博光の出版を祝う会

ここでは、「博光の出版を祝う会」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


出版を祝う会


1985年4月7日、池袋・東方会館で開かれた「ひとを愛するものは」出版と多喜二・百合子賞受賞を祝う会の詳細が『橋』第9号に掲載されていました。長岡昭四郎さんが開会の辞を、鈴木初江と井上千文が司会をつとめ、出席者全員の氏名も載っています。

*赤旗─文化通信「大島博光詩集『ひとを愛するものは』の出版祝賀会開く

祝う会




はなだ


(『稜線』 No.21 1987年1月)


 大島博光を魚に
 大島博光の全詩集と少し前にでた「ピカソ」の出版を記念して〝語る会”が十一月九日夜竹橋の「はなだ」で開かれた。手ごろな人数で楽しい会であった。大島博光の詩歴は長いが戦前からの友人は、もうそうは多くない。そして彼のシュールからコムニズムへの思想的遍歴も、彼のひたすらな生き方の自然な到達点であること−アラゴン始めフランスでは多い例だが日本では少い−も彼の人間的魅力を培ったのかもしれない。「フランスの起床ラッパ」は、戦争から解放された(生き残った)飢えた精神と胃袋にしみわたる大きな感動であった。それは大島博光の名とともに記憶された。アラゴン、エリュアールやがてランボオなどの詩が私たちに与えたものは、日本の新しい青春であった。エリュアールの「自由」を読んだ時の深い感激は今も忘れることはない。日本の詩人の大部分が戦争に吸いこまれていった時、フランスでは同時代の詩人たちがレジスタンスに起ち上っていたことなど彼自身の詩よりも訳業の方が、さまざまな年代の人から語られたのも象徴的であるが、大量の訳詩の上に大量の彼の詩には改めて驚嘆と敬意を抱くのである。(鈴木)
*11月8日の間違い

はなだ
朗読する秋村宏さん
はなだ
はなだ
鈴木初江さん
ふたばこ
三井ふたばこさん
はなだ
はなだ
服部伸六さん(左)
はなだ
近藤修博さん
はなだ
はなだ
小熊忠二さんと秋光

出版を祝う会


感動的な大島博光「老いたるオルフェの歌」出版を祝う会

 昨夜来の雨もあがった四月三十日、三鷹のホテルベルモントに、大島博光さんの詩集の出版を祝う会が開かれた。(参加者・六七名)ピアノの連弾と狛江詩の会と稜線の有志の詩の朗読でオープニング。まず、世話人である鈴木初江さんの開会のことば「男性には珍しく高らかに愛をうたいあげた大島さんは老いないオルフェであれかし、オルフェがみ出しえなかった民衆と大地をしっかりとみつめ、その地盤にたちえた詩人、日本のアラゴンである」と。司会は狛江詩の会員で大島さんの近くに住む岩井恵子さん。
 まず江間章子さんの音頭で乾盃、「昔は女性の詩人は少く、詩の会のなかでも大島さんは尊敬され近寄り難かった。今度の詩集は、日本でこんな立派な詩をかく人がおられるのかとショック、素晴らしい愛の詩集、まさしく日本のアラゴンが私たちのなかにいらした」と。
 スピーチのトップバッターは三十五年来交友の土井大助氏、「八十五才の大島さんのエネルギーに感服」次は新川和江さん「戦中におめにかかった最初の方が大島さん、十五歳でした。大島さんの前では私は子供になる、この詩は悲しみが情熱に変るという初めての例、でもなぜご生存中に歌われなかったのか、と、ここが女性の思いとの違いでしょうか」に拍手ひときわ。現代詩人会元理事長鎗田清太郎氏は「戦前蝋人形編集長の頃の大島さんを語る「ランボーやボードレールよりハイネの感が強い」と。原子朗氏「八十になっても九十になってもいい詩をかくことは奇異ではない、定型詩と日本語、リズムの問題など大変重要」と。城侑氏「大島さんの詩には大島節がある 作品上でも鯉釣り名人の鯉とのやりとりは重要。」、秋村宏氏「大島さんの翻訳は意訳のようだが、アラゴンも大島さんのアラゴン」木津川昭夫氏「先達詩人の活躍が目だつ、嵯峨さん、伊藤信吉さんと大島さんで三つの高い山ができた」と。高畑弘氏は〝フランスの起床ラッパ"に感動してからどうしてもお会いしたくなった。ピカソ、パリゆき、広島ゆきなど頼まれたことを、思い出深く語る。
 このあと故郷の旧友小林栄氏、この席では最年長の静岡からみえた詩人で医者の金井廣、中正敏、大河原巌、小森香子、佐藤文夫、灘波律郎、長岡昭四郎、山本隆子、わたうちちふみ、鳴沢岳男、山県衛、タマキケンジ、遠山信男氏やシャンソン歌手の河田黎、また滝沢幸子、前山長子氏などからそれぞれの思い出や感激が話された。それは終りなき愛と慕情との連続であった。時間切れで参加者全員の発言がきけなかったことは残念である。
 あいだに東京音楽教育の会のすてきな合唱は、緊張をやわらげるやさしさであった。
 大島氏も時に眼をつむり時ににこやかに、めい想の境地の感であった。会から記念品が贈呈され、新川さんからは大きなバラの花束が手渡された。そのあと大島氏のお礼のことば、「去年とりつかれるようにかいていた詩と、人間が変ってしまったような気がする、逆にいうと、もう詩などかけないかもしれない。ついこの間ももうすすり泣きの声もきこえない……〝あの泣き虫ももうくたばったんだろうか"という詩をかき、自分自身のなかで一人の詩人が死んだような気がする。この〝くたばったんだろう"は日本人離れした語に思える。これからそういうものがかけたらいいと思う」と。大島さんはもう消沈の顔ではない。いきいきしてきたようにみえる。最后に増岡敏和氏は、貴重な皆さんの発言をまとめ、かつて自らの青春時に大島さんの訳詩や詩論に血を湧かせたことを語り、今後もお元気で妻恋い歌を書いてほしい、と結んだ。詳細を記せないのが心残りだが、かくて感動的なパーテーの幕はとじられた。(文責・古屋志づゑ)
(写真をとって下さったのはよびかけ人の一人長岡昭四郎氏、ありがとうございました)
 出席者(アイウエオ順敬称略)
秋村宏、安達双葉、阿衣幸枝、石川静子、岩井恵子、江間章子、大河原巌、大島朋光、金井廣、河田黎、加川弘士、木津川昭夫、小森香子、小林栄、佐藤文夫、佐藤一志、佐藤三平、佐藤敦子、新川和江、城侑、鈴木初江、関敦子、高畑弘、滝沢幸子、タマキケンジ、遠山信男、土井大助、鳴沢岳男、中島荒太、中正敏、難波律郎、長岡昭四郎、原子朗、萩谷早苗、春木節子、古屋志づゑ、増岡敏和、松下友彦、宮崎英二、皆川晴絵、鎗田清太郎、山岡和範、山県衛、山本隆子、柳沢哲宏、わたうち・ちふみ
◯東京音楽教育の会二十一名
(なお欠席の方からカンパを頂きました。ありがとうございました。)

(『稜線』55号 1995年夏)

出版を祝う会

狛江詩の会と稜線の有志の詩の朗読

出版を祝う会

東京音楽教育の会の皆さんによる合唱

出版を祝う会

新川和江さんからバラの花束
大島博光詩集『ひとを愛するものは』の出版祝賀会開く

 本年二月「第十七回多喜二・百合子賞」を受賞した大島博光詩集『ひとを愛するものは』(新日本出版社刊)の出版祝賀会が、七日午後から東京・豊島区の東方会館で約六十人が参加して開かれました。この宴会は大島氏が所属している反戦詩人の会と詩人会儀の詩人たちが中心になって開いたもの。
 戦前から詩人として歩いてきた大島氏は、ネルーダ、アラゴンなどの紹介者としても広く知られており、大島氏の古い友人や詩友たちが長野、山形などからもかけつけました。会は鈴木初江、井上千文両氏の司会ですすめられ、藤原定、西条嫩子、新川和江、服部伸六、草鹿外吉、増岡敏和、西条八束の諸氏らがつぎつぎ立って、出版と受賞のお祝いを述べ、激励しました。
 あいさつに立った大島氏はランボーの詩などフランス文学と自分とのかかわりなどにふれ、今後もがんばりたいとのべました。
 閉会あいさつは城侑氏でした。
(『赤旗』1985.4.9 「文化通信」)

祝賀会
祝賀会
祝賀会
祝賀会