ロルカ

ここでは、「ロルカ」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


鈴木瑞穂さんによる朗読です。


 フェデリオ・ガルシア・ロルカへのオード

 もしも 野の一軒家で 恐怖にふるえて泣くことができたら
 もしも われとわが眼を抉りとって 食べることができたら
 ぼくはそうしただろう 喪服をきたオレンジの木が
 あげたようなきみの声のために
 きみの叫びながら迸りでた詩のために

 ……
 もしも 町の邸宅という邸宅を
 煤でまっ黒にし
 泣きわめきながら
 時計塔をぶちこわすことができたら
 それは きみの家に
 みんながやってくるのを見るためだ
 きみの家に
 ぶち割られたくちびるで 夏がやってくる
 断末魔のぼろをまとった たくさんの人たちがやってくる

 悲しい栄誉にかがやく かずかずの地区がやってくる
 死んだ鋤とひなげしたちがやってくる
 墓掘り人と馬に乗った男たちがやってくる
 惑星と血のついた名刺がやってくる
 ……
 憎しみと棘をもった薔薇がやってくる
 黄いろっぽい船がやってくる
 風の日が子供をつれてやってくる
 ぼくがやってくる
 ぼくといっしょにオリヴェリオ ノラーがやってくる
 ヴィセンチ・アレキザンドル デリアがやってくる
 マルカ マルヴァ マリナ マリア・ルイサとラルコがやってくる
 ラ・ルビア ラファエル・ウガルチがやってくる
 コタポス ラファエル・アルベルティがやってくる
 カルロス べべ マノロ・アルトラギーレがやってくる
 モリナリがやってくる
 ロザレス コンチャ・メンデスがやってくる
 それからもう忘れたほかの人たちがやってくる

 さあ きみに花輪をささげよう
 元気で 喋のようだった若ものよ
 いつも自由な黒い稲妻のように
 純粋だった若ものよ
 ぼくらは語りあってきたが
 岩のあいだに だれもいない今 
 胸をわって話しあおう
 ありのままのきみを
 ありのままのぼくを
 もしも 詩が
 ひとをうるおす露となるためでないとすれば
 いったい なんの役にたつというのだろう?
 もしも むごい匕首(あいくち)がぼくらを探しまわっている
 この夜のために
 心臓をぶち抜かれた人間が死にかかっている
 この日のために このタぐれのために
 この崩れおちた片隅のために
 詩があるのでないとすれば
 いったい 詩はなんの役にたつというのだろう?

 ……
 フェデリコよ 見るがいい
 この世界を 街街を
 胸を刺すような光景を
 かずかずの別離や 石ころや レールのほか
 なんにもない処にむかって
 汽車が煙をあげていやおうなしに出てゆくときの
 あの駅での最後の別れを
 ……

 これが人生だ フェデリコよ
 ぼくが 血気さかんで憂鬱な男の友情として
 きみに差しだすことのできるのがこれだ
 きみはもうきみ自身のたくさんのことどもを知っている
 だんだんきみは ほかのひとたちのことをも知るだろう
             (角川書店『ネルーダ詩集』)

夕暮れ
 アルベルティも歌う

 ラファエル・アルベルティは、国外に亡命した詩人たちのひとりである。スペイン内戦当時には人民戦線の側に立って、「マドリード防衛の歌」「国際義勇軍に捧げる」「海のなかの牡牛」など、多くの有名な詩をかいた。共和国の敗北後、かれは初めブエノスアイレスに亡命し、その後ローマ郊外のアニエネの谷に居をかまえて、詩を書きつづる。アニエネの谷にあっても、かれはフェデリコに想いをよせる。

    フェデリコ
                  ラファエル・アルベルティ

 フェデリコよ
 きみに会いに ビナール街をとおって
 「レジデンシア」へやって行き
 きみの部屋のべルを鳴らした
 だがそこにきみはいなかった

 フェデリコよ
 きみは だれよりもよく笑った
 きみは 自分のことをみんなしゃべった
 もうだれもそんなまねはできないだろう
 きみに会いに 「レジデンシア」へ行った
 だがそこにきみはいなかった

 フェデリコよ
 ここ アニエネの山のうえにまで
 きみのオリーブの木が這い上っている
 わたしは風といっしょにその枝を鳴らした
 すると そこに きみがいた

 ロルカは生前、マドリードの学生寮「レジデンシァ」に住んでいた。いまアルベルティは、ローマ郊外、アニエネの山のオリーブの木を見て、ありし日のロルカをしのんでいるのである。そしてここにも、子供のように無邪気だったといわれるロルカの人間像が描かれている。さらにアルベルティは、スペイン戦争三〇周年を記念して、つぎのような長い詩を書いている。

   歳月は過ぎ去らなかった
                       ラファエル・アルベルティ

 「平和の三〇年
 スペイン万歳を叫ぶスペインは
 ずっと わしを映す鏡なのだ
 いつもそこに自分を映して
 日ごとに若返える自分を見いだし
 死者たちのように幸福な自分を見いだし
 わしは年齢(とし)をとらぬのだ」
 「おまえはこう言いたいのだ
 おまえはおれたちを殺した時の年齢(とし)のまんまだと
 おまえは死者たちを呑みこんだ墓場なのだ」
 「神の御加護で わしは恩寵にあずかっておる」
 「おまえは戦死者たちの谷間なのだ
 死者たち
 かず限りもない死者たち
 おまえは 死者たちの保管所だ
 おまえは 死者たちの博物館なのだ」
 「わしの良心にやましいことはなにもない」
 「おれたちはかず限りもない死者たち
 怖るべき空虚(うつろ)さだ
 ぽっかりと口をあけた穴だ
 銃殺された血が煮えくり返っているのだ」
 「たとえわしが死なねばならぬとしても
 天国がわしを迎え入れてくれるわ」
 「おれたちは かず限りもない死者たちだ」
 「この輝く太陽と 押しかけてくる観光客
 溢れる喜びと わしの王公ぶり
 わしのおかげで スペインは生きておるのだ
 よく見るがよい
 これが わしの王国なのだ」
 「おれたちは かず限りもない死者たちだ」
 「わしは 神のご加護でスペインを統治しておる
 わしは わし自身の後継者なのだ
 スペイン人よ 諸君に勝利をもたらしたのはわしじゃ」
 「おれたちはかず限りもない死者たち
 おれたちには 墓もない
 おまえは毎日おれたちを踏みつける
 すべての死者たちが泥となって
 おまえの長靴にひっつくのだ 
 生ける死者どころか おれたちは生きていて
 おまえの足の下で ぎしぎし音を立てるのだ
 「ほんとうにおれたちは おまえを映す鏡なのだ」
 「わしはスペインが待ち望んでいた救世主じゃ
 見るがいい わしの約束した平和と歳月を」
 「そんなものは死者たちの平和だ」
 「いや 平和の三〇年だ」
 「そんなものは死者たちの平和だ
 傷つき
 よろよろとよろけ
 凍え
 焼かれ
 泣き呻き
 殴りつけられ
 うちのめされ
 辱かしめられた
 死者たち」  
 「平和の三〇年だ」
 「死者たちの平和だ」
 「まさに スペイン万歳を叫ぶこのスペインは
 ずっとわしを映す鏡なのだ」
 「おれたちは死者たち
 死者たち
 かず限りもない死者たちだ
 だが この死者たちは
 挙げている
 挙げている
 高く挙げているのだ
 死者たちの手を

 「マチャドは はるか遠い向こうに
 いまも 向こうに埋められている
 かれを見守っていたポプラの木が一本
 ドエロ川の岸べを逃がれて
 いまも向こうで かれを見守りつづけている」
 「おれたちはかつて はっきりと歌ったが
 いまもはっきりと歌っている
 おれは おまえなどとはいっしょにいない
 おまえなどを歌うために
 おれの唇からは ただ一つの言葉も洩れず
 おれの手は ただ一つの綴りも書かなかった」
 「ある日 マドリッドからの
 マチャドの声を わしは聞いた」
 「おれの足はもう役立たぬ
 だが おれにはまだ腕が残っている……」
 「死の雨が空から降ってきた
 マドリッドは 四方八方から
 血を流した
 それから かれは出て行った……
 向こうの大地の下で
 かれは語りつづける」 

 「あの男はコルドバめざして馬で行ったが
 どうしても辿り着けなかった
 あの男とは きみだ
 黒い月の下 赤い月の下を
 あの男は 風とともに行った
 あの男とは きみだ
 傷ついて 自分の影のなかを飛んでいる
 四羽の鳩たち
 それは きみだ」
 「おれは天に殺された……
 せめて髪の毛の伸びるままにまかせよう
 頭をぶち割られた子供たちといっしょだ
 乾いた足に 水がぼろのようにまといつく
 おれは毎日 ちがう自分の顔にぶつかる
 おれは天に殺された」

 「フェデリコ と叫ぶ声がおれに聞こえる
 屋根のうえから フェデリコ
 庭のなかから フェデリコ
 崩れ落ちた塔から フェデリコ
 消えた泉から フェデリコ
 凍(い)てつく山から フェデリコ
 暗い川から フェデリコ
 掘り返えされた大地から フェデリコ」
 ──なんだ 何が起きたんだ?
 ──なんでもないさ
 ──そんな風に騒がずに そっとしといてくれ
 ──よし わかった
 心臓はひとりぼっちでこの世から出て行った
 ──ああ ああ かわいそうなおれ!
 フェデリコ!

 彼はいまもまだ立っている
 ひとは いまも 彼について
 語ることができる
 彼の平然とした顔を描くことができる
 彼の葬式の 倒れて硬くなった 大理石の顔を
 なぜなら 彼はずっと あそこに
 血の海のなかに浸かりつづけ
 あそこに根をおろしているからだ
 彼は血にまみれた鏡の水銀に面とむかい
 自分の詩のなかの自分を見つめ
 自分の哀れなスペインを
 蛆虫どもに食い荒された
 死んだスペインを 見守っているからだ
 カルロ・クァトラッチ*がローマで彼を描いた
 画家は 彼をそのように描くことができた
 なぜなら 三〇年後のいまも
 歳月は過ぎ去らなかったからだ
 そうだ 歳月は過ぎ去らなかったのだ

* 訳注 この詩は画家カルロ・クァトラッチの挿画入で発表された。

 この詩は、フランコと死者たちとの対話、マチャドとフェデリコ(ロルカ)との対話、そして作者の発言といったかたちで構成されている。この構成をとおして、あのスペイン人民の歴史的な悲劇の本質が、抒情詩的に生き生きと表現されている。
 「神の御加護で わしは恩寵にあずかっておる」という詩句もたんなる形容句ではなく、フランコのファシズムがスペイン聖職者たちの庇護・協力のもとにおし進められた事実に対応している。また、「死者たち/死者たち/かず限りない死者たち」という言葉の積みかさねも、フランコ軍との戦争による死者が百万人にも達したという事実に対応していることを思えば、それがたんなる詩的羅列や強調だけではないことがわかる。そしてフランコと死者たちとの対話をとおして、ここにも二つのスペインがあざやかな対照のうちに描かれている。かってネルーダはこう指摘した。
 「彼(ロルカ)の死とともに ひとびとは けっして相容れることのない二つのスペインを まざまざと見た。ひづめの割れた悪魔の足をした 蒼黒いスペイン 呪われた地下のスペイン 大罪を犯した王党派と聖職者たちの 十字架につけられるべき有毒なスペイン──それに面と向かって 溌剌とした誇りに輝くスペイン 精神のスペイン 直観と伝統継承と発見のスペイン フェデリコ・ガルシーア・ロルカのスペイン……」

 アルベルティが、スペイン人民の歴史的な悲劇を大きく総体的に捉えることができたのは、やはり三〇年という時間的な距離のおかげかも知れない。そしてここでも、マチャドとロルカには、かれらにふさわしい大きな場所が与えられている。とりわけロルカにたいする愛惜・思慕のひびきはきわ立っている。ロルカはさらに、この悲劇の象徴として、この詩のなかに立っている。
「彼はずっとあそこに/血の海のなかに漬かりつづけ/あそこに根をおろし……/自分の哀れなスペインを/蛆虫どもに食い荒された/死んだスペインを見守っている……」ロルカは立っているだけでなく、「死んだスペイン」を見守り、「蛆虫ども」を告発しているのである。

 報道によれば、ことしの六月五日、ロルカの故郷グラナダ郊外のフェンテバケーロス村の広場で、六〇〇〇人の参加者たちによって、ロルカ生誕七八周年記念集会がひらかれた。この集会は、官憲の監視のもとに、三〇分だけ許され、それ以上は一分たりとも超過してはならなかったといわれる。この集会で、ロルカの詩が朗読され、ついでアルベルティのこの詩「歳月は過ぎ去らなかった」が朗読され、「すべての民主的自由が回復され、スペイン国民が自分の未来をきめ、自分の個性を自由に表明することができない限り、真の人民的文化の基礎は確立されない」と強調した宣言が発表された。その後、参加者たちは「自由」「大赦」を叫びながらデモに移ったが、警官もこれには介入しなかったという。虐殺と圧制にたいするスペイン人民の怒りにとっては、その自由の叫びにとっては、四〇年後のこんにちも、まさに「歳月は過ぎ去らなかった」である。

(完)

(『民主文学』1976年11月号)

アルハンブラ
フェネラリーフェ(グラナダ)より (安西良子さん撮影)




   エルナンデスの悲歌

 ミゲル・エルナンデスは、羊飼いから詩人になったひとで、ネルーダはかれについて「オレンジのしみのついた鶯を口のなかにいれてやってきた」とうたっている。このエルナンデスもつぎの詩をロルカにささげている。

 フェデリコ・ガルシーア・ロルカへの悲歌
                            ミゲル・エルナンデス

 錆びた槍をたずさえ 大砲を身によろって
 死神が カスティリャの草原をよこぎる
 人間は 草原で 根と希望をたがやし
 塩をふりかけ、死者たちの頭蓋骨(ほね)を蒔く

 おお ひろい地面のうえの緑よ おまえが
 喜びに溢れたのは どれほどの時だったのか
 いまは太陽も ただ血を腐らせて黒く乾かし
 いっそう暗い闇を 湧き上がらせるばかり

 苦しみ悲しみが 黒いマントを着て
 またしても おれたちの間に割り込んでくる。
 おれはまたしても 涙の路地に
 降る雨のように はいり込む

 おれが 二六時中 はいり込んでいるのは
 このにがい苦しみを塗りこめた闇の中
 源にぬれた眼と嘆きにみちみちた闇の中
 入口には 断末魔の苦しみの蠟燭が燃え
 人びとの心撃をつらねた 怒りに燃える首飾り

 もしもできるものなら 人気ない水の彼方で
 井戸の底で おれは 思い切り 泣きたい
 そこでなら だれにも 見られはしない
 おれの泣き声も 濡れた顔も 涙の跡も

 おれはゆっくりと入る 額が重くのしかかる
 まるでゆっくりと心臓がひき裂かれるようだ
 ゆっくりゆっくりと そしてまたしてもおれは
 詩人のギターの前で 声をあげて泣くのだ

 おれが悲しむ すべての死者たちのなかで
 だれにもまして忘れられぬこだまがある
 それはおれの心にいちばん深く鳴りひびいたからだ
 おれはつらい悲しみで その男の手を執るのだ

 きのうまではフェデリコ・ガルシーアが
 かれの名前だった きょうは 土くれがかれの名前だ
 きのう かれは 白日のもとに席を占めていたが
 きょうは 草葉のかげの穴がかれを迎える

 これがかれのすべて かれはもうこの世にいない
 きみの 柱やピンを揺すっての騒々しい喜びよう
 きみはその喜びを歯から抜きとってふりかざした
 いまや哀れなきみは 棺桶の楽園しか望めない
 骸骨(ほね)を身にまとい 鉛のように眠りこみ
 心動かさぬ冷静さと敬愛でかたく武装して
 おれはきみの眼のなかにまではいり込もう
 もしもきみが おれに見えるものなら

 きみの 鳩の生命を 風が吹きとばした
 まるで 一陣の羽根の突風(はやて)のように
 きもの鳩は その白さとその啼き声で
 空と窓べを 花輪のように飾っていたのに

 林橋の従兄弟(いとこ)よ 黴(かび)もきみの樹液にはうち勝てぬ
 蛆虫の舌も きみの死には うち勝てない
 林檎の実に 野性のたくましさを与えようと
 林檎作りは きみの骨の髄を選ぶだろう

 鳩の息子よ 鶯とオリーブの孫よ
 きみは 地球がまわっているかぎり
 いつまでも 蕎麦菊の夫であり
 すいかずらの父親であるだろう

 死神は なんと単純素朴であることか
 だが 彼女はまた 不法にも乱暴なのだ
 彼女は やさしく振舞うことができない
 思わぬ時に その不吉な大鎌をふるうのだ

 いちばん堅固な建物だったきみが ぶち壊された
 いちばん高く飛んでいた鷹が 撃ち落された
 いちばん大きく鳴りひびいた声が 黙りこんだ
 あとには 沈黙 永遠の沈黙 沈黙

 ひとりの詩人が死んで 詩神は脇腹に
 致命傷(ふかで)を負ったのを感じ その身ぶるいは
 宇宙的な振動となって 山やまを走り
 死の光は 川という川の子宮を走る

 村村のすすり泣き 谷間じゅうの嘆きが聞こえる
 涙の乾くことのない たくさんの眼が見える
 涙の雨 喪の黒いマントが見える
 喪につづく喪 のべつまくなしの喪だ
 涙につづく涙 のべつまくなしの涙だ

 きみの骨は風のなかにばら撤かれはしない
 やさしくて苦(にが)い詩人よ 蜜の火山 閃く稲妻よ
 長い二列の匕首(あいくち)のあいだの 熱いくちづけで
 きみは味わったのだ 長い愛 長い死 長い熱さを

 きみの死の伴奏をしようと ぞくぞくと
 空と大地の隅ずみから やってくるのは
 空駆ける協和音 顫える弦の青い稲妻
 打ち鳴らされる カスターネットの一群
 ジプシーの長太鼓 フリュートの一隊
 一斉に鳴りひびく鐘 バイオリンの一団
 ギターとピアノの嵐 トロンペットと喇叭の洪水

 だが沈獣は これらすべての楽器よりも大きく深い

 荒涼とした 死のなかの
 沈黙 孤独 ちりあくた
 きみの舌 きみの息吹きは ぴしゃりと
 みずからの上に扉を閉ざしてしまったようだ
 かつてきみの影といっしょにさまよったように
 いまおれは 自分の影とともにさまようのだ
 沈黙が重く覆いかぶさっている大地のうえ
 糸杉がいっそう暗くしている大地のうえ

 きみの断末魔の苦しみは
 鉄の責め具のように おれの咽喉(のど)を締めつける
 まるで 死に酒を舐める想いだ
 フェデリコ・ガルシーア・ロルカよ
 きみは知っているのだ おれが毎日
 死と額をつきあわせている連中のひとりだということを

 ここには、ロルカの死とエルナンデスの慟哭とが、詩のことばで、密度濃くうたわれていると同時に、ロルカの偉大さもみごとに表現されているといえよう。また、死をきびしく克明に歌った詩人ケベードの伝統を、そこに読みとることもできよう。だが何よりもここには、フランコ・ファシスト軍にたいして、一兵士として、──『毎日死と額をつきあわせている連中のひとり』として戦った詩人エルナンデスの切実さがにじみ出ているのである。
(つづく)

(『民主文学』1976年11月号)

アリカンテへ
アリカンテへ (安西良子さん撮影)

   ネルーダの悲歌

 フランコ・ファシストはその黒い出発にあたって、いち早くロルカを血祭りにあげた。ファシストがロルカを最初の犠牲に選んだのは偶然ではなかった。ロルカは、ファシズムとは相反する、自由の精神そのものだったからである。のちに内戦が激しくなった頃、ネルーダはパリに行って、スペイン人民戦線支援の集会で訴えている。
 「フェデリコ・ガルシーア・ロルカ! かれはギターのように大衆的であった。子どものように人民のように陽気であり、淋しがりやであり、奥ぶかくて明るかった。……かれらはまさにかれを選びだし、かれを銃殺しながら、かれの民族の心そのものを狙い撃とうとしたのだ。スペインを屈服させ、拷問にかけるため かれらはスペインのもっともかぐわしい香りを吹き散らし スペインスのもっとも熱烈な息吹きをおしつぶし スペインのもっとも不滅な笑いを断ち切る道を選んだ。……」(角川版「ネルーダ詩集」二八ページ)

 ネルーダは、親友ロルカの死の意味するものを、このようにただしく捉えているが、かれはまたその前に、「フェデリオ・ガルシア・ロルカへのオード」を書いているのである。

 もしも 野の一軒家で 恐怖にふるえて泣くことができたら
 もしも われとわが眼を抉りとって 食べることができたら
 ぼくはそうしただろう 喪服をきたオレンジの木が
 あげたようなきみの声のために
 きみの叫びながら迸りでた詩のために

 ……
 もしも 町の邸宅という邸宅を
 煤でまっ黒にし
 泣きわめきながら
 時計塔をぶちこわすことができたら
 それは きみの家に
 みんながやってくるのを見るためだ
 きみの家に
 ぶち割られたくちびるで 夏がやってくる
 断末魔のぼろをまとった たくさんの人たちがやってくる

 悲しい栄誉にかがやく かずかずの地区がやってくる
 死んだ鋤とひなげしたちがやってくる
 基掘り人と馬に乗った男たちがやってくる
 惑星と血のついた名刺がやってくる
 ……
 憎しみと棘をもった薔薇がやってくる
 黄いろっぽい船がやってくる
 風の日が子供をつれてやってくる
 ぼくがやってくる
 ぼくといっしょにオリヴェリオ ノラーがやってくる
 ヴィセンチ・アレキザンドル デリアがやってくる
 マルカ マルヴァ マリナ マリア・ルイサとラルコがやってくる
 ラ・ルビア ラファエル・ウガルチがやってくる
 コタポス ラファエル・アルベルティがやってくる
 カルロス べべ マノロ・アルトラギーレがやってくる
 モリナリがやってくる
 ロザレス コンチャ・メンデスがやってくる
 それからもう忘れたほかの人たちがやってくる

 さあ きみに花輪をささげよう
 元気で 喋のようだった若ものよ
 いつも自由な黒い稲妻のように
 純粋だった若ものよ
 ぼくらは語りあってきたが
 岩のあいだに だれもいない今 
 胸をわって話しあおう
 ありのままのきみを
 ありのままのぼくを
 もしも 詩が
 ひとをうるおす露となるためでないとすれば
 いったい なんの役にたつというのだろう?
 もしも むごい匕首(あいくち)がぼくらを探しまわっている
 この夜のために
 心臓をぶち抜かれた人間が死にかかっている
 この日のために このタぐれのために
 この崩れおちた片隅のために
 詩があるのでないとすれば
 いったい 詩はなんの役にたつというのだろう?

 ……
 フェデリコよ 見るがいい
 この世界を 街街を
 胸を刺すような光景を
 かずかずの別離や 石ころや レールのほか
 なんにもない処にむかって
 汽車が煙をあげていやおうなしに出てゆくときの
 あの駅での最後の別れを
 ……

 これが人生だ フェデリコよ
 ぼくが 血気さかんで憂鬱な男の友情として
 きみに差しだすことのできるのがこれだ
 きみはもうきみ自身のたくさんのことどもを知っている
 だんだんきみは ほかのひとたちのことをも知るだろう
             (角川版『ネルーダ詩集』一八ページ)

 ここには、まだモダニズムの影の濃い、しかし強烈で異常なイメージをとおして、ロルカの死にたいするネルーダの慟哭が鳴りひびいている。同時に、ファシズムの暴挙を目の前にして、モダニズムからレアリズムへ、革命的ヒュマニズムへと転換を始めたネルーダ自身の姿が現われている。「もしも詩が/ひとをうるおす露となるためでないとすれば/いったい なんの役にたつというのだろう?」──ネルーダはここで、きびしい現実を前にした詩人の任務をみずからにも問うているのである。

 ここで、当時のスペインにおける文学状況とそこでのロルカの位置について、ちょっとばかしふりかえってみよう。わたしは「赤旗」の小文につぎのように書いた。「一九三一年四月十二日の選挙において、スペインの左翼連合が勝利を博し、四月十四日、勝利を祝う民衆がマドリードの街頭を埋めた。アルフォンス十三世はついに王位を放棄し、ここに血を流すことなしに、スペイン共和国が生まれた。これにつづく数年は、スペイン交化、とりわけスペイン文学にとって、輝かしい開花の季節となった。ウナムノやマチャドの大家たち、あるいはファン・ラモン・ヒメネスのあとにつづいて、一群の若い詩人たちが登場してきた。ガルシーア・ロルカ、ペドロ・サリナ、ホルへ・ギジェン、ラファエル・アルベルティ、ホセ・ペルガミン、ルイス・セルヌーダ、マヌエル・アルトラギーレ、ミゲル・エルナンデス等々である。
 ロルカとその仲間たちの詩運動は、今世紀初頭におけるスペイン文学のルネッサンスをうけつぎ、また人民の勝利にはげまされて、たくましい創造力にみちあふれていた。このグループは、創造のためには互いに寛大さを発揮し、深い友情によって結ばれていた。なかでもロルカは、もっとも天賦の才にめぐまれ、みんなを愛し、みんなに愛されていた。かれの創作態度は、人民との交流を大事にし、思想的にも感情的にも人民ととけあうことにあった。こうしてかれはスペインの魂を再発見し、スペインの色をもう一度、白日のもとにとり出そうとした。ロルカが巡回劇団”バラッカ”を創立したのも、この精神においてであった。かれは、共和国時代の多くの学生をこの運動に参加させ、村むらをまわって、古いスペイン音楽を掘り起こし、古い芝居を上演した……
 しかし、開花を始めたばかりのこの新しいスペイン文学のルネッサンスは、フランコ・ファシストのクーデターによって突如として断ち切られ、壊滅させられたのだった。多くの詩人・作家が殺され、あるいは国外に亡命した。ミゲル・デ・ウナムノはサラマンクの家で監視され、<インテリなんかくたばれ!>というファシストの罵詈と暴行を浴びたのちに死んだ。いち早くロルカの死を悼んだマチャドも、一九三九年二月、ピレネーを越えてフランス領コルウールまで辿りついたが、そこで倒れ、そこに葬られた。人民戦線軍兵士として戦った、詩人ミゲル・エルナンデスは、ポルトガル国境でフランコ軍にとらえられ、オカニヤの牢獄で死んだ。そうしてフランコ・ファシスト軍との戦いで、百万人のスペイン人が死んだといわれる……」
(つづく)
(『民主文学』1976年11月号)

シェラネヴァダ
「シェラネヴァダ」安西良子さん撮影

ロルカの死を歌った詩人たち──没後四十周年に──
                            大島博光

 有名なスペインの詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカが、フランコ・ファシストの手によって銃殺されてから、この八月一九日で四〇年になる。そのロルカの死について、わたしは「赤旗」(八月二日付)に短い文章を書いた。 書くにあたって、わたしは手もとにあるロルカについての少しばかりの資料をあさって調べてみた。すると、多くの詩人が、ロルカの死をいたむ悲歌を書いていることがわかった。わたしの眼にふれただけでも、アントニオ・マチャド、ミゲル・エルナンデス、ラファエル・アルベルティ、ルイス・セルヌーダ等のスペインの詩人たちを始めとして、チリの詩人ネルーダの詩があり、フランスの詩人では、エリュアールとアラゴンが書いている。むろん、このほかにも、わたしの知らない多くの詩人が、ロルカの死について書いているにちがいない。わたしの眼にふれたそれらの詩をよんで、わたしは感動のあまり、ひとつひとつ訳出せずにはいられなかった。そこには、ガルシーア・ロルカの人がら、その詩的精神の高さ、ゆたかさ、およびその突然の死にたいする哀惜・慟哭・追慕が、それぞれの詩人の歌いぶりによって歌われ、期せずしてひとつの協奏曲をなすような観を呈していた。同時にまた、そこには、ガルシーア・ロルカの死のもつ、歴史的な叙事詩的な側面が、スペイン人民の怒りをこめて、歌われているのである。そこでそれらのいくつかの詩をここに掲げて紹介することにしよう。その前に、ロルカが銃殺された頃のスペインの状況をちょっとふりかえってみよう。
 一九三一年四月一二日の選挙において、共和制を支持する人民が勝利を博し、四月一四日、勝利を祝う民衆がマドリードの街頭を埋めた。アルフォンス一三世はついに王位を放棄し、ここにブルボン王朝は崩壊して、流血をみることなく平和のうちにスペイン共和国が生まれた。この偉大な夢の実現と未来への希望を、スペイン人民が歓喜をもって迎え、祝ったことは想像にかたくない。それにつづく数年は、スペイン文化、とりわけスペイン詩にとっては、輝かしい開花の季節となった。ミゲル・デ・ウナムノやアントニオ・マチャドらの大家たち、あるいはファン・ラモン・ヒメネスの世代につづいて、一群の若い詩人たちが登場してきた。フェデリコ・ガルシーア・ロルカ、ペドロ・サリナ、ホルへ・ギジェン、ララァエル・アルベルティ、ホセ・ペルガミソ、ルイス・セルヌーダ、マヌェル・アルトラギーレ、等々である。この一群に、さらにチリの詩人ネルーダが加わる。一九三四年、すでに新進詩人の名声を抱いて、総領事としてマドリードに赴任したネルーダは、この若いスペイン詩壇に歓迎されて、かれらといっしょに詩誌「緑の馬」を出すことになる。やがてネルーダは、モダニズムの詩人から人民の詩人へと進み出てゆくことになるが、その大きな動機がファシズムとの出会いにあるばかりでなく、若いスペイン詩人たちとの友情とその影響にあることも忘れてはならないであろう。
 しかし春の日は長くはなかった。国際的反動とファシストたちは、若いスペイン共和国の隙をうかがい、おのれの出番を待っていた。一九三六年七月一八日、ヒットラーの爆撃機とムッソリーニの機甲部隊に支援された、ファシスト・フランコの反乱、クーデターが、スペイン人民のうえに襲いかかった。こうしてここに、三三ヶ月にわたるスペイン市民戦争の幕がきっておとされる。ロルカは、ちょうどその頃マドリードを出発して例年の旅行に出かけ、故郷のダラナダに立ち寄った。ダラナダはいち早くフランコ派によって占領され、ファシストは進歩的な人たちを捕えるために「黒組」を組織した。ロルカはこの罠におちて捕えられ、一九三六年八月一九日の未明、ダラナダ郊外、ピスナルのオリーブ畑で銃殺された。「ピストルによるよりもずっと大きな害悪をペンによって与えた」──というのが、その逮捕理由であったといわれる。アントニオ・マチャドはさっそくそれを詩にかいた。

 マチャドの悲歌

  虐殺はグラナダで行われた

   Ⅰ 虐殺

 かれは銃にかこまれ
 長い道をとぼとぼと歩き
 まだ星の残っている朝まだき
 寒い野っ原に姿を現わした
 やつらはフェデリコを殺した
 そのとき 朝日が昇った
 死刑執行人(ひとごろし)の一隊は
 かれをまともに見ることができなかった
 やつらはみな眼を閉じて祈った
 ──神さえも救えはしない!
 かれ フェデリコは倒れ 死んだ
 ──額から血を流し 腹のなかに鉛をぶち込まれて
 虐殺はグラナダで行われた──
 知ってるか?──哀れなグラナダよ
 フェデリコのグラナダよ

   Ⅱ 詩人と死神と

 かれは 死神の大鎌をも怖れずに
 彼女と二人きりで とぼとぼと歩いて行った
 ──すでに 塔という塔に陽が射し
 鍛冶屋の鉄床(かなどこ)という鉄床を
 鉄槌(かなづち)が打ちたたいた
 フェデリコが口をひらいて
 思いのたけを死神に打ち明けると
 彼女はじっとそれに耳を傾けていた
 「道連れの女よ すでにきのう おれの詩のなかには
 ひからびたきみの手のひらの音が鳴っていたのだから
 すでにきのう おれの詩のなかには
 そうして きみはおれの歌に
 あの凍えるような冷たさを与え
 きみの黄金の鎌の切れ味を
 わたしの芝居に添えてくれたのだから
 こんどは おれがきみに歌ってやろう
 もうきみのもっていない肉体を
 ぼんやりと 放心したようなきみの眼を
 風にゆれる きみの髪の毛を
 みんながくちづけする きみの赤い唇を……
 わが死神よ うつくしいジプシー女よ 
 ああ きのうのようにきょうも きみと二人きりで
 グラナダの わがグラナダの
 この大気を吸おうとは!」

   Ⅲ 

 とぼとぼと歩いてゆく二人の姿が見えた……
 
 友よ おれのために建ててくれ
 石と夢の墓を──アルハンブラに 
 詩人のために
 水のすすり泣く 泉のほとりに
 そうして永遠に伝えてくれ
 虐殺はグラナダで行われたと
 かれのふるさとグラナダで行われたと

 マチャドは叙事詩の単純さで、眼に見えるように書いている。第二節の「詩人と死神と」においては、あの大鎌をもった死の女神と詩人との道行きという一種のメタフォールをとおして、死地におもむく詩人の心境を描くと同時に、詩人の口をとおして死神に痛烈な皮肉を浴びせている。ロルカは詩や戯曲のなかで、よく死の問題をとり扱っており、わが国で上演されたことのある「血の婚礼」においても、死の影は運命のようにこの劇を支配している。これらのことをもじりながら、マチャドは死神に毒づいている。そして「虐殺がグラナダで行われた」ことを、この詩は永遠に告発しつづけるであろう。

(つづく)

(『民主文学』1976年11月)

アルハンブラ



ロルカ
ロルカとその時代

「わたしの他者への愛、わたしがむすびついているわが人民への深い愛情─それらがわたしを駆って芝居を書かせた。みんなのところへ行くために、みんなといっしょになるために……芝居は人間が演じる詩なのだ……」

(東京芸術劇座公演『ベルナルダ・アルバの家』パンフレット)

 雄山羊
       フェデリコ・ガルシア・ロルカ/大島博光訳

雌山羊の群が通って行った
岸べの水のほとり

ばらとサファイアの夕ぐれ
雌山羊たちをみちびく雄々しい雄山羊に
わたしは見とれる

こんにちは むっつりした悪魔よ
きみは
とても気の多いけだものだ
肉の
地獄の
永遠の狂信者・・・

きみのひげと
ひろい額の
なんという逞(たく)ましさ
粗野なドン・ジャンよ
なんと思いのこもったきみの眼ざし
情熱の
メフェストフェレスよ

きみの女たちを連れて
きみは野に行く
サルタンでありながら
宦官のように
きみの性の渇きは
けっして鎮まることがない
父親の牧神(パン)の名を汚さない
性の見習い!

恋に落ちた つつしまやかな雌山羊は
きみのあとをついてゆく
静かな足どりで
きみの情熱は飽くことを知らない

古代ギリシャは
きみのことがよく分っていた

おお 聖なる伝説の奥からやってきたものよ
黒い岩や巨大な十字架のあいだで
馴らされたけものや深い洞窟のなかで
悪魔と痩せた苦行者たちは見た
闇のなかで
性の炎を
吐いているきみを!

おお 雄々しいひげを生やし
角を生やした雄山羊よ
中世世界の黒い縮図よ
きみは 清らかな海の泡のなかの
フィロムネード(*1)の傍で生まれた
そしてきみの唇は
彼女を愛撫しながら
星の世界を驚かす

雄山羊たち きみたちはやってくる
嵐が光となる 露だらけの森から
不死なるものの血に浸る
アナクレオン(*2)の牧場から

おお 雄山羊たち きみたちは
消えうせた種族
古代サチュロス(*3)たちの変身なのだ
地上のどんな動物にもまして
きみたちは惜し気もなく濫費する
手つかずの好色を

「大いなる真晝」の空想家たち
きみたちの歩みを停めて
野の奥の声を聞きたまえ
雄鶏はきみたちに告げる
こんにちは 通ってゆくきみたち!

訳注*1 フィロムネード──不詳。
  *2 アナクレオン──愛を歌ったギリシャの詩人。
  *3 サチュロス──ギリシャ神話で、半人半獣の好色な森の神。

<自筆原稿 1996>
 叫び声
           ロルカ

叫び声が楕円(だえん)を描いて
山から山へと
ひびき つたわる

それは オリーヴ畑から
青い夜にかかる
黒い虹となったろう

     ああ!

ヴィオロンの弓のように
叫び声は 震わせた
長い風の弦(いと)を

     ああ!

(洞穴に住んでいる人たちが
枝つきランプをかざして外を見る)

<自筆原稿>
ロルカ虐殺

生者たちよりも生きている  F・G・ロルカ虐殺40周年に

                 大島博光

 スペインの詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカの名は、魅惑にみちた「ジプシーの歌」や戯曲「血の婚礼」などによって、わが国でもよく知られている。そのロルカが、フランコ・ファシストどもの手に倒れてから、この十九日で、ちょうど四十年になった。

 ファシストの黒い出発
 一九三六年七月十六日、ちょうどフランコの反乱が始まる二日前、ロルカはマドリードを出発して、例年の旅行に出かけ、最後に生まれ故郷のグラナダに立ち寄った。グラナダの町では、ファシストの勢力が強く、かれらは進歩的な人びとを捕らえるために、いち早く「黒組」を組織していた。ロルカはこの罠(わな)におちて捕らえられ、一九三六年八月十九日の未明、グラナダ郊外のオリーブの木かげで銃殺された。アントニオ・マチャードは詩に書いている。

 かれは銃にかこまれ
 長い道をとぼとぼ歩き
 まだ星の残っている朝まだき
 寒い野っ原に姿を現わした
 ・・・
 フェデリコは 倒れ 死んだ
 額から血を流し 腹に鉛をぶち込まれて──
 犯罪はグラナダで行われた・・・

 フランコ・ファシストはその黒い出発にあたって、いち早くロルカを血祭りにあげた。「アンダルシーアの鶯」は歌うことをやめた。ファシストがロルカを最初の犠牲(いけにえ)に選んだのは偶然ではなかった。当時のスペインの文学状況をちょっとふりかえってみよう。

 スペインの文学の復興期
 一九三一年四月十二日の選挙において、スペインの左翼連合が勝利を博し、四月十四日、勝利を祝う民衆がマドリードの街頭を埋めた。アルフォンス十三世はついに王位を放棄し、ここに血を流すことなしに、スペイン共和国が生まれた。これにつづく数年は、スペイン文化、とりわけスペイン文学にとって、輝かしい開花の季節となった。ウナムノやマチャドの大家たち、あるいはファン・ラモン・ヒメネスのあとにつづいて、一群の若い詩人たちが登場してきた。ガルシーア・ロルカ、ペドロ・サリナ、ホルヘ・ギジェン、ラファエル・アルベルティ、ホセ・ベルガミン、ルイス・セルヌーダ、マヌエル・アルトラギーレ、ミゲル・エルナンデス等々である。
 ロルカとその仲間たちの詩運動は、今世紀初頭におけるスペイン文学のルネッサンスをうけつぎ、また人民の勝利にはげまされて、たくましい創造力にみちあふれていた。このグループは創造のためには互いに寛大さを発揮し,深い友情によって結ばれていた。なかでもロルカは、もっとも天賦の才にめぐまれ、みんなを愛し、みんなに愛されていた。かれの創作態度は、人民との交流を大事にし、思想的にも感情的にも人民ととけあうことにあった。こうしてかれはスペインの魂を再発見し、スペインの色をもう一度、白日のもとにとり出そうとした。ロルカが巡回劇団「バラカ」を創立したのも、この精神においてであった。かれは、共和国時代の多くの学生をこの運動に参加させ、村むらをまわって、古いスペイン音楽を掘り起こし、古い芝居を上演した。
 しかし、開花を始めたばかりのこの新しいスペイン文学のルネッサンスは、ファシストのクーデターによって、突如として断ち切られ、壊滅させられたのだった。ロルカは銃殺され、多くの詩人・作家が殺され、あるいは国外に亡命した。ミゲル・デ・ウナムノはサラマンクの家で監視され、「インテリなんかくたばれ!」というファシストの罵詈(ばり)と暴行を浴びたのちに死んだ。いち早くロルカの死を悼んだマチャドは、ピレネーを越えて、フランス領コリウールまでたどり着いたが、そこで倒れ、そこの葬られた。人民戦線軍戦兵士として戦った、詩人ミゲル・エルナンデスは、ポルトガル国境でフランコ軍にとらえられ、オカニヤの牢獄で死んだ。そうしてフランコ・ファシスト軍との戦いで、百万人のスペイン人が死んだといわれる。

 自由求める人民の叫び
 ロルカの死は、これら数限りない死者の象徴として、多くの詩人たちによって歌われている。

 いちばん堅固な建物だったきみがぶち壊された
 いちばん高く飛んでいた鷹が討ち落とされた
 いちばん大きく鳴り響いていた声が 黙りこんだ
 あとには ただ沈黙 永遠の沈黙がつづく
 ・・・
 きみの断末魔の苦しみは
 鉄の責め具のように おれののどを締めつける
 おれは 死に酒をなめる想いだ
 フェデリコ・ガルシーア・ロルカよ
 きみは知っている
 おれが毎日 死と額をつきあわせている連中のひとりだということを

 これはエルナンデスの長い詩の一節だが、ここには一兵士として戦った詩人の切実さがにじみ出ている。
 報道によれば、ロルカの四十年忌を迎えて、スペインでは記念集会がひらかれたが、官憲によって中止を命じられたという。ロルカは死んだが、「生者たちよりも生きている」(セルヌーダ)のだ。そしてロルカの思い出にみちて、自由と民主化を要求するスペイン人民の叫びは、いかなる弾圧によってもおしつぶされないだろう。
 (おおしま ひろみつ 詩人)

<「赤旗」1976.8.20>

 三つの川の小さなバラード
              ロルカ

グワダルキヴィルの流れは
オレンジとオリーヴの間を流れる
グラナダの ふたつの川は
雪の峰から 麦畑に流れくだる

ああ 行ってしまって
戻っては来ない 恋よ!

グワダルキヴィルの 流れは
暗紅色(グラナーテ)のひげを生やし
グラナダの ふたつの川は
一つは涙を流し 一つは血を流す

ああ 空のなかに
行ってしまった 恋よ!

帆船で 行くには
セビリアへは 船路がある
だが グラナダの流れを
漕いでゆくのは 溜息(ためいき)ばかり

ああ 行ってしまって
戻っては来ない 恋よ!

グワダルキヴィル川よ 高き塔よ
オレンジ畑を 吹きわたる風よ
ダロ川よ ヘニールの流れよ
池のうえに崩れ落ちた 砦(とりで)よ

ああ 空のなかへ
行ってしまった 恋よ!

波が 叫ぶ鬼火を運ぶと
だれが 言うだろう!

ああ 行ってしまって
戻っては来ない 恋よ!

オレンジの花を運べ オリーヴを運べ
おまえの海へ アンダルシーアよ

ああ 空のなかへ
行ってしまった 恋よ!

 訳注1 グワダルキヴィル河—スペイン南部ゼグラ山地に発し、コルドバ、セビリアを通って大西洋に注ぐ。
 訳注2 ダロ川—グラナダのアランブラ宮殿ある丘の下を流れる。
 訳注3 セニール川—シェラ・ネヴァダの山地に発し、グラナダを流れて、のちにグワダルキヴィル河に合流する。

おのれの死をもたなかった詩人への悲歌
   ──フェデリコ・ガルシア・ロルカ
                          ラファエル・アルベルティ

きみはきみの死をもたなかった あったはずの
きみの死を 道は意地わるく わざと逸(そ)れて曲った
きみはどこへ行くのか わたしは叫びながら
足を速めたが きみの運命を止められなかった

いまやわたしの死が現われ始める! 立って来い!
石灰工場やテラスに塔に 予感が顫えている
川が大急ぎで大声で 場末を呼んでいる
暗やみが 大急ぎに前もって風に知らせる

わたしは島に囚われて きみの死がきみを
見捨てたのも知らず わたしの死を自由にしていた
おお わたしがそうなっていたかも知れない
あの有様のなかのきみを見るつらさ 悲しさ

きみはきみの栄光に あの止めの一撃の恐怖を
眼のなかの恐怖を与えずに 死なねばならなかったろう
きみの記憶を狂わせる きみ自身の血を前にして
銃弾に見舞われなかったら 花であり明るい心であったものを

たとえわたしの死がきみの死を引きうけて死んだとしても
もっと長い美しい生涯がきみの死を待っていたとしても
わたしはきみの死を恥かしめぬように努めただろう
きみの死があの輝かしい収穫(とりいれ)を大地に還すまで

<「マチャード/アルベルティ詩集」土曜美術社出版販売>

栗色の歌
             フェデリコ・ガルシーア・ロルカ/大島博光訳

おれはふみ迷い 消え入る
栗色の おまえの 大陸に
マリア・デル・カルメンよ

ほかのものに見とれて うつろな
おまえの眼の中に おれは消え入る

おれは消え入る おまえの腕の中
空気までも 栗色に染めて
そよ風が なぶっている
おまえの肌の そのうぶ毛を

おれは すべりこみ 消え入る
むっちりと 息づきはずむ
おまえの二つの乳房のあいだから
おまえの甘いからだの 暗い深みへ