ロベール・デスノス

ここでは、「ロベール・デスノス」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


デスノス

<『詩人会議』1994年2月号>
 明日の日
                ロベール・デスノス
                大島博光訳
                                                        
百年千年いくら年をとろうと おれはおまえを待っているぞ
おお 希望が知らせる明日の日よ
時間(とき)は呻めくがいい──新しい朝だ 新しい夕ぐれだと
いろいろな痛みをかこち訴える老人のように

だがもう永いこと おれたちは夜も眠らずに生きている
寝ずに見張りをして 火と光をまもっている
ひそひそと声をひそめて語り きき耳をそばたてている
トランプ遊びでのように たちまち消えさる物音に

しかも 夜のどん底から おれたちは証言するのだ
書のかがやかしさを 昼の贈りもののすばらしさを
おれたちが眠らないのは あけぼのをじっと待っているからだ
おれたちがいま生きていることを証(あか)してくれる あけぼのを

                       一九四二年

 サン・マルタン街の歌
                         ロべ-ル・デスノス
                         大島博光訳

サン・マルタン街なんか もう好きじゃない
アンドレ・プラタールが 姿を消してからは
もう サン・マルタン街なんか 好きじゃない
なにもかも ぶどう酒さえも 好きじゃない

サン・マルタン街なんか もう好きじゃない
アンドレ・プラタールが 姿を消してからは
あいつは おれの友だち 相棒だった
おれたちや パンも部屋も わかちあった
もう サン・マルタン街なんか 好きじゃない

あいつは おれの友だち 相棒だった
ある朝 あいつの姿は 消えちゃった
しょっぴかれた というほか なんにも分らぬ
もう サン・マルタン街で あいつに逢えぬ
メリや ジャックや ジェルべや マルタンの
聖者たちにきいても たのんでも わからない
丘に身をかくした 聖ヴァレリアンもご存じない
時がたっても なにひとつとしてわからない
サン・マルタン街に アンドレ・プラタールはもういない
                       一九四二年

 訳註 一九四二年、ナチス・ドイツ軍による占領下、パリ第三区のサン・マルタン街で、友人のアンドレ・プラタールが逮捕されたのち、ロべ-ル・デスノスはこの詩をかいた。アンドレ・プラタールは、収容所に連行されたのか、モン・ヴァレリアンの丘で銃殺されたのか、なにもわかっていない。つまり「聖ヴァレリアンもご存じない」というわけである。なお、ナチスによる人質銃殺によって有名になったパリ郊外モン・ヴァレリアンという名の由来には、この詩にあるように、そのむかし聖ヴァレリアンがこの丘に身をかくしたという故事があるのかも知れない。
 ロべ-ル・デスノスは、一九四四年二月二二日、パリで逮捕され、ビュフェンワルドの収容所に送られた。終戦後、解放されたが、チブスのためチェコスロバアキヤで死んだ。

<掲載誌不詳>

両替橋の不寝番
                     ロベール・デスノス
                     大島博光訳

おれは フランドル街(注1)の不寝番だ
眠るパリを 見まもるのだ
遠い北の夜空が 戦火で赤く燃えている
町のうえをよぎる飛行機の爆音がきこえてくる

おれは ポワン・デュ・ジゥール(注2)の不寝番だ
セーヌ川が影の中 オートゥイユの陸橋のうしろ
パリを縫って 二十三の橋をくぐって 流れる
西の方から 爆弾の破裂する音がきこえてくる

おれは ポルト・ドレ(注3)の不寝番だ
お城の塔のあたり バンサンヌの森で 闇は深い
クレティユの方から 叫び声がきこえてきた
列車が 反抗の歌をひびかせて走りさる

おれは ポルテヌ・デ・プープリエ(注4)通りの不寝番だ
南風が運んでくる きなくさい煙りや
怪しげなざわめきや 坤き声は どこか
プレザンスやヴォジラールの方に 消えてゆく
南に 北に 東に 西に  
パリに湧きあがるのは 凄(すさ)まじい戦争の音ばかり

おれは 両替橋(ポン・ト・シャンジュ)の不寝番だ
パリのまん中を見守れば ますます高まるざわめきの中
敵は 怖るべき悪夢を くりひろげ
友軍とフランス人の 勝利の雄叫びが聞こえてくる
ヒットラーのドイツ兵の その拷問にかけられて
苦しみ叫ぶ 兄弟たちの声がきこえてくる

おれは 両替橋の不寝番だ
だが こよい見守るのは ひとりパリだけじゃない
この嵐の夜の 疲れはてて熱っぽい パリだけじゃない
おれたちをとり巻き せきたてる全世界を見守るのだ
冷たい大気のなか すさまじい戦争の音が
遠いむかしから 人びとの住んでいる
この(注5)場所にまで 押しよせてくる

叫び声や歌ごえ 坤き声や 爆音などが
四方八方から きこえてくる
勝利の声 苦しみの声 死の坤き声よ
白ぶどう酒の色と 紅茶の色をした空よ
地平のすみずみから 地上の障害物を越えて
あのざわめきといっしょに やってくるのは
バニラの匂い 湿った土の匂い 血の匂いだ
腐った汚水の匂い 火薬の匂い 火刑(ひあぶり)の匂いだ
人類の肉で脂(あぶら)ぎった大地のなかに ひと足ごとに
深くはまりこんだ未知の巨人の くちづけの匂いだ

おれは 両替橋の不寝番だ
約束の日の門出に きみたちに 挨拶をおくる
フランドル街からポテルヌ・デ・プープリエまでの仲間たち
ポワン・デュ・ジゥールからポルト・ドレにいたる同志たち

おれは きみたち みんなに 挨拶をおくる
きびしい地下活動を終えて 眠っているきみたち
地下印刷をひきうけ 線路のボルトをはずし
爆弾をはこび 敵軍に火を放ち ビラをまき
発禁の文書をもち込み 連絡(レポ)にゆくきみたち

たたかう きみたち みんなに 挨拶をおくる
こばれるような微笑をうかべた二十(はたち)の若者よ
橋よりも年をとった 白髪の老人よ
たくましい男たち すべての年頃の人たち
新しい朝の門出に きみたちに 挨拶をおくる

テームズ川のほとり 古いイギリスの首都に
古いロンドンに 古いブルターニュに
集合している すべての国の 同志たち
ひろい 大西洋のかなた
カナダから メキシコにいたる
ブラジルから キューバにいたる
すべての旗と すべての種族の アメリカ人よ
リオの テワンテペクの ニューヨークの
そしてサンフランシスコの 同志たち
おれは きみたち みんなに 挨拶をおくる

両替橋のうえで 世界じゅうの人に会いたいと願いながら
おれもきみたちのように見張りをし 戦っている
ついいま 舗道に重くひびく靴音に かっとなって
おれも 敵兵をひとり 殺(や)ってしまった

名もない 憎いヒットラーのドイツ兵は どぶの中で死に
顔を泥だらけにして 死骸はもう腐りはじめている
その問も きみたちの四季いろいろの声を
おれは聞いた 友よ 連合国の友よ 兄弟たちよ

アフリカの オレンジの匂いのなかから
太平洋の鼻つく潮の香のなかから
よびかけるきみたちの声を おれは開いた
暗闇のなかに救いの手をさし伸ばす白い艦隊よ
アルジェの ホノルルの チウ・キンの 仲間たち
フェスの ダカールの アジャクシオの 兄弟たち

ひとを酔わせる たくましい鬨(とき)の声よ
高鳴る心臓と肺腑から湧きあがる 歌声よ
イリメニ湖から キエフにいたる
ドニエプルから プリピャチにいたる
雪のなかに燃えあがるロシヤ戦線から
おれの耳にも きこえてくるのだ
数百万の胸から ほとばしりでた その声は

おれは耳傾けて きみたちの声をきく
ノルウェーの デンマークの オランダの ベルギーの
チェコの ポーランドの ギリシャの アルバニヤの
ユーゴスラヴィヤの ルクセンブルグの 戦う同志たち
おれは きみたちの声をきいて 呼びかける
みんなが知っている言葉で よびかける
自由!
という ただひとつのことばで よびかける
そしてきみたちに言おう おれは不寝番をしていて
ヒットラーの兵隊をひとり うち倒したと
かれは ひと影もない 街なかで死んだ
非情な町のまんなかで おれは復讐した
フォル・ドゥ・ロマンビル要塞や モン・バレリヤンで
虐殺された兄弟たちの仇を討ったのだ
この世や町や季節の 消えては生まれるこだまのなかで

そしてほかの人たちも おれのように
不寝番をして 敵をやっつけている
おれのように かれらもまた
人影もない街なかに鳴りひびく足音を窺っている
おれのように かれらもまた
大地のざわめきや 爆発の音に 耳傾けている
ポルト・ドレで ポワン・デュ・ジゥールで
フランドル街で ポテルヌ・デ・プープリエで
フランスじゅうの町まちで 野で
わが同志たちは 夜の足音をうかがい
大地のざわめきや すさまじい爆発の音で
自分たちの孤独を なぐさめている

なぜなら 大地は無数の燈火(ひ)に照らされた野営地(キャンプ)で
戦闘のまえには みんなが地上に露営するのだから
同志たちよ おれたちの声がきみたちにも聞こえるだろう

このおれたちの声は 夜が降りると
くちづけに飢えたくちびるをついて 湧きあがり
ながいこと あたりの空を飛びまわるのだ
ちょうど 燈台のひかりに眼がくらんで
輝く窓にぶつかって傷つく渡り鳥のように

どうか おれの声も きみたちの耳にとどいてくれるように
悔恨もない 恐怖の念もない
情熱的で 陽気で 確信にみちたおれの声が
どうか わが同志たちの声もろともに
きみたちの耳にとどいてくれるように
待ち伏せする フランス前衛の声が

こんどは きみたちが聞いてくれる番だ
水兵よ 操縦士よ 兵士たちよ
おれたちは きみたちに挨拶をおくる
おれたちが語るのは 苦しみではなく 希望なのだ
ま近い朝を迎えて きみたちに 挨拶をおくる
すぐ近くにいる きみたちにも
また 藁束のような夜明けが 家のなかに射し込むとき
おれたちの朝の挨拶をうけとるだろう きみたちにも
とにかく お早よう 明日のために お早よう!
心の底から お早よう 熱い血で お早よう!
お早よう お早よう 太陽がパリにのぼるのだ
たとえ雲が隠していようと 太陽はそこにあるのだ
お早よう お早よう 心から お早よう!

(注1)フランドル街──パリの北東端の街、第十九区にある。
(注2)ポワン・デュ・ジゥール──パリの南西端にあるセーヌ川の河岸(かし)。
(注3)ポルト・ドレ──バンサンヌの森とともに、パリの南東端にある。
(注4)ポテルヌ・デ・プープリエ──パリの南端にある通り。第十三区。
(注5)遠い昔から・・・──有史以前、ゴール人の漁師や舟乗りが、セーヌ川の湾曲部に浮かぶシテ島とサン・ルイ島に小部落をつくつた。この小部落はやがてガロ・ロマン人の小さな町となり、パリ発祥の地となる。

(白石書店「レジスタンスと詩人たち」