ひびくのだ

鳥たちを歌おうと えびら萩の茂みのなかで
色あせてゆく八月の その移ろいを歌おうと
また風について歌い 薔薇について歌おうと
わたしの歌はちぎれて すすり泣きに変わるのだ

野に花が散るや わが人民は鎖につながれる
わたしの眼の中に べつの詩が燃えあがる
この空模様では なにもかも地獄の匂いがする
シレジアの塩坑にたちこめているあの匂いだ

おろかなことだ 口に出さずに黙っていようと
たれもかれも 知ってることを 詩に歌うとは
だが このドイツの牢獄を フランスの調べで歌うなら
かれらの悪事は 羽根が生(は)えて 忽ち知れわたろう

わたしがなお歌うのは 憎しみの太鼓をうち鳴らし
歌の調べのなかに その教訓をきざみこむためだ
ポーランドの国ざかいには 拷問地獄がある
その怖ろしい名を 口笛や指笛が吹き鳴らす

人間の力のぎりぎりの世界 ぎりぎりの飢え
キリストも こんな怖ろしい目には会わなかった
こんな果てしもない 胸えぐる非情の世界に
人間の魂が投げこまれるとは 知らなかった·

アウシュヴィッツ アウシュヴィッツ 血のしたたる音綴り(おんつづり)よ
ここにひとは生き 火の消えるように死んでゆく
ひとはこれを なぶり殺しの刑と呼んでいる
われらの同胞が ここで徐々に死んでゆくのだ

ここに繰りひろげられるのは 苦痛のオリンピックだ
恐怖が 死にもの狂いで 死とたたかうのだ
しかもそこに フランスの選手団がいるのだ
わが国の 百人の女たちが そこにいるのだ

見るがいい 栄光にみちた百の花たちが
この不幸な祖国の名誉を その血で守りぬいたのを
残酷無残な学校における その百の教訓から
われらは学びとろう 愛とは 憎むことだと

息子や 兄弟や 夫たちに 聞くもなつかしい
その百の名を いまは告げるわけにはゆかぬから
せめてこの不幸のどん底で あなたたちに挨拶を送ろう
マリー・クロードの名を呼んで マリーよと

そして『自由』の絵図で 最初の叫びをあげてる女のように
最初に夜(くらやみ)のなかへと逝き はるか墓の彼方で
光りと化したマリー・ルイズ・フルーリよ
わたしは あなたに挨拶をおくる マリーよ

  ああ 怖るべき種まきが
  この長い夏を 血で色どる
  あまりにひどすぎる 聞けば
  ダニエルもマイユも殺(や)られたという

  奴らは ひと切れひと切れ 切り刻むのか
  連れ去った わが優しいフランスを
  噂をきけば 悲惨なわれらの野に
  暗闇は いよいよ濃くなるばかり

  言葉は無力で うまく伝えてくれぬ
  マイユよ ダニエルよ わたしには自信がない
  わたしの胸と歌とを ひきちぎる
  この物語を どう語り終えるか

百の顔をもったフランスのマリーたちに 挨拶をおくる
あなたたちの或る者は 人質を殺した人殺しどもの
ぬぐいとれぬ悪名を 永久に 告発するのだ
愛した仲間たちのあとに ただ生き残ることで

生き残ってるあなたたちを 男たちは待ちこがれている
奴らのむごい仕打ちを知って 身ぶるいしている
様子を知ろうにも 手がかりは風の便りの噂ばかり
もう その怖ろしい重荷に うちひしがれているのだ

それでも彼らは 遠いあなたたちの真相がわかるような気がして
も一つのむごい不幸が降りかからぬかとおののくのだ
あなたたちが帰えってくれば 彼らは生れ変わる
だがどうしたら 奪い去られたあの人に会えよう

しかし 愛から生れるのにさえ 苦しみがあるのだ
帰ってきたら どんな暗い話をすることかと
彼らは 夜もねずに 昼はぼんやりと思いふける
あなたたちの徴笑みさえ見れば すべてはまた始まるのだが

あなたたちがめでたく帰ってくる その時には
おのぞみどおりの花々を飾って 迎えよう
かがやく 未来の色をした花々で 迎えよう
どうしても 帰ってくれなければならぬのだ

あなたたちの席は 優しい光に照されよう
子供たちは 拷問された手にくちづけしよう
あなたたちの疲れた足もとで すべては柔い苔となり
音楽があなたたちの心を慰め 部屋を和らげよう

夜がやってくると 庭は生きいきと 息づこう
夏の茂みはそよぎ 野は深(ふか)ぶかと広がろう
たちまち 燕が窓にやってきて 告げるだろう
マリーよ ようこそ お帰えり マリーよと

おお 怪物どもの手から奪い返えされ 平和にもどった
わがフランスよ 難破をまぬかれた船よ 換拶をおくる
オルレアンを ボージャンシーを ヴァンドームをほめ讃える祖国よ
鐘楼の鐘よ 鳥たちのために アンジェラスをうち鳴らせ

雉子鳩の眼をしたわがフランスよ 挨拶をおくる
わたしの苦しみも わたしの愛も むだではなかった
わが古くて新しい葛藤の国 わがフランスよ
英雄たちの眠っている大地よ 雀のむれとぶ空よ

嵐もさって 風も凪(な)いだわがフランスよ
地図を見れば 海風に向って掌(てのひら)のように開き
遠い沖の鳥たちが飛んできて 羽根をやすめる
わが永遠のフランスよ あなたに挨拶をおくる

リールからロンスボーへ ブレストからモン・スニへと
渡り鳥は 飛びまわって 初めて学びとったのだ
自分の巣を棄てて 飛びまわるに 価いするものを
わがフランスよ わたしはあなたに挨拶をおくる

鳩の祖国であるとともに 鷲の祖国でもある祖国よ
ごり押しの厚顔と 湧き起る歌声とが 同居している祖国よ
小麦と 毒麦とが 気まぐれな太陽のひかりで
ともに実(みの)るわがフランスよ あなたに挨拶をおくる

あの驚嘆すべき日日 民衆がめざましい働きぶりを
発揮した わがフランスよ あなたに挨拶をおく
人びとは歓呼の声をあげて はるばる首都にやってくる
パリ 三年の蹂躙(じゅうりん)に耐えぬいた なつかしいパリよ

幸いなるかな 偉大なるかな 勝利の虹をかかげ飾るものは
虹がかかったからには もう雷鳴はとどろかぬだろう
かちとった自由に 鳴りをひそめていた竪琴(ハープ)もまた鳴り出す
おお 栄えあれ 大洪水をくぐりぬけた わがフランスよ
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

池



5)グレヴァン博物館

    われらの黙示録が始まって……

われらの黙示録が始まって 四度めの夏
ふしぎな うすら明りが地平線に現われた

いまや くらい日蝕も 終りに近づいたのか
あかるい希望が 牢獄の藁のなかにも脈うつ

きくがいい 風にきしむ戸のように呻く夜を
あけぼのが 人殺しどもを青ざめさせるのだ

おびえた王侯たちが護衛をつれてご帰館になる
血まみれの服を洗っている 奥方のところへ

いままでの彼らの領地 恐怖の帝国に
せきをきったように ちがった話声が流れる

はじめて 殺すためでない 人間らしい言葉が
暴君どもの くちびるを ひらかせる

彼らは免罪権を云々し 気が狂っていたんだという
きょうもどこかで 子どもが死んでゆくときに

これからは 恋の歌を甘くささやくがいい
その偉大な胸ははり裂けると 世に証(あか)すがいい

だがついに 隈(くま)どりをした道化顔の下に 素顔はのぞく
彼らの人殺しは数えられ 帳簿は閉ぢられたのだ

彼らは 犯罪をもって犯罪の口実としながら
ひとびとの呻き怨む声に うち興じていたのだ

かつてわれらは 彼らの馬どもの秣(まぐさ)集め隊だったが
彼らの戦車隊や陰惨な仕打ちにも毅然として立っていた

権力は掟となって 精神を辱しめふみにじった
彼らはおのれの法律を拒むものを気違いだと笑った

彼らの形面上学では すべてが変るためには
見せかけの光りが作られるだけで 十分だった

彼らの哲学では すべてが変るためには
音楽をちょっと変えるだけで 十分だった

なんと奇妙な時代の 奇妙な季節だろう 
狼が森の中を 説教してまわりたいというのだ

まるでぼろぼろに裂けて 綿のはみでた座布団だ
誰の眼にも その腹と秘密がまる見えなのだ

ヨーロッパの四辻で 演説をぶってる男たち
だが 事業をしくじった絶望はかくしきれない

博愛家の燕尾服をきた 案山子(かがし)たちも
夜明けには 首を吊ったようなふりをしている

敗北は彼らの頭上にあるのに 信じようともせず
彼らは 折れた剣を 風に向かってふりまわす

しかし、彼らをとりまいた群衆は 生きた鏡だ 
彼はもう首を切り落とされた姿で映っているのだ

むだなことだ 大言壮語でひとをあざむこうと
夜明けは 恐(おそ)ろしいものだと言いふらそうと

むだなことだ いまさらいつくしみの手袋をはめようと
天命をうけてやってきたなどと 言いはろうと

むだなことだ 無知を美徳の列に祭りあげようと
くらやみを 光りだなどと 言いくるめようと

おのれの葬式の重い足どりをわれらにおしつけようと
異国の神々を われらの銅像にとって代えようと

臆病であれと教えようと 奴隷根性を吹きこもうと
いたるところに 恐怖の風をあふりたてようと

男を牢獄に 女をやもめ暮らしに おとしいれようと
すべてを汚し 台なしにし 辱しめようと

むだなことだ いまなおおのれの憲兵に命令しようと
むだなことだ 戦利品に腰かけて眠りこけようと

彼らは じぶんの涙の色をかくすことができない
まちがいなく 夜のあとには朝がやってくる

あけぼのはその赤銅の手をさしこんで焼きつくすのだ
あのくらやみの王どもと その腐った合唱隊とを

あのにせの十字軍 妖怪変化のぺてん師どもから
怒りに燃える大地は 解き放たれねばならない

彼らには恐ろしいのだ 息づくすべてのものが
ゆりかごのほとりの子守り歌が 夏の小鳥さえが

脈うつ心臓の音にもおびえて 身をかくす
すべてが物の化に 鎖に 幽霊屋敷に見えるのだ

眠りの中できく足音も 見張りにやってくるようだ
いったいどんな夢をみて あんなに寝がえりをうつのか

彼らの思い出は火の中 こころには棘(とげ)だらけ
こんどは彼らの番だ 誰かが彼らを責め殺すのだ

誰の眼にも見える 白い鳥について語っている
その地獄の口から 毒蛇が這いだしてゆくのが

誰の眼にも見える 彼らのうしろで殉難者たちが
親指をそらして 血まみれの合図をしているのが

誰の眼にも見える 裏切者たちの暗い眼ざめが
太陽にあばき出されて あわてふためくその姿が

誰の眼にも見える 牧師が彼らのわきで悲劇的に
くちづけするようにと 十字架をさしだす姿が

誰の眼にも見える 未来におびえおののく彼らの姿が
誰の眼にも見える 刑車(くるま)が彼らの上をまわるのが

誰の眼にも見える これら死刑囚どもの姿が
そして弾丸(たま)にぶちぬかれて 黒い血の吹き出すのが

彼らは やがてやってくる判決の 恐ろしい焼印を
その肉に焼きつけられて もう塗りかくすこともできぬ

ロボットたちの額を照らす 蠟燭明りのなか
彼らはもう集合しているのだ グレヴァン博物館に向かって

☆グレヴァン博物館 一八八二年に漫画家アルフレッド・グレヴァンによってパリのモンマルトルに設立された蠟人形の陳列館。アラゴンはこの詩集で、ナチスの協力者たちを蠟人形館行きのロボットとして痛烈に風刺している。
(つづく)
(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

池

4)サン・ドナの村へ

 ところで、このリヨンのモンシャの隠れ家も安全ではなくなったので、一九四三年七月には、ドローム県の寒村サン・ドナに移る。その頃の一枚の写真をみると、ちょうど日本の農村の、壁のはげ落ちた土蔵のような家から、アラゴンが降りてくる。下には、村の子供がなかば裸かで立っているところが写されていて、地下生活のきびしさが思いやられるのである。サン・ドナの思い出をエルザはこう書いている。
 「わたしたちにとっても、活動にとっても、リヨンはいたずらに危険の多いことが分った。そこで、必要な外出のできる静かな場所に、わたしたちはかくまわれることになった。こんどは信用できる偽証明書をもって、わたしたちはドローム県のサン・ドナへ向った。むろんそこでは「北部地帯」からの多くの避難者のように、おとなしく、仕事のない閑人らしく装って暮らさねばならなかった。よく組織された非合法活動のきびしさが、すべてについてまわった。
 わたしたちは、「解放」の日までそこにとどまった。ヴァランスやリヨンやパリへしげしげと旅行をしながら。(リヨンのブロンに、わたしたちはついに月ぎめの部屋を借りることにした)村のひとたちは、ひんぴんと行ったり来たりするわたしたちをよく見ていたが、見て見ぬふりをしていた。まもなくわたしたちは、村びとのなかに、口の堅い協力者を見つけだした。その人たちは、口には出さなかったが、この地域に避難していたパリっ子たちをとおして、わたしたちが何者なのか知っていた。またある村びとたちはわたしたちの素性を知らぬながらも、「感づいて」いたし、ほかの村びとたちは、わたしたちを何かうさんくさいと思っていた。わたしたちは、サン・ドナにとどまることに決めた。結局、運は天にまかせるよりほかなかった。私たちにとって、安全であるような場所はどこにもなかったのである」
(『交錯小説集第五卷序文』)

 ラヴァル、ペタン、アウシュヴィッツなどの名まえを公然と挙げているような詩は、一九四三年〜四四年頃に合法的に発表することはとてもできなかった。アラゴンの詩にとって、いつそうきびしい非合法の時代がやってくる。こうして非合法出版が始められる。
 その頃、知識人の抵抗組織は大きくなっていた。知識人は五人で一つの地下細胞をつくり、それは「星」と名づけられ、非合法活動の規律にしたがって、他の地下細胞とは厳格に区切られていた。この組織を通じて「星」と題するタイプ刷りの小冊子がひろめられることになる。五人組から、この小冊子をうけとった読者は、この小冊子を四枚のカーボン紙で複写して、新しい五部を流布する。こうして「雪だるま」の方法でつづけてゆくのである。
 アラゴンの仲間はまた「フランス書房」Bibliothèque Française の名義で地下出版を始める。この出版所名で最初に出版されたのが『グレヴァン博物館』であった。この詩は、「怒れるフランス人」という名前で出版され、まもなくパリの「深夜厳書」によって再版される。
 この詩は、リヨンで書き始められて、サン・ドナの村で書きあげられた。

  われらの黙示録が始まって 四度めの夏
  ふしぎな うすら明りが地平線に現われた

  いまや 暗い日蝕も 終りに近づいたのか
  あかるい希望が 牛獄の藁のなかにも脈うつ

 という詩句で、この五五六行の大きな詩は始まっている。ナチスの侵略がはじまって、すでに四年めの夏を迎えていた。この年の二月二日、ドイツ軍九万がスターリングラードで降服し、ナチス・ドイツの敗北は早くも避けられぬものと見られていた。しかし、フランスを占領していたドイツ軍は、いよいよファシストとしての野蛮な虐殺、略奪、弾圧をふるっていた。この詩は、その血なまぐさい状況のなかで、その血なまぐさい状況そのものを書いた叙事詩(エピック)であり、ファシストたちにたいする痛烈な調刺詩である。
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

地下抵抗の時代のアラゴン 1944年

地下抵抗の時代のアラゴン 1944年

3)ドロームの隠れ家「天国」とリヨンの別荘

     *
 一九四二年十一月十一日、イタリア軍がニースに侵入してきたため、エルザとアラゴンは、最後の列車でニースを離れて、地下にもぐることになる。かれらはディニュで下車し、そこから自動車でアヴィニョンに行き、ピエール・セゲールスに会う。そこから、前もって借りてあったドロームの家へ行って、そこで二カ月を過す。このドロームの家について、エルザはこう書いている。
 「隠れ家は、ディウルフィの上方の、山の中にあって、そこへ辿りつくには、歩いてゆくよりほかなかった。わたしたちはこの隠れ家を、陰謀めかしく「天国」と呼んだ。それは、三つの村をむすぶ四つ辻に、ぽつんと立った廃屋(あばらや)だった。だから、三つの村のどれに属するのか、はっきりとはわからなかった。まるで、だれも気にとめないような家だった。
 一九四二年の、冬の雪のなかに埋まって、世間から切り離されて、誰にも見つからず、どんな連絡もじっさいに不可能だった……だが、こんな状態をつづけるわけにはいかなかった。早急に、このうつろで奇妙な天国から降りて公然とは生きられないにもせよ、占領された下界を見つけねばならなかった。偽の身分証明書を手に入れるために、わたしはリヨンへ向った。
 書類をつくるに必要な時間(とき)をすごしたのち、わたしは、歩いたり、自動車(くるま)に乗ったり、汽車に乗ったり、ホテルや駅で夜を過ごしたり、骨の折れる辛(つら)い旅をして、白い孤独のなかへもどってきた。あなたは天国のふもとでわたしを待っていた。クリスマスの夜のなかを、長いこと、よじ登って、やっと辿りついたのは、三本の大きなポプラに守られたこのあばら家だった。あなたは、炉のなかで杜松(ねず)の薪を燃やした」

 この「天国」は、安全な隠れ家ではあっても、山の中にあったために地下活動をつづけるには不便でもあり、不可能でもあった。そこでかれらは、リヨンのモンシャにある「confluences」誌の編集者ルネ・タヴェルニェの家の屋根裏部屋を借りて住むことになる。そこに、一九四三年一月の始めから、七月末まで滞在する。この頃の思い出を、サドゥールはこう書いている。

 「わたしは連絡のためにしばしばリヨンへ行って、このモンシャの別荘の屋根裏部屋を訪れた。そこでエルザは、『白い馬』や『アヴィニョンの恋びとたち』の原稿をよんでくれた。アラゴンは、その頃マキ団(パルチザン)を組織した人たちを讃えて、『百の村の壮丁』をそこで書いた。
 リヨンの町を見おろすモンシャの小さな辻公園で、かれはわたしに、「しあわせな愛はどこにもない」を読んでくれ、それを聞いてわたしは泣いてしまった。この詩がひどく絶望的に思えて、わたしはかれに、この詩を発表しないように頼んだ。(その頼みはむだでもあり、まちがってもいた)
 わたしたちが、アウシュヴィッツの存在を知り、この収容所で友人のダニエル・カザノヴァとマイユ・ボリッツェルが死んだことを知ったのも、またこの町においてであった。八月の始めで、アラゴンとエルザが非合法にパリへ向って出発する時だった。列車のなかで、ルイ(アラゴン)は膝のうえで、もう書き終えたと思っていた長詩(「グレヴァン博物館」)に、つぎの八行の詩句を書き加えたのである。

  ああ 怖るべき種子(たね)まきが
  この長い夏を 血で色どる
  あまりにひどすぎる 聞けば
  ダニエルもマイユも殺(や)られたという

  奴らはひと切れひと切れ 切り刻むのか
  連れ去った わが優しいフランスを

  噂をきけば 悲惨なわれらの野に
  暗闇は 濃くなるばかり
                    (サドゥール『アラゴン』)

 つまり、のちに『フランスの起床ラッパ』に収められる詩のいくつかが書かれ、『グレヴァン博物館』が書かれたのは、この頃である。
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

カサノヴァ
Danielle Casanova
ダニエル・カサノヴァ、その顔は、人間の兄弟愛を永遠に象徴しています。
アウシュヴィッツの収容所で仲間を介抱した後、チフスで亡くなりました。
(マックス・ポル・フーシェ「レジスタンス」)


2)『ブロセリアンドの森』

 『ブロセリアンドの森』(一九四二年)もこの頃の情勢をよく反映している。その序文は言う。
 「一九四一年にもまして一九四二年には、フランスじゅうがブロセリアンドの森に似ていた。森のなかで、ヴィシーの魔法使いたちとゲルマニアの竜騎兵どもが、すべての言葉に、呪文めいた、ゆがめた意味あいを与えていた。もはや何ものも、その本来の名まえで呼ばれなかった。あらゆる偉大さが卑(いや)しめられ、美徳が嘲笑され追害された。ああ、それは、奥方たちが魔法にかけられ、姫君たちが囚われる時代であった。いたるところの路上で遭遇戦が起こった。突如として現われた騎士たちが、年寄りや子どもたちを助けた。墜格子を揚げた城からは、不審(ふしん)な呻めき声が聞こえてきた。時が進むにつれて、ますます多くの、無名の騎士たちが武器を手にとって立ち上った。かれらの名は、ロジェやピエールであり、ダニエルやジャンであった。ますます多くの勇士たちが現われ、かれらの武勲は、武装した兵隊や首切り人や、鬼どもや大男どもの眼をかすめて、口から口へと、フランスの森じゅうに伝えられたのだ」(『詩における歴史的正確さについて』)
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

森




 地下生活と『グレヴァン博物館』

1)『詩法』とドクールの死

 トゥールの兵営から幸運にも釈放されたアラゴンとエルザは、パリに潜入する。そこで作家の抵抗組織として「作家全国委員会」を創設するために、ポリッツェルやドクールと協議し、またジャン・ポーランと協力する。こうして、「作家全国委員会」の機関紙として「レットル・フランセーズ」が、ドクールの編集のもとに発行されることになる。しかし、一九四二年一月、まさにその第一号が印刷されているとき、ドクールは、ボリツェル、デュダック、ソロモンらとともに逮捕された。かれらは、残虐な拷問をうけたのち、一九四二年五月、モン・ヴァレリアンでナチによって銃殺される。
 このニュースを知って、アラゴンは『詩法』を書く。

 「五月」の死者たち わが友らのために
 いまよりは ただ かれらのために

 わたしの詩韻(うた)が あの武器のうえに
 流される涙のような魅力をもってくれるように

 そうして 吹き狂う風とともに
 変りゆく生けるひとびとのために

 わたしの歌が 死者たちの名において
 悔恨の白い刃を 研ぎすましてくれるように

 絡(から)みあう言葉たち 傷ついた言葉たち
 そこで罪人が叫んでいるような詩韻(うた)

 言葉は 詩韻(うた)は 悲劇のさなかで
 水をうつ艪のように二重の響きを奏でる

 ありふれた言葉よ 韻よ 雨のような
 かがやく 窓硝子のような

 ふと行きずりに見る 鏡のような
 胴着のうえの 萎れた花のような

 輪を廻わして遊ぶ 子供たちのような
 小川のなかにきらめく 月のような

 戸棚のなかの ねなしかずらのような
 思い出のなかの 匂いのような

 韻よ 韻よ そこにわたしは
 高鳴る赤い血の ぬくみを聴く

 思い出させてくれ われらもまた
 あの人たちのように 勇猛なのだと

 そしてわれらの心の 崩折れるとき
 忘却から われらを呼び覚ましてくれ

 虚(うつ)ろな火屋(ほや)が 音立てる
 消えたランプに 火を点(とも)してくれ

 わたしは歌う いつまでも
 「五月」の死者たち わが友らのなかで
                     (『原文におけるフランス語で』)

 この詩は、スイスの「Curieux」誌(一九四二年八月)に掲載されて、「自由地帯」に合法的にひろめられた。ここで歌われている「五月」が、あのドクールたちの銃殺された怖るべき四二年五月であったことを知らなかった人たちには、一九四○年五月のダンケルクの死者たちを歌ったものと思われたかも知れない。さらにまた、それは一八七一年のパリ・コミューンの五月の死者たちをも思い出させるだろう。ここに、歴史的事実にたいするふくみに富んだ詩的表現の問題がある。これら「五月の死者たち」の英雄的な肖像は、『殉難者たちの証人』のなかに描かれている。ドクールは死にのぞんで、つぎのような手紙を書き残した。
 「お察しのように、ぼくは、今朝(けさ)じぶんの身に起ることを二ヶ月前から予期していました。だから、それにたいする心がまえをする時間もあったのです。しかし、ぼくには宗教などなかったので、死についての瞑想に沈むということもなかったのです。ぼくはちょっとばかし、自分が木から落ちて腐葉土となる、一枚の木の葉のようなものだと思っています。腐葉土の質は、木の葉の質にかかっているのです。ぼくが話したいのはフランスの若者たちのことで、ぼくはかれらに希望のすべてを託しているのです」
(つづく)
(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

森


  ひとつの国民詩のために

アランよ きみは息つくひまもない 
八月のさなかに 見かける雪で
どこからともなく 降ってくる雪で
羊の群から飛び散る 羊毛のように 
鯨が吹きあげる 潮(しお)しぶきのように

きみはわたしに思い出させるのだ きみの名によく似た あのベルトラン・ド・ボルン(1)と名のった 人を

アラン・ボルヌよ きみの詩はまるで 
あの遠いむかしの 国にも似ている
えりぬきの娘たちが 待っているのだ 
一角獣(2)のいた 美しい時代のように
ベルトラン・ド・ボルンが歌ってくれるのを

生き甲斐と愛し甲斐とを 愛し甲斐と愛に殉ずる死に甲斐とを 歌ってくれるのを そのことを忘れないでくれ

ベルトランは シェへラザードにもまして
時をかせぐ すベてを知っていた
次第に若者たちは 立ち上ってゆく
どうして心くじかれてなどいられよう 
ほかの人たちが 十字軍に出かけてゆくのに

わが金髪の愛人が チール(3)ではなくてフランスにいる時 しかもサルタンが枕を高くして安穏と暮らしている時

わが秋の 霜のおりた巻毛のなかに
うっくしかった わたしの夏を失っても 
もう かまわぬ 忘却の河 レテの河水(4)は 
愛の注いだ 血の味をたたえているのだ
そして接吻(くちづけ)(5)は いつもわたしの心をゆさぶるのだ

口の中で描きながら 描き終らぬ前に 崩れてしまった 金いろの輝かしい面影どうように
だがまさに 電が降ったそのとき
ベルトランのうたう歌声が聞こえたのだ
その危険は また別種のものだった
それともあれは きりぎりすの歌だったのか
フランスは 石蹴り遊びの夜ではないのだ

小石をほかの流れに蹴りやるように わが人民とわが心とを天国から地獄 へ突き落とすとは

生き甲斐と 愛し甲斐とは
うつろう季節のように 変わるのだ
われらがいま酔っている 青い言葉も
いっか われらを酔わせなくなる
フリュートもラッパの音に消されてしまう

ああ 茫洋としたわれらの地平線の その広さにふさわしい調ベが 戦いの中から湧き起こるだろうか

不幸は フランドルでわたしを捉え
ルーシオンまで 胸をしめつけて離れぬ
戦火をくぐり抜けて われらは叫ぶ
われらの歌を 火とかげの歌を
だが誰が この叫びをまた叫んでくれよう

死んだ人たちにも 生きてる人たちにも声をあげさせ 灰の中から火を掘りおこし そこに蟋蟀(こおろぎ)をとき放とう

大地も しゃベる舌をもつがいい
壁も 舗道も くちびるをもつがいい
みんなが話せ 語れ よく知ってる君たち
恐ろしい秘密を見とどけた 君たち
血は 黙りこんでいることを許さぬのだ

ついにフランスが その長い珠数をつまぐって すさまじいパーテルの祈りを すさまじいアベ・マリアの 祈りをあげてくれるように

波のなかに ひそんでいる海獣が
雑木林のなかを うろつく狼が
その序曲をきいて 身ぶるいした
歌手たち 鼻をふくらませて高く歌え
アレキザンドルの調ベで

一本の草の芽もひとつの息吹きも 一瞬のためらいもなく その胸の「ハ音」を祖国にささげねばならぬ

アランよ きみは息つくひまもない
八月のさなかに 見かける雪で
どこからともなく 降ってくる雪で
羊の群から飛び散る 羊毛のように
鯨が吹きあげる 潮しぶきのように

きみは わたしに思い出させるのだ きみの名によく似た あのベルトラン・ド・ボルンと名のった詩人を

(1) ベルトラン・ド・ボルン──十二世紀の有名な吟遊詩人たちのひとり。
(2) 一角獣──神話の怪獣。からだは馬で、頭は鹿だが角は一本しかない。
(3) チール──フェニキアの都。三世紀頃、アレキサンダー大王の軍勢に包囲されたが、抗戦したことで有名。 
(4) レテの河──ギリシア神話にある冥界の河。
(5) 口吻──ここでは、祖国へのくちづけの意味で、愛国者たちの献身的な犠牲の意味がこめられている。

(この項おわり)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

花々

 五月の夜

妖怪(1)どもは わたしの通った道を見張っていた
だが 野に立ちこめた深い霧が その警戒の眼を遮った
夜は 軽やかな足どりで 野のうえにやってきた
そこでわれらは ラ・バッセ(2)の城壁を後にした

百姓家の火が 人影もない野の奥で燃えている
溝の草の茂みに ひっそりとうずくまった
飛行機が一機 念仏のような唸りをあげて飛び
アブラン・サン・ナゼール(3)の上空で ロケット砲がその翼を揺る

うろつく妖怪どもは 足どりももうめちゃくちゃだ
同じ処をぐるぐる廻って 頭もふらふらしている
恐怖の羽根飾り(4)が 地平線にせり上る
戦車にふみにじられた アラース(5)の家々の上に

わたしは見る 二つの大戦が出会い重なりあうのを
見るがいい この共同墓地を あの殉難の丘を
ここでは夜が 墓の中の孤児たちの夜に重なりあう
むかしの亡霊が きょうの亡霊といっしょになる

おれたちは花環もない草の中で どんなに夢みたことか
地上を 自分の墓穴を 墓碑銘のない日附と名前を
だからおれたちは おまえらの神話(6)の中に生き返えってやろう
もう古戦場案内人の 歯の浮くような声もきこえてはこぬ

二十年たっても死にきれぬ ビミイ(7)の蒼い幽霊たち
おれは 夜明けへ通ずる道だ 突破口だ
尖塔のまわりを廻わる風見だ そしておれは危険に身をさらすのだ 
「眠れぬ者たち」「死にきれぬ者たち」よ 君らのさまよう場所で

思い出のパノラマよ 苦しむのは もうたくさんだ
あれは終ったのだ 静かにお休み だが再びとどろく大砲に向って
君らの誰かは反対(ノン)と叫んだ このえせトリアノン宮殿(8)は
白い十字架と緑の芝生を敷きつめても まさしく殉難の丘なのだ

もしも怒りに身を震わせるなら 生者も死者もおんなじだ
生きていても寝床で眠ってる者は 死者と変りがない
こよいは 生きてる者が その墓穴から這い出し
眼をさました死者たちが 身を震わせて生者のまねをするのだ

かつてこんなに敵意にみちた夜があったろうか
ミュッセ(9)よ 君の美神と執念とは何処へ行ってしまったのか
どこかに えにしだの香りがただよっている
いまはまさに 一九四○年の 「五月」の夜なのだ

(1) 妖怪──ドイツ軍を指す。
(2) ラ・バッセ──フランスのノール県の町。ラ・バッセ運河の中心点。
(3) アブラン・サン・ナゼール──ノール県の南境に近い、パ・ド・カレー県の町。
(4) 恐怖の羽根飾り──フランス軍(連合軍をふくめて)の軍帽の羽根飾りが地平線にちらちら見えるの意。つまりそれはドイツ軍にとって恐怖を意味していた。
(5) アラース──パ・ド・カレ県の町。第一次大戦でドイツ軍の砲撃によって破壊されたが、ドイツ軍はついに占領することができなかった。
(6) おまえらの神話──ナチの神話。ここでは、その神話によってひき起した第二次大戦そのものを指す。
(7) ビミイ──アラースの北にある町。第一次大戦の激戦地。
(8) トリアノン宮殿──ルイ十四世によってヴェルサイユに建てられた豪華で有名な宮殿。
(9) ミュッセ──十九世紀のフランスの詩人。詩集『夜々』の詩人として、ここで暗喩的に用いている。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

夕やけ



六 エルザ・ワルツ

どこへ行くのか もの想いよ どこへ行くのか強情なものよ
スフィンクスは じっと 燃える砂のうえに膝まずき
「勝利の女神」は 身じろぎもせず 色褪せて
  石壁のなかに 閉じ込められ
古代のはしけから 飛び立つこともかなわぬ

なんと心魅く 魔法のような 未知のワルツが
狂おしい思いのように いやおうなしに おれを捉えることか 
おれは足もとに感じる この痛ましい時代の ながれ行くのを
  エルザよ この音楽は何んだろう 
もう踊っているのはおれではない 足もただ誘われるまま

このワルツは ソーミュールの葡萄酒にも似た 一杯の酒 
このワルツは おまえの腕の中で 飲みほした あの酒だ 
おまえの髪は 金色に輝やき おれの歌は 顫え高鳴る 
  さあ このワルツを踊ろう 壁をとび越えるように 
おまえの名がつぶやかれる エルザは踊り 踊りつづける

ワルツの中に 青春がきらめく おれたちの若い日は 短かかった 
泣いたことを まぎらわしに おれたちは モンマルトルへ行った 
おれたちの夜は あの小窓の 秘密も 失くしてしまった 
  しかも 愛までも忘れてしまったというのか 
あんなに重い愛までも エルザは踊り 踊りつづける
 
それから人生は 夢のかかとで ぐるっと廻った
おれは多くの友を失った ある者は目先の富籤(とみくじ)を引いた
眠りながら 海綿への愛などを語ったものもいた
  暗闇に蝕まれた 奇妙な連中
誤ちだらけのほら吹きたちが 英雄たちをあざ笑っていた

覚えているか お白粉をつけた つややかなネグロ女が 
ま夜なかに おれたちのために 歌ってくれた あの歌を
夜明け前に 家に帰って おれたちは ひと息いれた 
  そんな夜夜が 飛ぶように過ぎ去った
おお 怒ることもなかった時代よ エルザは踊る 踊りつづける

月賦で 買った タイプライターの おかげで 
おれたちは 毎月 ひどい 苦労をした 
愛するにも 金が要るのに おれたちは 一文なしだった
  おれの気遣いは おまえが微笑んでくれることだった 
だからおれには言えたのだ エルザは踊る 踊りつづけると

それから人生は 硝子のかかとで ぐるっと廻った 
運命のジプシー楽師は ヴァイオリンを替えた
おれたちは きびしい世界をよぎって 旅をした 
  世界は 頭をのけぞらせて 
陽気なアコーデオンにまじえて 息苦しげな呻めきを挙げていた

おまえは 町と夜のために 宝石をつくった 
おまえの手の オペラの中で すべてが廻って 頸飾りになった 
ぼろの 小ぎれや こわれた鏡の かけらなどが 
  後光のように美しい 頸飾りになった 
信じられぬほどに美しい頸飾り エルザは踊る 踊りつづける

おれは売りに行った ニューヨークの商人へ それから 
べルリンや リオや ミラノや アンカラの商人へ 
おまえの指が 砂金を採るように がらくたから作った その宝石を 
  花花にも似て おまえの色を帯びた 
その小石たちを エルザは踊る 踊りつづける

それから人生は 激動のかかとで ぐるっと廻った
閃めく稲妻が ネオンサインを さっとよぎった
黒雲の馬どもが 嵐の馬車を曳きまわし
  いななき叫ぶ声が 聞こえた
ジャズは アコーデオンを 太鼓に替えた

つぎに来る者は もう思うままには 踊れまい 
シーザーが 金狼の群を 野に放って 君らを喰い散らす時 
だが ラザロの墓の上に 湧き上るのは 何んの歌だろう
  おまえに聞こえるか あの時ならぬリズムが 
一か八かの舞踏会で エルザは踊る 踊りつづける

荒れ狂う嵐と 運命のなかを おれたちは よぎってきた 
地獄は 地上にあるのだ そして天国も 地上に落ちてくるだろう
だがいまや 恐怖のあとに あけぼのが やってくる
  そうして愛は 死に打ち勝つのだ
エルザはまだ踊っている エルザは踊る 踊りつづける

そして生活は 藁のかかとで ぐるっと廻った
君たちはその眼を見たか それは子供の眼だ
大地は戦さのない ひとつの太陽を生みだすだろう
  戦争は 終らねばならぬ
だが 勝利者として出てくるのは 人間でなければならぬ

わが愛の名はただひとつ その名は若き希望
おれはそこから いつも新しい交響楽を聞きとるのだ 
  そして苦しみのどん底で それを聞きとる君たち
  眼を上げよ フランスのよき息子たち
わが愛の名はただひとつ おれの讃歌は終わる

(1) おまえの手のオペラの中で──エルザはその頃のことをこう書いている。「ああ、こうして生活は困難になり、わたしたちの生活の手だては一挙に崩れさった。そこでわたしは、高級装師店向きの頸師りを作ることを思いついた。それをあなた(アラゴン)は貿易商のところへ売りに行った……」(『交錯小説集』一巻序文)

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

彫像


五 ランセの眼なざし

ランプのまわりにむらがって 羽音をたてる蚊の群が
炎につれて渦巻きながら 天井へと昇ってゆくように
不幸のどん底より この讃歌はふたたび始まり
  この世ならぬ ファンダンゴ踊り(*1)の狂う中
ひとつの合唱 わき起こり おまえの声に答える

すべての恋びとたちは この人生を信じたように
彼らはまた ただ一つの愛だけを抱いていたのだ
あの匕首や 流刑や また絞首台などが
  ちょうど詩を終らせる 最後の詩句のように
彼らの狂わんばかりの心に とどめを刺す時まで

もしも 情熱の偉大さや 伝説や その不滅の思い出が
死を賭けた 情熱の挫折に 由来するとすれば
殉難者が倒れた日こそは 彼のための祭り日だ
  そうすれば 情熱の曲線は完成するだろう
いちども 乳を飲ませたことのない 乳房のように

いつも おんなじ言葉が 愛の歌の終りを告げる
ちょうど おんなじ言葉で それが始ったように
おんなじ眼のかぐろい隈(くま)が はてしない苦悩を語っているのだ
  かつては それが狂おしい愛を告げたように
そうしてランセの物語こそは 永遠の物語なのだ

彼はもう思い浮べる あのモンパゾン公爵夫人の
長い髪と優しい眼を かの女の姿が見えるようだ
声もきこえる 少なくとも聞こえるような気がするのだ
  いつもお待ちしていましたのよ と嘆く声が
そうしてかの女は 気も遠くなる裸(あら)わな腕を差しのべる

忍(しの)び梯子をのぼって 扉をあければ もう寝室だ
思いはやる指で カーテンもまだ引き終らずに
彼はその眼で見たのだ 断末魔の苦しみで
  紫いろになった眼を 朽葉色の巻き毛を 口を
銀の盆のうえの 切り落された首を

薔薇の花ばなをひき裂く こころない外科医たち
美しい肉体の横たわる 深いべッドのまわりで
死体に香をぬる者どもが 解剖学を論じている
  そこに 恋に身を焼く 恋人はすがりつく
大きなパンのそばの ちぎった白いパン屑のように

いまや ランセは 修道院へと消えさるがいい
われらにとって大事なのは この瞬間だけだ
胸もはりさけんばかりの 嘆き悲しみをこめて
  彼が 恋人に投げた あの眼(ま)なざしだけだ
盗んだ天の火は そこに 永遠に燃えているのだ

部屋の戸口に立った時の ランセのあの瞬間を
とある夜 漠然と経験しなかったものがあろうか
十二月のような凍りつく身震いが 自分の身ぬちと心の中を
  走りぬけるのを 感じなかったものがあろうか
自分はほんとに愛していたのか それとも夢でもみていたのか

ある夜 おれはもう おまえを失うかと思った
消えうせた幸福の名残りを おれは鏡の中に読んだ
ここにおまえは坐っていた ここがおまえの席だったと
  では おまえはそんなに生活に疲れていたのか
街をゆくひとの 吹き鳴らす口笛が 聞こえていた

ある夜 もうおまえを失うかと思った その夜からおれは
奇跡がつづくようにと 悲壮な希望を抱きつづけているのだ
しかし 恐怖は刺(とげ)のように おれに突きささる
  おまえの手首を握っていると それだけ
おまえの血の逃げてゆくのが遅れるような気がするのだ

ある夜 もうおまえを失うかと思った わが不滅のエルザよ
その大きな眼が 星のように輝やいた 聖金曜日の夜
あの不吉な夜は どうしてもおれから消えぬのだ
  死にもまた生のように あの酔いごこちにも似た
魅力があるのか おお わが美酒あふれる酒盃(さかづき)よ

消えては現われる悪夢 つきまとう恐ろしい思い出は
おれの心に 二人の地下生活を 思い起こさせる
ほかの夜夜とほかの恐怖とが こだまのように
  それに声を合わせて 鳴りどよもしてくる
それは 歌ってはならぬ小唄の リフレーンなのだ

ひき裂かれた美しい肉体(からだ)が 家に横たわっていた
低くすすり泣く声が 壕(ごう)の中から聞こえていた
香を塗る者どもの 高い話し声が聞こえていた
  わが祖国よ おまえは死なねばならぬのか
そしてすべての人民が あのランセの眼なざしをしていた

生き抜いてくれ おれたちはいま狩から帰ったばかりだ
家じゅうを埋めたすすり泣きは もうたくさんだ
だがそれも促していたのだ おれたちの手で おまえを揺り起こせと
  おお すでに聖体櫃(ひつ)に収まった聖女よ
どうか おれから遠ざけてくれ 「悪魔(デーモン)」(3)を 「類推」を

おれがこの胸に 狐のように隠している 喪(も)の悲しみ
そんなものは 当節 流行(はや)らないと 言いたければ言うがいい
おれの歌の意味が 知れわたってもかまわない
  いまは 斧が支配しているご時勢だから
いったい 君たちは理性の名で 何んと言ったのか

(1)ランセ──Aramand Rancé(一六二二〜一七○○)宗教改革家。恋人モンパゾン公爵夫人の死後、修道院にこもる。-
(2)ファンダンゴ踊り──ギターとカスターネットを伴奏とする、情熱的なスペイン舞踊。ナチと売国奴たちの狂暴さを指す。
(3)悪魔を 類推を──象徴派の詩人マラルメの言葉である「類推の魔」をもじったもの。
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

エーデルワイス


エルザは言う1
エルザは言う2
エルザは言う3
エルザは言う4


(*1) わたしが望んだほど難解ではない……──当時、ナチの検閲の眼をくらますために、できるだけ彼らにわからないような詩が要求されていた。
(*2) イゾルデやヴィヴィアンヌやエスクラルモンド──中世の悲恋物語の主人公たち。 
(*3) 澄みきった空──ドイツの空軍機の飛ばない空を意味している。
(*4) 万雷の交響楽──ナチの暴虐を指す。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

赤と黄色



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 三 星座

エルザになら どんな言葉も大げさすぎはしない
おれは夢みるのだ 雲の衣(ころも)に包まれたエルザを
そんなかの女を見たら 翼をもった天使たちも 
  宝石ちりばめた燕たちも ねたみ うらやむだろう 
地上では 花花が 身の置き場もないと思うだろう 

おれは 硝子と くまつづらとで 詩を編もう 
人形師が妖精をつくるように 脚韻をふもう
また風のような吟遊詩人らしく 感興のおもむくままに
  緑のからす麦をぶちまけて 詩節をよせ集めよう
そうして この戦利品を おまえにささげよう

詩はふくれて おれを巻き込み 過を巻く
このセントローレンス河(*1)は 隣のナイヤガラへと流れこむ
溺れた者の 救いを求める鐘の音が鳴りひびく 
  母獅子を 呼ぶ 子獅子のように
おれはもう地上のことも 我慢つよい葡萄のことも忘れてしまう

いまや 空はひらけて 讃歌の湧きあがる国
おまえのうつくしい手から 雪のように光が降る
ひとを眠らせる クロロフォルムの指をしたおれの星よ
  どうしておれを 眠りこませようとするのか
ことあるごとに近よるおれを おまえは遠ざけるみたいだ

おまえの手を こんなに愛するおれが いままで 
その手について何も歌わなかったとは どうしたことか
いくたびおれは その手を握りしめて 暖めたことか
  あの地獄で 二人が凍(こご)え ふるえていたとき
おお 春を約束する おれのこころの桜草よ

すばらしいおまえの手を ほかの人たちも夢みた 
極楽鳥のように奔放で しなやかなその白い手を 
おれは 嫉妬ぶかく 後生大事に守ってきたのだ 
  秋も 夏も 春も 冬も ながいこと 
おまえの手を 何も歌えなかったほどに 愛してきたのだ

この手の秘めてる秘密は おれたちの時代を越えて 
恋人たちを導き 彼らはおれたちのことを語りあうだろう 
だが 嵐を知らぬ者に うつくしい太陽が何んだろう
  砂漠がなければ 歴気楼が何んだろう 
敗れて膝まずく時 ひとは偉大な祖国に気づくのだ

人間嫌いになるようなこの時代の 名づけようもない悲惨さに 
おれはおれたちの愛を結びつけよう おれたちの甥たちが
その愛の光に ひまわりのような眼を向けて
  ヨーロッパの夜を よく知ってくれるように 
おまえの風になびく髪のように 燃えあがる火明りで 

現代のへラクゥラヌゥム(*2)の都の 災禍(わざわい)にみちた空の中に
 燃える 菜の花畑のような ふさふさとした髪を
 おれは 最初に記録し 最初に 名づける
  天文家たちが きのうまで知らなかった
おまえの星座を 「エルザの髪座」と

おまえを捕えようと 星占い師(*3)たちは 星座表を見て
すっかりめんくらい おずおずと占うだろう
急(せ)きたてられる 空のおべっか使いどもは
  忠勤をはげもうと布告(ふれ)をだす 「一番乗りの栄冠は
最初の猟犬にとらせるぞ 運のいい兵士でもかまわない」

希望の空港よ おまえの誘導燈にみちびかれて いま着陸する
彼らの十二宮の間を 追いまわされてきた運命は
そうして われら二人の新紀元(*4)の新しい年が
  美しいオートジャイロのように せり上がる
牢獄(わびずまい)を暖めようと おまえが焚く火のほむらのなかに

*1 セントローレンス河──カナダの河。ここでは、ふくれあがった詩想の流れを河の流れにたとえ、詩想にゆきづまると、隣のナイヤガラ つまり隣室のエルザに助けを求めにゆくことを歌っている。
*2 へラクゥラヌゥム──イタリアの町。でんデツによれば、ヘラクレスによって創られたといわれる。紀元七九年、ベスビヤス火山の噴火によって、廃墟となる。
*3 星占い師たち──ナチとその手先の官憲を指している。
*4 新紀元──アラゴンが動員解除によって、戦線から帰えり、ふたたび二人の新しい生活が始まったことを指している。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

軽井沢



美女1


美女2



*1 シャリアール──『千一夜物語』のなかの暴君。夜ごとひとりの娘をはべらせ、恋物語をさせては、朝になると、部下に命じて処刑させた。ここではヒトラーを指している。
*2 「愛の物語りひとくだり」──註1を参照。ここでは、ナチの官憲を前にした、愛国者たちの祖国愛の陳述を意味している。
*3 「あの影も形もない」──「抗戦(レジスタンス)で倒れていった英雄たちが、その英雄的な死によって抵抗運動を鼓舞したことを想起されたい。 
*4 「南」の海──一九四○年、フランスの三分の二がドイツ軍に占領されたが、ロアール河以南の地は「自由地帯」として残された。「南」の海とは、この自由地帯を指している。 
*5 「ハラルの砂漢」──『地獄の季節』で有名な、フランス十九世紀末の天才詩人ランボオが、十九歳で 詩筆を投げすてて、フランスから脱け出して、行ったところ。アビシニァ──こんにちのエチオピアの都ハラル。 
*6 バミューダの島──大西洋の小さな島。 
*7 「フランチェスカとパオロ」──ダンテの『神曲』の『地獄篇』に歌われている、フランチェスカ・ダ・リミーニはランチオット・マラテスタの妻。義弟のパオロ・マラテスタと恋に落ちて、ともに処刑される。 
*8 ランスロット──中世の騎士道物語である『アーサ王の円卓騎士』の主要人物・王妃ギニヴィアに愛をささげ、純愛と忠誠を兼ねた騎士道精神の理想像として描かれている。
*9 リミーニ──註7を参照。イタリアの町。フランチェスカは、リミーニのフランチェスカと呼ばれた。
*10 べレニス──ユダヤのへロデ王の王女。ティトウスは彼女を妻にしようと思い、ローマに連れてくるが、ローマ人たちに反対されて、送りかえさねばならなかった。
*11 べロナ──ロメオとジュリエットの悲恋の、北イタリアの町。ロメオとジュリエットは、一つの墓に葬られる。
*12 エレーヌ──十六世紀のフランスの詩人ロンサールに霊感を与えた愛人エレーヌを指すものと思われる。
*13 ラウル──美女ラウルと呼ばれ、ペトラルカの詩に歌われている。 
*14 エルビル──ラマルチィヌが『瞑想集』のなかで歌っている美女。 
*15 マリアの月──聖母マリアを記念する月──五月
*16 コルドパ──スペインの町。

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

フルート


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