アントニオ・マチャヤード

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 マチャードとソリアの野

 いつぞや、NHK・TVのスペイン語講座をみていたら、詩人アントニオ・マチャードの「ソリアの野」という詩をスペイン人のナレーターが抑えた声で、しかし美しいひびきをひびかせて朗読していた。そしてソリアの町や、その古い城や、白い野の花の咲いている郊外の野や丘が映しだされた。朗読された詩の美しいひびきと調子の純粋さはいつまでもわたしの耳に残った……
 そのうち、この詩の仏訳のテキストが見つかったので訳してみたが、あの原詩のひびきは伝うべくもない。

    ソリアの野
               アントニオ・マチャード

  寒いソリア 清らかなソリア
  ドーロ河のほとり 戦いの
  雄叫びの挙がった城も廃墟となり
  その城壁は崩れ落ち
  家家は黒ずみ傷む

  そのむかしの 領主たちと
  兵士と従僕たちの 死の町
  百の貴族たちの その紋章の
  紋章を掲げた ファサード
  飢えはてた 犬の群
  痩せ細って苛立つ犬どもは
  汚れた路地にむらがり
  夜ふけの空に吠えたて
  烏(からす)どもがかーかーと鳴く

  寒いソリアよ! 裁判所の
  鐘が 一時をうつ
  おお 美しいカスチリアの町
  月の光を浴びた ソリア

  (自筆原稿)

美唄
再生(ルネッサンス)
                    アントニオ・マチャード

魂の画廊よ……子供の魂よ!
その明るい陽気な光
小さな物語と
新しい生の悦びと……

ああ ふたたび生まれて 道を歩きまわり
消えた小道をまたみいだすとは!

そしてもう一度 自分の手のなかに
母のやさしい 顫える手を感じる……
そして愛の手にみちびかれて
夢のなかを歩いてゆく



われらの魂のなかでは すべてが
神秘な手にあやつられている
われらの不可解で無言の魂について
われらは何も知らない

賢者の深いことばはわれらに教える
吹く風のひゅうひゅうと鳴る音や
流れる水のつぶやきが
何をわれらに語るかを

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

ブルーベリー

 安宿のギターよ
               マチャード

安宿(はたご)のギターよ おまえは
あるときは ホタ*を鳴らし
またあるときは ペテネラ**をひびかせる

おまえの埃(ほこり)だらけの弦(いと)をつまびく
弾き手次第で
街道ばたの安宿(はたご)のギターよ
おまえはかって詩だったこともないし
これからも詩人になることはないだろう

だが おまえもひとつの魂なのだ
行きずりの魂たちに
孤独な歌(ハーモニー)をうたってきかせる……

旅びとはおまえに耳傾けて思い込むのだ
自分のふるさとの歌を聞いているんだと


 訳注 *  ホタ──スペインの踊りの曲。
    ** ペテネラ──アンダルシア地方の民謡。

(マチャード/アルベルティ詩集 1997年12月 土曜美術社出版販売)

白いアイリス

 海から海へと
                 アントニオ・マチャード

海から海へと わたしたち二人のあいだを
海より深い戦争がへだてている わたしは
この地から 海をふさいでる地平線を見やる
ギオマールよ(*1) きみは地の果て(*2)から見る

もうひとつの海を カモエンに歌われ
くら闇に閉ざされた スペインの海を
伴侶(とも)よ わたしの不在はきっときみを離れないだろう
わたしの方は きみの思い出にこころが痛む

戦争はわたしたちの愛に致命的な打撃を与えた
燃えさかる戦火の 不毛の影とともに
いまや 大いなる死の不安が蔽いかぶさる

老いらくの恋が夢みた蜜も むなしく消え
冷たい斧の刃の 痛みの走った木の枝に
花が咲くことは とうていかなわぬだろう

訳注*1 ギオマール──本名ピラル・ヴァルデラーマ。一九二八年頃からマチャードが愛の手紙を書き送っていた恋人。
  *2 地の果──その頃、ギオマールはポルトガルのロカ岬に住んでいたことを暗示している。「海から海へ」は、したがって地中海と太平洋を意味する。

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

海

もしもわたしが詩人だったら
                          アントニオ・マチャード

もしもわたしが心やさしい詩人だったら
あなたの眼のために歌うだろう
大理石の水盤のなかの
澄んだ水のように清らかな歌を

水の一節(ひとふし)で
わたしの歌はあなたに告げるだろう

「見つめているときにも
何も求めないわたしの眼に
あなたの涼しい眼は答えてくれない

あなたの眼はたたえていた
あの穏やかなやさしい光を
いつか母親の腕のなかでわたしが見た
あの花咲く世界の やさしい光を」

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

白い花
 恋の目録
                アントニオ・マチャード

きみの眼は わたしに
夏の夜を 思い出させる
おお 潮の匂う海べの
月も出ない 暗い夜よ
そして 暗い低い空に
またたく星を 思い出させる
きみの眼は わたしに
夏の夜を 思い出させる  
そしてきみの 褐色の肉体(からだ)は
陽(ひ)に燃える 麦畑を
火のような ため息は
熟れた畑を 思い出させる

きみの妹は 明るくてたおやかだ
もの憂げな 燈心草のよう
寂しげな 柳のよう
青緑色の 亜痲のよう
きみの妹は 遠い空に
またたく ひとつ星だ……
やさしい 小川の岸べで
顫えている あわれな
ポプラ林の うえの
夜明けだ 寒いそよ風だ
きみの妹は 遠い空に
またたく ひとつ星だ

きみの褐色の 魅惑で
きみのジプシーの 夢で
きみのほの暗い まなざしで
わたしのさかずきをみたしたい
空が暗くて低い ある夜
わたしは 酔うだろう
潮の匂う 海べで
きみといっしょに歌うために
くちびるのうえに 灰を
残すだろう ひとつの歌を……
きみのほの暗い まなざしで
わたしのさかずきをみたしたい

きみのかわいい 妹のために
白いアーモンドの 新しい花を
いっぱい つけた枝を
わたしは もぎ取ろう
三月の おだやかな
淋しい 夜明けに
その枝に わたしは撒こう
澄んだ 小川の水を
その枝に絡ませよう 水の中に
生えた 緑の燈心草を……
きみのかわいい 妹のために
わたしはまっ白い花束を編もう

 アントニオ・マチャード 詩集『孤独』より

マチャード/アルベルティ詩集 1997年12月 土曜美術社出版販売)

バラ杏
 或る友の埋葬に   アントニオ・マチャード

彼は葬られた 七月の怖るべき午後
燃えるような太陽の下で

口をひらいた墓穴のそばに
花びらの枯れた薔薇の花束が
香りのきついジェラニウムや
赤い花花のあいだに 供えられていた
空は晴れて青かった
乾いた強い風が吹いていた

太い綱に吊されて
柩はしずしずとおろされた
穴の底に
二人の葬儀屋の手で

柩が穴の底に収まった時 大きな音が響いた
静けさのなかに 重おもしく
土の中の柩の音は何かまったく荘厳なものだ

黒い柩のうえで ざらざらした
こまかな土くれが砕けた

深い穴のなかの白い息吹きを
風が運び去った

──そしてきみは これからは影もなく
眠り横たわる きみの骨に永い安らぎあれ

静かな真実の眠りの中に
永遠に

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

バラ

 マチャード詩集目次

 詩集『孤独』より
1 わたしはたくさんの道を知った
2 或る友の埋葬に
3 子どもの頃の思い出
4 ジプシーの歌
5 きみの眼のなかには
6 哀歌
7 恋の目録
8 四月の夜の幻想
9 哀歌
10 かわいいペガサス

 詩集『晝廊』より
11 序詩
12 もしもわたしが詩人だったら
13 安宿のギターよ
14 再生

 詩集『カスチリヤの野』より
15 或る狂人
16 ソリアの大地
17 アルヴァルゴンザレスの土地
18 ラ・マンチャの女
19 諺と歌
20 フワン・ラモン・ヒメネスに
21 ルーベン・ダリオの死に
22 ドン・ミゲル・デ・ウナムノに その著『ドン・キホーテとサンチョの生涯』のために

 詩集『戦争中の歌』より
23 春
24 詩人はソリアの地を思い出す
25 ヴァレンシアの夜明けー田舎の家で
26 傷ついた子どもの死
27 海から海へと
28 エブロ軍隊長リステルに
29 瞑想
30 犯罪はグラナダで行われた フェデリコ・ガルシカ・ロルカへ
31 歌(コプラ)
32 昼の瞑想
33 警戒警報
34 マドリード!マドリード!なんとおんみの名の心よく響くことか

 解説
 アントニオ・マチャード略年譜

マチャード詩集

マチャード/アルベルティ詩集 1997年12月 土曜美術社出版販売
 ジプシーの歌 ──CANTE HONDO
                          アントニオ・マチャード
悩みと悲しみの糸をたぐりながら
わたしは深いもの思いに耽っていた
すると暑い夏の夜にひらいた
わたしの部屋の窓から

わたしの耳に聞こえてくるのだった
夢みるようなコプラの嘆きが──
故郷の魔法のようなリズムの
ほの暗いトレモロにむせぶように

……それは赤い炎のような 愛だった……
──神経質な手が 覿える弦のうえに
長い長い黄金のため息をつま弾くと
それは星の雨へと変わった……
……そしてそれは死神だった 大鎌を
かついだ骸骨で 残忍に大股に歩いていた
──子どものころ 夢でみたように──

そして突如として 鳴りひびくギターが
弾(ひ)き手によって うち叩かれると
大地をうち叩く柩の音を喚び起こした

そして灰を風のなかに投げ
ほこりを吹きはらう息吹は
孤独な魂の呻き声だった

 訳注* コプラ──スペイン民謡のひとつの形式。

(『マチャード/アルベルティ詩集』)


 哀 歌
              アントニオ・マチャード

われらの生は川の流れ
死の海に注いで終わる
なんとうつくしいことか
この哀歌は!
わが詩人たちのなかでマンリケ*は
死にささげた祭壇をもつ

生の甘美な悦びよ
生のはかなさを知る苦(にが)さよ
いやおうなく海へ流れ入る確かさよ

死への恐怖のうしろには
辿り着くという悦びがある
なんと美しいことか この悦びは!
だが また戻ってくるという恐怖は?
なんとにがいことか
この苦しみは!

訳注* マンリケ──スペインの詩人(一四四〇〜一四七九)。『死について』の詩によって有名である。

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

池

「20世紀 世界詩を旅する」 翻訳と文・大島博光

 きみの眼のなかには
                   アントニオ・マチャード

 きみの眼のなかには
 一つの神秘が
 燃えている
 はにかみやの娘よ 妻よ

 憎しみなのか 愛なのか──
 わたしにわかろうか──
 きみの黒い箙(えびら)の
 尽きることのない光は

 きみはわたしのそばにいるだろう.
 わたしの身体が
 影を投げる限りは
 わたしのサンダルに砂がつく限りは

 きみはわたしの路上の渇きなのか
 いやしの水なのか
 教えてくれ
 はにかみやの娘よ 妻よ

 アントニオ・マチャード スペイン(1875-1939)

 アントニオ・マチャードは、二十世紀スペインの大詩人である。
 青年時代、パリ滞在中にニカラグアのモダニスム詩人、ルーベン・ダリオと知り合い、影響をうけた。また、フランス象徴派の詩を愛読する。二十歳代に書かれた詩集『孤独』『画廊』は孤独、彷徨、夢想など、ロマンティックな情感にいろどられている。
 「きみの眼のなかには」では、恋人の眼のなかにきらめく光が歌われる。黒い瞳の放つ「尽きることのない光」──この消えやすく捉えがたいものを、詩人はみごとな言葉によって捉え、詩として定着させ、その意味を問う。あかされるのは、愛の神秘、愛の力にほかならない。箙(えびら)とは、矢を入れて背負う道具であり、ここでは黒い瞳をさすと思われる。
 彼の詩集『カスチリヤの野』(一九一二年)がウナムノの激賞をうけて、大詩人としての地位を確立させた。詩集の中の「アルヴァルゴンサレスの土地」という長い物語詩は、カインの末裔となる兄弟の罪と悲劇を描いたもので、父親と弟を殺して土地や財産を奪って所有しても、働いて耕すことを知らない者は生きられないというものである。
 働き者だった父親が殺され、黒沼に投げ込まれた悲劇は、「土を耕した者がその土の下に眠れない」という悲痛なリフレインによって強調される。ロルカはその移動劇団の舞台に立って、しばしばこの物語詩をギターを弾きながら朗詠して、聴衆の涙を誘ったといわれる。
 さて、マチャードの晩年に待っていたのは大きな悲劇だった。一九三七年に始まるスペイン市民戦争である。ファシストたちはいち早くガルシア・ロルカを銃殺して血祭りにあげる。すかさずマチャードは、「犯罪はグラナダで行われた」という美しい詩を書いてファシストを告発し、ロルカの死を悼む。これはスペイン詩史にも残るであろう傑作である。
 その後、すでに年老いて関節炎を病んでいたマチャードは、「わたしは脚のかわりに腕を差し出そう」と言って、人民を勇気づけるたたかいの詩を書きつづける。人民軍敗勢の中、三九年初め、亡命しようとしたこの詩人は難民とともにビレネーを越えて、フランスの漁港、コリウールにたどりつき、そこで力尽きて倒れる。六十三歳だった。
 マチャードは、いまもそこの地中海の見える丘の基地に眠っている。(詩人)
<産経新聞>

 序 詩
                アントニオ・マチャード

ある晴れた日 愛する
わが詩を読んで
わたしは見た 深い鏡
のなかに おのれの夢を

なんと怖れをもって真実が
そこに ふるえていることか
それはまた 風の中に香りを
投げやる 花のようだ

詩人の たましいは
神秘へと むかう
詩人だけが 遠く
魂のなかにあるものを
見ることができる かすんだ
魔法の太陽に包まれて

この思い出の 果てしない
晝廊のなかに
哀れなひとびとは
戦勝品(トロフィー)のように ひっ掛けた

虫の喰った 古い
祭りの服を だが
詩人は見ることができる
夢想の 黄金色の
蜜蜂の 永遠の働きを

詩人たちよ 深い空に
こころくばる魂よ
むごい戦いのなかで
また 静かな庭のなかで

われらは新しい蜜を作ろう
古い苦しみで
忍耐づよく作ろう
清らかな白い服を
太陽の下で 磨こう
強い 戦いの甲冑を

夢をもたない魂
敵なる鏡は
われらの姿を映し出す
みにくいかたちで

われらは感じる 血の波が
われらのこころのなかを
ながれて・・・微笑むのを
さあ われらの仕事にもどろう

<「マチャード/アルベルティ詩集」>