詩集 老いたるオルフェの歌

ここでは、「詩集 老いたるオルフェの歌」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


1995年9月に信越放送で放送されたラジオ番組のテープが見つかりました。
信越放送ラジオ番組「かるいさわいろ」
聞き手・朗読 岩崎信子さん
15分の放送が2回ありました。



博光写真

(朝日新聞が取材した時の写真)





きみを失って



(『老いたるオルフェの歌』)


夕やけ


[きみを失って]の続きを読む


きみはさっさと


(詩集『老いたるオルフェの歌』)

鳥
 きみはもっていた
                      大島博光

きみはもっていた
燃えやすい血と
踊りやすい肉と
狂いやすい神経を

きみはもっていた
眼をまわす眼と
貝殻の耳と
夢見る唇を

きみはもっていた
信じやすい心臓を
ヴィオロンのように
高鳴る胸を

それらすべての弱さを
強さに変えたのは
きみの無邪気さだった

(『老いたるオルフェの歌』)


自画像
「自画像」大島静江
 運命はわたしを    
                大島博光

運命は年老いたわたしを いやでもおうでも
あのオルフェウスにしたてようというのか
あのギリシャの詩人のようにいつまでも
地獄におちた妻を嘆きうたえというのか

運命はながい難病や死によって幾度となく
わたしの腕の中から妻をもぎとり奪いさって
むごい孤独のなかにひとりわたしを置いて
破れたヴィオロンですすり泣けというのか

うしろを振り返ったばかりに妻を二度死なせて
地獄からオルフェウスはひとりもどってきた
しかし妻のエウリュディケが忘れられずに
竪琴を涙で濡らしながらその不幸を歌った

バッカス祭の酒に酔ったトラキアの女たちは
ほかの女たちに眼もくれなかった詩人を
嫉妬のあまりに八つ裂きにしてその首を
戸板に乗せてヘブロス川の流れに投げ込んだ

おお わたしもひとり泣いて呻めいているよりは
むしろ四つ裂きにされ八つ裂きにされた方がいい
そうしてこの戸板に首をのせられて
千曲川の川波にでも揺られている方がいい

いやいやわたしに生きてきみを歌わせるのは
運命ではないきみだ生ける日のきみの熱い愛だ
いまなおわたしの枯枝を揺すりふるわすのは
生ける日にきみがわたしにくれた春の風だ
            
生ける日にきみがくれためくるめきのゆえに
生ける日のきみの眼の輝きをきみの頬の色を
わたしは歌いつづける 
とり憑かれた男のように

       一九九三年二月十七日  

(『老いたるオルフェの歌』

静江ヤマ


だれもわたしの歌を聞いてくれない
                                大島博光

だれもわたしの歌を聞いてくれない
枯枝が風になおもきしみ鳴るように
夜のさなかにも太陽を歌っているのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
雪のなかに焚火を吹き起こすように
冬のさなかにも春を歌っているのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
ひびきあう鈴をつらねるようにして
心の底から心のたけを歌っているのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
風のなかの炎のように燃えた愛を
わたしの恋びとを歌った愛の歌を

だれもわたしの歌を聞いてくれない
死とたたかい死にうち勝つ愛の歌を
柩を叩いてわたしが歌っているのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
風も凍る氷の山でわたしは歌っている
冬空に消えてゆくわたしの白鳥の歌を

だれもわたしの叫びを聞いてくれない
海で溺れようとする子供たちを助けようと
絶望から希望を救おうと叫んでいるのに

だれもわたしの呻きを聞いてくれない
それは明日の日のあなたの呻きなのに
わたしだけひとりの悲劇ではないのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
枯枝が風になおもきしみ鳴るように
夜のさなかにも太陽を歌っているのに

だれもわたしの歌を聞いてくれない
臓腑をさらけてわたしが歌っているのに
自分の傷ぐちあやまち狂い血の色を

だれもわたしの叫びを聞いてくれない
くだを巻く酔いどれのようにわたしが
わたしの臓腑を吐き出しているのに

わたしの叫びをだれも聞いてくれない
死刑囚のまなざしを叫んでいるのに
牢獄の窓から見るひときれの青空を

わたしの叫びをだれも聞いてくれない
ニセの神 狼が人間を喰い殺すのだと
わたしが狂わんばかりに叫んでいるのに

わたしの歌をだれも聞いてくれない
穴倉のなかでも虹を歌っているのに
森のなかの井戸の底に映った青空を
                    一九九三年五月

(詩集『老いたるオルフェの歌』)

浅間山

きみは恋人をなくして


きみは恋人をなくして泣き暮れる
太陽をなくしたように泣き崩れる
母のないみなし子のように泣き寝入る

恋びとをなくしてきみはすすり泣く
涙をあたりにまき散らして泣きわめく
穴に落っこちた獣のように泣き呻めく

きみには落ちた穴の壁しか見えない
その穴のうろのうつろしか見えない
消えうせた春のバラしか見えない

きみはもうおのれの影しか歌わない
広い空を太陽を大地を春を歌わない
あけぼのを風を小鳥たちを歌わない

さあ湿った穴倉から這い出したまえ
ちっぽけな涙の壷からぬけ出したまえ
外に出てひろい地平を見いだしたまえ

愛する妻ニューシュをうしなった
エリュアールは絶望のなかで歌った         
ひとりの地平から万人(みんな)の地平へと

(詩集『老いたるオルフェの歌』)

海
出版を祝う会


感動的な大島博光「老いたるオルフェの歌」出版を祝う会

 昨夜来の雨もあがった四月三十日、三鷹のホテルベルモントに、大島博光さんの詩集の出版を祝う会が開かれた。(参加者・六七名)ピアノの連弾と狛江詩の会と稜線の有志の詩の朗読でオープニング。まず、世話人である鈴木初江さんの開会のことば「男性には珍しく高らかに愛をうたいあげた大島さんは老いないオルフェであれかし、オルフェがみ出しえなかった民衆と大地をしっかりとみつめ、その地盤にたちえた詩人、日本のアラゴンである」と。司会は狛江詩の会員で大島さんの近くに住む岩井恵子さん。
 まず江間章子さんの音頭で乾盃、「昔は女性の詩人は少く、詩の会のなかでも大島さんは尊敬され近寄り難かった。今度の詩集は、日本でこんな立派な詩をかく人がおられるのかとショック、素晴らしい愛の詩集、まさしく日本のアラゴンが私たちのなかにいらした」と。
 スピーチのトップバッターは三十五年来交友の土井大助氏、「八十五才の大島さんのエネルギーに感服」次は新川和江さん「戦中におめにかかった最初の方が大島さん、十五歳でした。大島さんの前では私は子供になる、この詩は悲しみが情熱に変るという初めての例、でもなぜご生存中に歌われなかったのか、と、ここが女性の思いとの違いでしょうか」に拍手ひときわ。現代詩人会元理事長鎗田清太郎氏は「戦前蝋人形編集長の頃の大島さんを語る「ランボーやボードレールよりハイネの感が強い」と。原子朗氏「八十になっても九十になってもいい詩をかくことは奇異ではない、定型詩と日本語、リズムの問題など大変重要」と。城侑氏「大島さんの詩には大島節がある 作品上でも鯉釣り名人の鯉とのやりとりは重要。」、秋村宏氏「大島さんの翻訳は意訳のようだが、アラゴンも大島さんのアラゴン」木津川昭夫氏「先達詩人の活躍が目だつ、嵯峨さん、伊藤信吉さんと大島さんで三つの高い山ができた」と。高畑弘氏は〝フランスの起床ラッパ"に感動してからどうしてもお会いしたくなった。ピカソ、パリゆき、広島ゆきなど頼まれたことを、思い出深く語る。
 このあと故郷の旧友小林栄氏、この席では最年長の静岡からみえた詩人で医者の金井廣、中正敏、大河原巌、小森香子、佐藤文夫、灘波律郎、長岡昭四郎、山本隆子、わたうちちふみ、鳴沢岳男、山県衛、タマキケンジ、遠山信男氏やシャンソン歌手の河田黎、また滝沢幸子、前山長子氏などからそれぞれの思い出や感激が話された。それは終りなき愛と慕情との連続であった。時間切れで参加者全員の発言がきけなかったことは残念である。
 あいだに東京音楽教育の会のすてきな合唱は、緊張をやわらげるやさしさであった。
 大島氏も時に眼をつむり時ににこやかに、めい想の境地の感であった。会から記念品が贈呈され、新川さんからは大きなバラの花束が手渡された。そのあと大島氏のお礼のことば、「去年とりつかれるようにかいていた詩と、人間が変ってしまったような気がする、逆にいうと、もう詩などかけないかもしれない。ついこの間ももうすすり泣きの声もきこえない……〝あの泣き虫ももうくたばったんだろうか"という詩をかき、自分自身のなかで一人の詩人が死んだような気がする。この〝くたばったんだろう"は日本人離れした語に思える。これからそういうものがかけたらいいと思う」と。大島さんはもう消沈の顔ではない。いきいきしてきたようにみえる。最后に増岡敏和氏は、貴重な皆さんの発言をまとめ、かつて自らの青春時に大島さんの訳詩や詩論に血を湧かせたことを語り、今後もお元気で妻恋い歌を書いてほしい、と結んだ。詳細を記せないのが心残りだが、かくて感動的なパーテーの幕はとじられた。(文責・古屋志づゑ)
(写真をとって下さったのはよびかけ人の一人長岡昭四郎氏、ありがとうございました)
 出席者(アイウエオ順敬称略)
秋村宏、安達双葉、阿衣幸枝、石川静子、岩井恵子、江間章子、大河原巌、大島朋光、金井廣、河田黎、加川弘士、木津川昭夫、小森香子、小林栄、佐藤文夫、佐藤一志、佐藤三平、佐藤敦子、新川和江、城侑、鈴木初江、関敦子、高畑弘、滝沢幸子、タマキケンジ、遠山信男、土井大助、鳴沢岳男、中島荒太、中正敏、難波律郎、長岡昭四郎、原子朗、萩谷早苗、春木節子、古屋志づゑ、増岡敏和、松下友彦、宮崎英二、皆川晴絵、鎗田清太郎、山岡和範、山県衛、山本隆子、柳沢哲宏、わたうち・ちふみ
◯東京音楽教育の会二十一名
(なお欠席の方からカンパを頂きました。ありがとうございました。)

(『稜線』55号 1995年夏)

出版を祝う会

狛江詩の会と稜線の有志の詩の朗読

出版を祝う会

東京音楽教育の会の皆さんによる合唱

出版を祝う会

新川和江さんからバラの花束

わたしのなくした春の



わたしのなみだを



<詩集『老いたるオルフェの歌』──静江の狂人>

きみの炎


(つづく)

<詩集『老いたるオルフェの歌』>
  静江の狂人
                 大島博光

 中世アラブ文学に『ライラとマジュヌーン』という悲恋物語がある。このアラブの伝承的な物語詩の主人公カイスは美しい娘ライラを熱愛し、ライラも彼の情熱にこたえて結婚を約束する。しかしライラの父親は二人の結婚をゆるさない。絶望と苦悩のあまり、狂ったカイスは放浪生活をおくり、吟遊詩人となってライラへの愛をうたいつづける。そこで「ライラの狂人(マジュヌーン)」というあだ名がカイスに与えられる。médjnounとはアラブ語で狂人、とり憑かれた者を意味する。
 アラゴンが『エルザの狂人』Le Fou d'Elsa という厖大な詩を書いたのは『ライラの狂人』に想を得てのことであろう。この詩のなかで、アラゴンはマジュヌーンの口をとおして歌っている。しかしアラゴンが歌うのは過去のライラではなく、未来のエルザである。
 「わたしは未来の美しさを見るために過去をもう一度思い描く」
とアラゴンは書く。

 そうしてもしもわたしが死んだ妻静江を狂わんばかりに歌って歌いつづけるならば、わたしもまた「静江の狂人」ということになるだろう。



愛するとは


(つづく)

<詩集『老いたるオルフェの歌』>
地獄のうた         
             大島博光

わたしはひとり 地獄におちた
きみと暮した 四十六年が 
あまり楽しく 幸せだったから
わたしはひとり 地獄におちた

わたしは抜け殻 もぬけの殻
風にからから 泣くばかり
枯枝のうえの 蝉殻のように
わたしは抜け殻 もぬけの殻

わたしはひとり 老いねばならぬ
あの木のように 枯れてゆくのだ
梢の方から 根っこから
わたしはひとり 老いねばならぬ

生きるのはもう 苦行だ責苦だ
眼はしょぼつき 息は切れる
壁をつたって 喘えぎあえぎ
生きるのはもう 苦行だ責苦だ 

しびれる足を ひきずって
わたしは夜を よろめきまわる
地獄のなかを のたうちまわる
しびれる足を ひきずって

地獄のなかで 地獄の火と
なおたたかって 生きたまえと
ペッシミストを きみははげます
地獄のなかで 地獄の火と

地獄でこそ 夢みることだ
地獄を出て 星を見る日を
みんなの未来を あけぼのを
地獄でこそ 夢みることだ

そうだ 枯木も夢みるのだ   
泉から 水は流れるだろう
春の香りを 風は運ぶだろう
そうだ 枯木も夢みるのだ

         一九九三年十月

(詩集『老いたるオルフェの歌』)


一九九四年二月九日



(詩集『老いたるオルフェの歌』)

*テキスト≫
[一九九三年二月九日]の続きを読む
 きみのいない時間と空間のなかに
                               大島博光

きみのいない 時間と空間のなかに
わたしはひとり あとに残された
ただ泣くために 呻めくために

ある雪の降る日 きみが長野の駅に
みずみずしい姿を 現わしたときだ
わたしたちの物語が 始まったのは

きみがこんなに早く 倒れなかったら
冬に始まった わたしたちの物語は
永遠の春の物語に なるはずだった

そのとき 雪のなかに泉をさがして
ひとり さまよっていたわたしを
きみは 春の方へ連れだしてくれた

きみは 渇いていたわたしに
無限の扉を ひらいてくれて
わたしを よみがえらせてくれた

きみのおかげで 孤独者のわたしは
ひとびとのなかの ひとりとなって
みんなといっしょに 歩くことができた

きみのおかげで この人生を
わたしは 歩きながらうたい
うたいながら 歩くことができた

もしも きみに会わなかったら
吹きつける 吹雪の野っ原で
わたしは 行き倒れていただろう

もしも きみに会わなかったら
わたしは 荒野の荒くれのように
アナーキーに 荒れていただろう

もしも きみに会わなかったら
わたしは 深いよどみのなかに
足をとられて 溺れていただろう

きみを失った 孤独なわたしは
貝殻をなくした みじめな男だ
海の音をなつかしむ すべもない

わたしが 呻めき泣くのをやめるとき
わたしが きみを歌うのをやめるとき
わたしは 生きることをもやめるのだ

きみのいない 時間と空間のなかに
わたしは生きるために きみを歌い
きみを歌うために わたしは生きる

だが澱んでこもる水は 腐る
敵を見失って おのれの弱さや
くら閻にひたるものは崩れ落ちる

わたしも 涙を火に変えよう
きみを歌うことが他者をうたい
絶望にうちかつ希望の歌となるように

わたしは 歌のしらべを変えよう
きみの生と愛を うたうことが
死にうちかつ 生の勝利の歌となるように

そうだ わたしはきみを歌って光を歌おぅ
きみはいつも ヒマワリのように
太陽の方へ 顔を向けていたのだから

<詩集『老いたるオルフェの歌』1995年>

緑地