狼煙

ここでは、「狼煙」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


けやき

狼煙

(『狼煙』81号 2016年11月)

清里

狼煙

(『狼煙』81号 2016年11月)

のろし


のろし
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のろし

のろし

狼煙

狼煙

狼煙

狼煙

のろし

のろし

のろし

のろし


長野詩人会議機関誌『狼煙』78号
2015年9月発行 定価 500円
のろし77

のろし77

のろし77


長野詩人会議機関誌『狼煙』77号
2015年3月発行 定価 500円

*「足袋」の詩、充実していて読み応えがあります。
・ボロ足袋から回収したコハゼをお手玉に入れて遊んだのに、戦時中鉄砲の弾にするために取り上げられた話、
・子供の時、母から新しい足袋を買ってもらったときの嬉しい思い出、
・舞台中継で見られる白足袋の動きの面白さ、
・子ぎつねと手ぶくろと足袋でやさしいかあさんを思い出す童話の世界、
・雪の夜、招き入れられて人肌の温もりに温まり、白足袋を残して消えた白い女のファンタジー。
・亡くなった妻の箪笥に取り残されていた白い足袋に、老の坂を独りでくだるわびしさ・・・
・着物を着て足袋を履くと、心も体も引き締まる、心が折れてしまいそうになるときに履くと前向きになれそう・・・
・別珍の赤い足袋に鈴のついた大きなリボンをつけて、特別に可愛がってくれた祖母。なんの恩返しもできなかった、喪服で履いた白い足袋の思い出。
長野詩人会議は『狼煙』76号を発行しました。

のろし


のろし


<『狼煙』76号 目次>

いのち               清 美
ゴーストタウン           八町敏男
どじょう/ふしぎ          石関みち子
クチブエメロディカゼワタリ     カトウシモン
わが「安保」参加へ         船橋 東
一九四五(敗戦時)を生き抜く    船橋 東
天の川               水 衣 糸
はじめまして            遠山茂治

<課題詩『窓』>
夢の窓               八町敏男
ココロマドソト           力トウシモン
四つの窓              水 衣 糸
窓                 石関みち子
窓辺の風景             平 由美子
空に広がった日           小林その
回転窓               遠山茂治
窓にもたれて            木下 繭

悩み                田川千代子
2014年晩秋            新村出甫
愛犬ハリー             平 由美子
友だちと約束したから        小林その
長水母親大会準備          小林その
ひと夏の恋             木下 繭
消費税               宮澤栄一
<俳句> 新保照子、七菜子、星 子、紫 水

燃えるタムタム1          大島博光訳
平和                ヤニス・リトソス/大島博光訳
女たち               ヤニス・リトソス/大島博光訳
大地と死              チェーザレ・パヴェーゼ/重田暁輝訳
In the Morning You Always Come Back チェーザレ・パヴェーゼ/重田暁輝訳
大島博光とフランスの文芸誌『ウ一口ップ』 大島朋光

講演 歴史上の従軍慰安婦問題    鈴木文子
赤いキクイモ            鈴木文子
宮澤肇さんの講演を聴いて      八町敏男
大島博光記念館・名画鑑賞会「会議は踊る」を見て 矢向忠雄
川上勉講演会「大島博光とガリ版刷りのフランスの起床ラッパ」
「フランスの起床ラッパ」に魅せられて 渡辺好子
松代散策その7 バードウォッチング  水 衣 糸
編集後記

のろし
のろし

 <狼煙74号内容>

巻頭詩
少年          遠山茂治
時を拾う        八町敏男
ミニトマト       石関みち子
柿の花         石関みち子
九月の空は       水衣糸
終戦の日に       清美
アホノミクス      新村出甫
<課題詩『耳』>
 君の声が聞きたくて  水衣糸
 勇者の歌を聴け    加藤士文
 耳          M
 耳          平由美子
 木の耳        八町敏男
 レッドパージ     遠山茂治

母性文化社会(脱資本主義社会)をめざしつつ   船橋東
元農漁民の方々     船橋東
洋裁          田川千代子
母のひと言       しお
尾長          小林その
夏水仙         小林その
雨上がりの海      木下繭
さよならは言わない   木下繭
新知事に聞きたい    宮澤栄一
俳句          新保照子、七菜子、星子、紫水  
寄稿 空の椅子     赤羽浩美     
大島博光の青春時代−田村泰次郎との交友   腰原哲朗
組詩 ピカソ      大島博光
ピカソと南仏の革新自治体ヴァローリス  大島朋光
軽井沢にて       重田暁輝 
土井大助さんのこと   大島朋光
叔父小熊忠二のこと   吉川康代
鈴木文子さんの講演会
松代散策その6 松代城  水衣糸
編集後記

狼煙

長野詩人会議は機関誌『狼煙』74号を発行しました。

      <狼煙74号内容>

巻頭詩
帽子の由来          八町敏男
別れの附言          八町敏男
海は             石関みち子
秘密ってなんだ        石関みち子
モモタロウ          石関みち子
何かが足りない        佐杜井比路馬
春を待つ           水衣糸
さくらが さいた       水衣糸
縄文杉            遠山茂治
屋久島七詠          遠山茂治
いとこ会           清美
「再開」いとこ会       清美
俳句             新保照子、七菜子、星 子、紫 水 
近頃思う           田代千代子
送る歌            小林その
杉葉             小林その
増税に負けない        宮澤栄一
恋の始まりは いつも晴天   木下繭
夕闇のあたし         木下繭
仮想インタビュー 
─大島博光にパリの魅力を聞く 大島朋光
パリの王様          大島博光
まど・みちおの詩を読む    八町敏男  
大島博光と雑誌「同時代」   重田暁輝
松代散策その5 東条の杏   水衣糸
編集後記


編集後記

狼煙
狼煙
狼煙


長野詩人会議機関誌『狼煙』73号
2013年12月発行 定価500円
長野市松代町清野2567-1 長野詩人会議
 大島博光記念館にて
                     重田

 大島博光記念館で、私は、私の祖父に再会するとともに、あるひとりの未知の詩人に出会った。
 記念館の裏庭に面した奥まったところに、祖父の書斎を再現した部屋がある。私が小さかった頃に見た、祖父の椅子の後ろにならべられていた、あの辞書のように分厚い本たち、それがいまアラゴン全集となって、私の眼に新しく映る。書斎に座る祖父の一枚の写真。その満面の笑みに、私の遠い記憶にある祖父の高笑いの声までが、そのまま閉じ籠められているかのようで、私は思わず耳を澄ませた。そのとき、この部屋には祖父がいる、と私は思った。その存在の絶対的な不在がゆえに、私はその空白を満たすかのように、祖父の存在をかえってありありと思い浮かべることができるのだった。
 これは私にとっての祖父との再会といえるものだったが、小さい頃とはちがい、私は祖父がひとりの詩人であったことを、いまでは知っている。書斎の丸テーブルに無造作に置かれたフランス書を何気なく手にとっていると、小林園子さんが私に言った。「これが詩人というものなのです。」その本には、翻訳なのか覚書のようなものなのか、広告紙の裏をつかって書かれたメモがたくさん挟まれてあった。祖父が詩人であったことを知ってはいても、容易に両者の像が結ばれないのは、小さい頃にしか祖父に接したことのなかった私としては無理もないのだが、園子さんの口からふいに「詩人」という言葉をきいたとたん、私のなかで祖父と詩人が、このメモ書が挟まれた本のなかで一点に結ばれたような気がした。ひとりの生活者としての自分から離れ、書物に思考を深く埋め、その思考が乾かないうちにさっと青いインクにのせて、かるやかな文字となってすべるように定着されていったかのような、詩人の仕事のきらめく破片、かけらたち。私はそんないかにも詩人らしい祖父の姿を、園子さんの言葉と一冊の本から、想像せずにはいられなかった。

        *

 記念館の入り口のわきに、詩碑がある。

  千曲川よ
  その水に風は足
  跡をのこし
  その水にわたし
  はきみの名を書く

 この詩碑をまえに、私は本当のひとりの未知の詩人に出会ったような気がした。それは、この詩にふさわしい、抑揚のある流れるような祖父自筆の字体で彫られてあった。ごく簡単な言葉の組合せが、これほどひとの心をさわがせるのは、どうしたわけだろうと、私は隠された秘密をさぐるように、何度も詩行の間をいったりきたりした。けれどもそこには、いってみるなら、詩の存在性、ともいうべき質感が、ただただ充溢していて、それ以外のものである必要はなかった。川も風も恋人も、詩句のなかにこれほど精確に配置されてみると、それらはほとんど、詩となるために存在している、とさえ思われてくるのだった。
 「天気のいい日には、このけやきの木の下のベンチで詩を朗読するのです。」
 と、詩碑のまえにちょうどよい具合にある憩いの場をさして、園子さんが言った。その日も天気が良く、木造りのベンチとテーブルのまわりには、樹立の梢の落とす五月の木漏れ陽が、まるで波の上にゆれる光りのように、溢れていた。
「このけやきの木は、博光さんがよくその詩に歌ったものです。」
 と彼女はつけくわえた。光と影に彩られた綾模様をながめていると、かつてけやきの木に託した祖父の想いが、いまこの地の上に木蔭となって保たれている、と私はふと思った。それは、詩人が言葉をひとつひとつ精確にならべ、配置し、きらめかすことが、地に飾られる木漏れ陽と葉翳のアラベスクが風にゆられる、その精確さに、どこかでつうじているように思われたからだった。詩碑に書かれた詩は、そんな木蔭のように、くり返しくり返し、私たちの心の上に、そのくっきりとした反映を刻むのをやめないように思われた。

(『狼煙』72号 2013.8 )
 「光陰矢の如し」、早くも五年がたちました。地元の方々はじめ、幅広い多くの人たちの熱意に支えられて、博光記念館は年々行事も多彩に持続展開され、今や博光さんの愛してやまなかった地元長野はじめ、ある意味で全国的な文化運動の一センターとして、活気を呈していること、ご同慶の至りです。朋光館長夫妻はじめ、小林その長野詩人会議代表、石関みち子事務局長らや多彩な詩友たちの献身的で持続的な努力によって、誇張すれば初期以上の活力と、幅広い文化界の人たちのお力ぞえにもよって、活力ある詩と歌とを軸にする、いわば「全世界的な」存在感が発揮されていることを、亡き博光さん夫妻もどれほど喜んでおられることでしょう。
 文字通り名ばかりの名誉館長として、これら多くの友人たち支援者の皆様に感謝しつつ、篤くお礼申し上げるとともに、自分の無力をおわびいたします。
 博光さんは、晩年まで病気がちだったのに、九十五歳まで文筆を奮い続けた希有の詩人でした。フランス・スペイン・ラテンアメリカ・ベトナム…と、訳業対象も二十〜二十一世紀の東西世界の平和と進歩・変革の大テーマに固く結びついていました。その中で、日本はどうあるべきか、自由と文化の闘いに生涯を捧げたのです。博光記念館が「全世界的」存在といえるのは、事業・運動の文化的内容がそういう筋道を、懸命に追究しているからです。
 それに比するつもりはありませんが、借越ながら戦時下「人生二十年」の呼号に半ば酔わされて陸軍航空士の卵だったぼくは、ついに馬齢を重ねて、八十六歳という今日を迎えてしまいました。「徒然草」に「われらが生死(しょうじ)の到来、ただ今にもやあらん…」との述懐がありますが、老いや死が不可避なことは誰でも承知です。けれども、正直にいえば、昨今の自分は病気や日常生活の不如意に脅かされつつ、認知症にだけは侵されまいと、歯を食いしばっている毎日です。ここのところ。長野の博光記念館まで出向くことも出来ずにいるありさまです。
 博光さんも発起人に加わった詩人会議は、昨年創立五十周年=半世紀を迎えました。その先頭に立った詩人壷井繁治が一九七五年九月に七十七歳で急逝したとき、詩人会議葬の葬儀委員長は六十五歳の詩人大島博光が担ったことなどを思い出します。こんな回想の繰り言も老いのれっきとした証拠なのでしょう。もちろん今日の日本と世界の動向に対して、恐るべき所は怒り、喜ぶべき所は喜び、近隣で闘うべき動向とは「老力」をもって闘う、その筋は博光さんに倣って、気概だけは堅持しています。
 博光記念館の存在と活動は、これからこそ大事な意味を高めて行くはずです。広い意味での世界の文化・芸術、民衆の創造力の発信点の一つとして、とりわけ若い世代の人たちに受け継がれることを切に願っています。
そこにこそ歴史的な時代の要請が感じられてなりません。博光さんの遺志の軸にも、それがあったにちがいないと思うこと切なるものがあります。
 遠くから信州に来られ、博光記念館へお足を運ばれ文化的交流を深める方々のことを「記念館ニュース」などで読むと、とりわけ嬉しくなるこの頃です。「御客様は神様です」という言葉が一時はやりましたが、来館される人たちのご感想、ご批評が、記念館発展のこれ以上ない栄養だという点でなら、正しい教訓といっていいのではないでしょうか。
 大島博光記念館とその文化運動のさらなる創造的発展を願いつつ…。
                               (2013・7・13)

<長野詩人会議機関誌『狼煙』72号>


のろし
のろし
     よろしく
                 小林その

ねえ
私 病気していろいろ出来なくなったんだよ
外見だけ見ると変わっていない
よくしゃべるし 歩いている
ところがそれがかえってくせ者
自分でも前のままと思ってしまうから大変
あれ?
手紙が書け無いどころか字が書けない
「数」がどこかへ行ってしまって時間も解らない

直に戻ると思っていたのに
どうもそんなに簡単じゃ無いみたい
有り難いことに落ち込まない性格に助けられて
 ちがうよ
 くよくよ落ち込む心配性で
 目の前の道に突然穴が開いて落ちたらどうしょうなんて
 性格は変わったんだよ いつの間にか
有り難いことに落ち込まない性格に助けられて
もうじき直る もうすぐ元に戻るって

パソコンの操作を少しずつ思い出して
手紙は出せるようになった
(封筒の宛名が書けてポストに入れた時の興奮)
出来ることが少しずつ戻ってくる

病気になって2年が過ぎた
おかげさまでって云わなくてはいけないね
ほんとに大勢の人がいてくれて
あっちからこっちから支えてくれて
隙間無いくらいに支えてくれて
ほんとだよ

算数はあまり期待できないから
お金心配から解放
複雑な込み入った事は上手く整理できないから
ごめんね
良いなと思うこといっぱいやる

わがままに 自分の思いのままに生きてきた
だから少しは反省して
なんて思わないんだよね
まだまだ もっともっとやりたいことを
まだまだ もっともっとやりたいことを
やりたいんです

 (『狼煙』第71号)