FC2ブログ

詩集 老いたるオルフェの歌

ここでは、「詩集 老いたるオルフェの歌」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


1995年の岩崎信子さんのインタビュー番組で、博光は静江のことをハネコンマと言っていました。

(岩崎)奥様はずいぶん明るい方で?
(博光)ええ、もう、なんとも、太陽の娘ですよ、明るくてね、影なんかひとつも知らずにね、よくハネコンマという。だからといって薄っぺらではないんです……。

「はね駒(こんま)」とは1986年に放送された連続テレビ小説なんですね。大人気番組で平均視聴率は40%を超えていたといいいますから、多くの人は知っている、知らない人は知らない。博光さんも見ていたので、この時のインタビューででてきたのですね。

番組詳細
明治から大正にかけて活躍した女性記者の草分け、磯村春子がモデル。福島県相馬に育った「はね駒」(はねこんま=おてんば娘)のりん(斉藤由貴)が、仙台の女学校で英語を学び、上京。結婚、出産の後、家庭との両立に悩みつつも理解ある夫(渡辺謙)に見守られながら、新聞記者への道をひらく。ヒロインの母を樹木希林、父を小林稔侍、初恋の男性を沢田研二が演じた。作:寺内小春 音楽:三枝成彰 語り:細川俊之
(NHKアーカイブ)

自分で勉強したいために、親が決めた結婚を破談にして女学校に進んだことや、明るくバイタリティあふれる性格で、事業に失敗した夫のために新聞記者となって活躍したことなど、とても似通った生涯を送ったようです。DVDになっていないので、再放送でもないと見られません。

はね駒

  宝物のテープ──岩崎信子さんのこと   
                              大島朋光

 大島博光をインタビューしたラジオ番組のテープが見つかりました。昨年三月のことです。「大島博光さんの詩の朗読とお話を聞く」という一九八五年九月に信越放送で放送されたもので、アナウンサーだった岩崎信子さんが制作した「かるいさわいろ」という番組です。聞いてみると、博光の肉声が聞かれ、岩崎さんの魅力的な会話や朗読と相まって、とても美しい番組になっていました。
   ◇   ◇   ◇
 昨日は敬老の日でした。今週から二回にわたりまして八十五歳の老詩人の妻を恋うる歌を紹介します。
 詩人大島博光さんは『老いたるオルフェの歌』という詩集を宝文館から出版されました。この詩集を手にしたのは六月ですね。老詩人にお目にかかりたくて東京三鷹市下連雀にあるお宅に伺って、おはなしをうかがってまいりました。
(詩「不幸は忍び足で」を朗読)
(岩崎)パーキンソン病でお亡くなりになった奥様を恋うる想いがいっぱい詰まった詩集ですけれども、詩が生まれた時のお気持ちはいかがですか?
(博光)ええ、その前にワイフがパーキンソン病で入院しましてね、別れて住んで、その時もう、死別の感じ、別れの悲しみ、そういうものがその時から始まっているわけです。「不幸は忍び足でやってくる」という詩を最初に書いたわけですが、別れの悲しみ、痛み、深さで詩を書いて、それが死んだことで本当の気持ちにぶつかっているような、そういう思いで詩が生まれた。机に向かって書くのではなく、寝ていて、落ち込んで悲しみの中で寝ていて夜中にふーと言葉が出てきて、それを二、三行かいて、また起きがけに書いたり、散歩しながらまた書いたり、そういうふうに湧いてくる感じ、書いてやろうと構えて書くのでなく、自然に湧いてきたものがこういう形になったと思います。
(岩崎)奥様とは雪のある日、長野の駅でお会いになったとありますが、出会いはどんなふうだったのですか?
(博光)昭和十八年、『蝋人形』という雑誌が戦争が激しくなって紙の配給がなくなって廃刊になったんです。私も失業しまして、そのとき軽井沢の小学校にいた龍野咲人さんが軽井沢の女学校の先生に紹介してくれたんです。私もなろうと思って宿に入って勤めようと思っていたら、県の学務課から辞令がおりないんです。今思えば、あれはアカだから先生には出来ないということだと思います。別にその時私は赤くなかったわけですが。今思えば、少し赤くなったことを思えば、見ぬかれたようなところもあるような気がしますね。だめだから松代の実家に帰って静養した。実際には体はあまりよくなくて、静養したのがたいへん良かったと思います。そういうあいだで妻と会うことになって、結婚にすすんだわけです。
(岩崎)奥様はずいぶん明るい方で?
(博光)ええ、もう、なんとも、太陽の娘ですよ、明るくてね、影なんかひとつも知らずにね、よくハネコンマという。だからといって薄っぺらではないんです。本も読む、勉強もする、エスプリもあるし、そういう点では非常に積極的だけれど、私と精神的なつながりを持つだけのものを持っていた。
(岩崎)「きみがやってくると」という詩をお書きになっていますが?
(博光)ええ、あの通りですよ。
(詩「きみがやってくると」を朗読)

(信越放送「かるいさわいろ」一九八五年九月一六日放送より)
   ◇   ◇   ◇
 岩崎信子さんはアナウンサーとして長野県ではとてもよく知られている方で、信越放送を定年退職され、現在は上田で游話舎サロンを主宰して朗読会などを行っています。
 岩崎信子さんに電話しましたら、「あのテープを三鷹に送ったけれど、お返事はなかったんです。三鷹でのインタビューはとても思い出深い。今も上田の朗読会で博光先生の詩を朗読し、大島博光記念館の紹介もしています、記念館に行って思い出話をしても良い」と言われ、テープの音声をユーチューブで公開することを了解されました。
 その後、岩崎さんから二〇一〇年にお手紙を頂いていることがわかりました。大島博光生誕一〇〇年記念の集いの招待への返事でした。博光の生前、三鷹でインタビューしたことが書いてありました。しかし、その重要な意味がテープを聞くまでわからなかったのです。

 今年の七月、大島博光記念館開館十周年にやっと岩崎さんをお招きして朗読の会を開き、お話を聴くことができました。テープで受けた印象どおりの機知に富んだ楽しい語りでした。
 はじめに白いカセットテープを高く掲げて「二十五年前の博光さんとのご縁をもう一度結び直してくれたのがこれでございます。「かるいさわいろ」というラジオ番組の朗読テープです」。
 続いてインタビューの思い出を語りました。
──バス停を降りると家はすぐにわかりました。玄関を開けると博光さんは奥の部屋の大きな机の真ん中に座っていました。ベートーベンみたいに髪がバサバサバサ。「どうぞお上がりください」と言われ、びっくりしました。部屋は足の踏み場もないんです。書きかけの原稿用紙が丸められて、ありとあらゆるところにちらかっているんです。缶ビールの空き缶などもいっぱいちらかっているんです。足の置く場所を探しながら一歩一歩行きました。ともかく最初に度肝を抜かれてしまいました。
──「軽井沢の女学校の教師の辞令がおりなかったために松代に帰って療養した、これが良かった」と言っていましたが、何故良かったかは言っていませんでした。松代で静江さんと出会い、結婚できたことが良かったのだと思います。
──インタビューが終わり、帰ろうとすると「新作の詩を朗読してくれたまえ」と言われました。できたばかりという詩を朗読したら「君、とてもいいよ」と大変喜ばれました。「東京に来たときは家に寄って朗読してほしい」といわれましたが、「忙しいので難しいですが、どこで読んでもいいというお許しをいただけますか?」「いいよ、これから僕の詩をいつどこで朗読してもいいですよ」と許可をくれました。それから読ませていただいています。
 トークに交えてたくさん朗読をしました。詩集『老いたるオルフェの歌』から「不幸は忍び足で」「きみといっしょに歩いた道」「きみはわたしを連れて行ってくれた」「きみがやってくると」。パブロ・ネルーダ「そのわけを話そう」ではスペイン・ファシズムへの怒りの詩を力強く読み、『百の愛のソネット』から「マチルデ・ウルーティアへ」「二番めのソネット」「三番目のソネット」「裸のお前は」。また平和の詩「鳩の歌」、手術した体験から生まれた「点滴の歌」。歯切れのよい朗読でした。
 最後に加藤周一について語りました。軽井沢・追分の別荘を訪ねて九条の会について話を聞いたこと、九条の会の講演に飛び回っていて顔が真っ黒だったことなど。彼の思いがこめられているエッセイ「小さな花」を朗読しました。

 岩崎さんが制作したラジオ番組「かるいさわいろ」は軽井沢に関わりのある文学者や文化人をゲストにして二十三年間続いた長寿番組でした。岩崎さんは番組をもとに『かるいさわいろ 軽井沢の人と文学』(白楽・一九八九年) と『かるいさわいろ拾遺―出会いの風景軽井沢』(游話舎・二〇一一年)の二冊を出版しています。中村真一郎、加賀乙彦、加藤周一ら多くの文化人の多彩な話が楽しめます。『かるいさわいろ拾遺』ではエピローグで軽井沢演習地反対運動にふれ、反対運動が勝利で終わっただけでなく、軽井沢文化協会の設立につながり、その後の軽井沢の文化に大きな貢献をしていると述べています。
 岩崎さんが築いてきた文化的資産についてもっとお聞きしたいと思いました。 

(長野詩人会議『狼煙』86号 2018.8)

岩崎



君が地獄の



(詩集『老いたるオルフェの歌』『冬の歌』)

 ▶テキスト

少女像




不幸は忍び足で

(詩集『老いたるオルフェの歌』『冬の歌』)
 ▶テキスト


色紙






わたしは狂ってしまった


(『老いたるオルフェの歌』)

博光



[わたしは狂ってしまった]の続きを読む


墓碑銘1



(『老いたるオルフェの歌』)


お墓



泣いてる男は

(『』40号、『老いたるオルフェの歌』)

彫像

[泣いてる男は]の続きを読む

黄バラ


わたしの不運は


(詩集『老いたるオルフェの歌』)


わが地獄の季節2


(詩集『老いたるオルフェの歌』)

彫像


[わが地獄の季節]の続きを読む
[きみのいないうつろな部屋は]の続きを読む


きみがこの地上にa

きみがこの地上に


(詩集『老いたるオルフェの歌』)

赤バラ


[きみがこの地上に]の続きを読む
[最後のうた]の続きを読む