新詩人

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 詩と詩人について
                    大島博光

 戦争が終ってからもう一年になる。おもえば、めまぐるしい変革の月日であった。今まで我々の頭のうえに重くのしかかっていた権力の重圧はとりのぞかれた。文化の進歩を抑圧し、文化そのものを圧殺していた反動的な支配機構はその根もとから崩れはじめている。民主主義革命は、支配階級の妨害にもかかわらず、あらゆる領域にすすんでいる。ながい暗黒の夜はようやくいま明けはじめようとしている。しかし、暗い闇の影はなお濃く、いたるところに漂っていて、ようやく射しはじめてきた光りをおおいかくそうとしている。我々はいまいたるところに、この闇と光りのたたかいを見る。我々の生きるこの世界は、今やこの暗い闇の部分と、明るい光りの部分とに、はっきり二つに分れている。我々にはすべてを語り、すべてを歌ふ自由が興えられた。しかし詩人には、この光りを讃え、光りを歌うためにこそ、自由が興えられたのである。文化の進歩をはばみ、人間の解放をおしとどめようとする闇の影をこの地上から追いはらふためにこそ、我々には自由が興えられたのだ。我々はこの自由に忠実に、はたして光りの方へ向い、闇とのたたかいに向っているであらうか。

 終戦以来すでに一年、戦争中すがたをけしていた詩の雑誌もいちおう出そろったかたちである。現今の、紙や印刷の困難な物質的條件のもとでは、全国から出ている詩誌の数はむしろ驚くべき数である。しかし内容は、残念ながら驚くばかり立ちおくれているといわなければならない。急速に充実してきた二三の詩誌もないわけではないが、それもいちおう当然のことといえばいえないこともない。我々はここにもながい帝國主義戦争とフアシスムによる文化荒荒廃のあとを見るからである。しかし、その故にこそ、──「ファシスムの暴力にふみにじられ、荒廃せしめられたあとであるゆえにこそ、もっと新しい詩の発足への高揚と反省が詩人たちのあいだから出てきてよいのである。

 自由を興えられたからといって、詩人は春を迎えた鶯のようにすぐに歌いだせる筈のものではない。まして、歌ふために、この自由の必要を眞に感じていた詩人はきわめて稀であり、多くの詩人はこの自由の必要のないところで歌い、いつか自由をさえ忘れていたのだ。いいかえれば、詩人たちはもうながいこと詩の故郷ももたず、聴衆ももたず、自己のせまい内部にとじこもって、外部世界には眼をとじ、外部世界を否定してきたのだ。そこから、人生に対する、社会に対する詩人たちの無関心がでてくる。ながい抑圧によって、そのような狭い内心の隅に追いこめられたのでもある。さういふ彼らをささえたのは西欧および東洋のふるい観念論であった。かうして詩人は民衆とのつながりをたちきられ、人生と社会とから遠ざかり、詩はただ詩人仲間だけがよみあふにすぎない小さな狭いものになってしまっていた。したがって、或る詩人たちは必然的に現質を全く回避した芸術至上主義へと向い、象徴主義の傾向が強められた。ヴァレリイが読まれ、リルケが愛誦されたのはこのような事情によるのだ。また、自己内部の小さな動きのなかに耽溺し、あるいは俳諧的な小自然のなかに没入したものもあった。さうして多くの詩人たちはたあいなく戦争支持の詩や愛国詩といふものを書いたり、書かせられたりした。ごく少数の詩人が沈黙していた。このような戦争中の痕跡は、こんにち、まだいろいろなかたちで残っている。戦争が終り、今までの抑圧がとりのぞかれた今日、なほ多くの詩人たちは人生や社会に対する無関心をつづけているのである。ながいあいだの惰性のままに、社会意識や、社会感覚の欠如した俗物的な孤濁とともに、ひたすら象牙の塔のなかにとじこもろうとしている。その象牙の塔さえすでに傾きその根もとから崩れてきているにもかかわらず、なほ詩人は空中にただよふ美を夢み、追求している。しかし、かかる美の背後にあるものは虚無にすぎず、この美そのものさえ一片の幻影にすぎないのだ。

 ながい抑圧と戦争によってすっかり萎縮してしまった詩人の精神と肉体は、まだほんとうの歌声をとりもどしてはいないといふのが現状である。どこか、戦争のいたでに、歌おうとする唇がいたむかのようだ。いやいや、まだ歌おうとするほんとうの心の準備がととのってさえいないのだ。そこには、小市民的な詩人たちの、革命の波にゆすぶられるおおいがたい動揺がみられる。戦争によっていためられた咽喉を洗って、眞實の美をうたふ新しい発声法へのこころがまえや反省さえ、まだまだゆきわたっていないのである。

 いまや日本の現実は変ったのだ。さうしていまなほ大きく変りつつある。いまや我々はこの地上に星を見出しうる時代にめぐりあった。大地のうえに花咲く眞の薔薇をつみうる時代にめぐりあったのだ。いまや詩人たちも雲のなかから現実へかえるべき時である。

 世界の詩の歴史は、革命の先頭に立った多くの詩人の栄光によって飾られている。革命の歌声が街からひびいてくると、銃をとって書斎から出てゆく、といったハイネがいる。ラムボオはパリ・コムミュンの戦士であり、コムミュンへの讃歌をかいた。「魂の技師」マヤコフスキーは「ウラヂミル・イリイチ・レーニン」において、偉大な革命家の事業をうたった。ルイ・アラゴンはこんにちフランス赤色戦線に立って、たたかい歌っている。このような詩人の栄誉が、日本の詩人にのみ無縁である筈はない。今や、我々の詩人も、傾いた象牙の塔を破壊して、街の中へ、民衆の中へ出てゆくべき時である。

 こんにち、詩人ももう孤独ではない。また不毛な孤独のなかにとじこもっていてはならない。詩人もいまやすべてのひとびとと共通の不幸と苦悩を歌い、それからの人間解放のためにたたかい、ひとびとと共同のよろこびを歌いうるのである。こんにちにおいてこそ、詩人と民衆をつなぐ橋は新しく架けられなければならない。

 いままで、我々の詩人はほとんどその聴衆を、そのきき手をもたなかったが、いまや、無数のきき手が、聴衆が、詩人たちの眞の歌声を、眞の涙と叫びを待っているのである。いやもう、詩人たちのうたってくれるのが待ちきれず、彼ら自身がみづから歌いだしてさえいるのだ。「詩はすべてのものによってつくられなければならない。ひとりによってではなく。」というロオトレアモンの言葉は、村々の若ものたちによって、工場の青年たちによって、いまや実践にうつされだしているのである。詩人たちが「民衆のなかへ出てゆく」ばかりでなく、もはや民衆そのものの中から、新しい詩人たちが出てくるべき時がきたのだ。新しい詩的表現を要求する新しい時代がきているのだ。いままで自己の詩的表現をなしえなかったひとびとが、いや、表現することをゆるされなかったひとびとが、勤労者農民が、いまや自由な自己表現を、自己の歌を要求してきているのだ。いままで歌ふことをゆるされなかったみづからの思想や感情を、自由に歌おうという要求が高まってきているのである。
 今日から明日への詩は、これらのひとびとによってになわれ、歌われる。そうして眞のデモクラシィの確立をねがい、ヒュマニスムの実現を希求する詩人たちは、それらのひとびとと共同の場所に、自己の席を見出すのである。そこ以外には新しい詩の基盤はありえないのだ。そうしてその詩は必然的に新しいレアリスムの詩であり、言葉をかえていえば、革命的ロマンチシスムの詩でなければならない。

(『新詩人』1946年9月)

田園