チリのアルピジェラ Chilean arpillera

ここでは、「チリのアルピジェラ Chilean arpillera」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


朝日新聞


現在開催中のアルピジェラ展について9月15日の朝日新聞朝刊(東北信)で報じられました。

爆撃
「国立ラジオ局の爆撃」Maria Cortez作 1990年頃

1993年9月11日、ピノチェトはクーデターを起こすと、アジェンデの演説を放送しているラジオ局を爆撃しました。

<9時5分 アジェンデ大統領、ラジオ・コルポラシオンを通じて4回目の演説。 このあとこの放送局は爆撃され、ラジオ・ポルタレスの放送塔は吹き飛ばされる。
9時20分 アジェンデ、共産党系のマガジャネス放送を通じて最後の演説。 国民にたいする最後のよびかけとなる。>

アジェンデ大統領 最後の演説

いま空軍がラジオ・ポルタレスとラジオ・コルポラシオンの放送塔を爆撃しました。これが、あなたがたに語りかけられる最後の機会だと思います。
……わたしが労働者諸君に言えることは、わたしは辞任しないということだ。歴史的危機状況に際して、わたしはわたしの生命をもって人民の忠誠に報いよう。わたしは告げたい。多くのチリの人々の誇り高い良心に、われわれが差し出した種子は決して芽をつみ取られることはない、とわたしは確信していると。
彼らは武力でもってわれわれを屈伏させるだろう。だが、武力をもっても、犯罪的行為をもっても、社会的進歩をおしとどめることはできない。歴史はわれわれのものであり、歴史は人民が作るものである。
祖国の労働者たちに感謝します。法を重んじ、ことばを守り、正義を願う心の伝達者に過ぎない一人の人間に、あなたがたが与えてくれた忠誠に対して。
……マガジャネス放送はわたしの声をあなたがたに伝えていないかもしれない。が、あなたがたはわたしに耳を傾けてくれているだろう。これがわたしの最後のことばです。わたしが犠牲となることは決して無駄ではないと信じている。すくなくともそれは卑劣、不実、背信を告発するひとつの道徳的教訓となるであろう。われわれは、あなたがたとともにいる。
……労働者たちよ。わたしはチリを、チリの運命を信じている。背信がのさばる苦くうらがなしいこの「時」を、別の人々が乗り越えてくれるだろう。よりよい社会の建設のために、解放された人間が生きる場所に、ふたたび大きなポプラ並木の道が開かれるのは、そう遅いことではない。そのことを理解し、我々に続いてほしい。……チリ万歳!人民万歳!労働者たち万歳!
(「チリ年表   その3」より )

仙台展
仙台の東京エレクトロンホール宮城で開催されている展覧会

仙台展
苦しみ
「コミュニティの苦しみ」FASICの作業所、1979年
9枚が1つになって様々な苦難を描き、告発している

仙台展
仙台展仙台展
「生きるために必要なもの」作者不明(連帯ビカリアの作業所)、1978年ごろ
大きなサイズの作品。教会の中や外で生きるために必要ないろいろな活動をしている様子

仙台展仙台展
第3部あの時の
「あの時の記憶」作アンヘラ・マタモロスとアンヘラ・バスケス、カタルーニャ、2009年
スペイン内戦での出来事を親から聞いてつくったもの。
処刑場に向かう男たちに別れの言葉を口にする女たち。

仙台展
楢葉町の人たちが作ったカカシ
原発事故の影響で人口が減ってしまった楢葉町で
「カカシを作って町をにぎやかにしよう」と女性たちがカカシ作りをしています

仙台展
仙台展
仙台展
資料のコーナーには可愛い人形も置いてありました

仙台展
記録風景を縫う

「記録風景を縫う チリのアルピジェラと災禍の表現」仙台展が5月30日より6月12日まで開催されています。

展覧会<記憶風景を縫う─チリのアルピジェラと災禍の表現>開催のお知らせ
見学
上田市塩田中学校の同窓の4人が見学してくださいました。

見学
「アルピジェラを初めて知った、チリの軍事クーデター(1973.9.11)のことも知らなかった」

見学
取材に来ていた朝日新聞の記者が感想をうかがいました。
「説明があったので理解でき、良かった。説明がないと分からない」
「アルピジェラを縫うことで女性たちは悲しみを癒やしたのだと思います」
「普通の人の素朴な手芸だからこそ、心が伝わってきます」

見学
熱心に見てくださってありがとうございました。

アルピジェラ展ちらし
アルピジェラ展
4年ぶり、2回めのアルピジェラ展。

アルピジェラ展
今回はポブラシオンの日常生活を描いたものを中心に展示します。

戦車
アルピジェラ展
上は「収容所と化した国立競技場」。ここでビクトル・ハラが虐殺されました。
下は「アメリコ・ヴェスプシオ通りの戦車」。住民弾圧のために戦車まで出動した?

失業
右上は「彼らはどこに?:プラカード」、行方不明者の写真を貼ったもの。
右下は「収監者・行方不明者のために真実と正義を」プラカードを掲げてアピールしています。
中央は失業対策事業で働く様子。上が「道路工事」、下が「車の窓ふき」
左上「ポブラシオンを視察する電気会社」住民が盗電するのを摘発する。
左下「若年層に広がる麻薬」

アルピジェラ展
右が「パン焼き所」と「ポブラシオンの洗濯所と共同なべ」
中央が「ポブラシオンの日常:政治集会への呼びかけ」
左が「警察監視のもとの共同なべ」と「アルピジェラの作業所」

アルピジェラ展

アルピジェラ展

アルピジェラ展
解説パネル「アルピジェラの誕生」と「ポブラシオンとは何か」。高橋正明氏の『チリ 嵐にざわめく民衆の木よ』をもとに作成しました。
軍政による抑圧と貧困に対して非常に多くの互助組織、住民組織が作られ、活動したことがわかります。これらの住民の力が軍政を倒す原動力の一つになったのでしょう。

アルピジェラ展
1枚1枚にストーリーがあり、女性たちの声が込められています。
通り
仙台で<記憶風景を縫う>第 5 回勉強会「日本のチリ人民連帯運動とアルピジェラ」が行われました。

仙台
記念館の大島館長がパソコン映像を使って、チリの軍事クーデターと日本のチリ人民連帯の運動の概要、大島博光とチリ連帯運動のかかわり、大島博光記念館のアルピジェラをめぐる経過とアルピジェラ展開催について説明しました。

仙台
酒井朋子先生(東北学院大学)が進行役

仙台
持参したアルピジェラとチリ人民連帯日本委員会が作ったパンフレットなどを熱心に見て下さいました。

仙台
討論
つづいて熱心に討論。カトリック教会がアルピジェラをつくる活動を応援した。海外への輸出もカトリック系団体の支援があって実現した。市民を軍警察からかくまう役割も果たした。(バチカンの大使館のような立場があるので手が出せない)
スペイン市民戦争ではカトリック教会がフランコを応援し大きな役割を果たした。
韓国でもカトリック教会と民主化運動とのかかわりが問題になった。

討論
仙台
仙台の皆さんと知り合えて良かったです。
これからも11月、12月と勉強会を予定しています。


アルピジェラ
アルピジェラ

モネダ宮殿への爆撃

このアルピジェラは、1973年9月11日に何が起こったかを示しています
 大統領サルバドール・アジェンデのいるモネダ宮殿への爆撃
悲しい事実が私たちの歴史に刻まれています
Norma Torres

アリオス
いわき芸術文化交流館アリオスは広い中央公園に面した宏大な文化施設でした

アリオス
エントランスから入るとすぐの展示スペース

アリオス
タイトルと解説
9つのカテゴリーから18作品が展示されています

アリオス
<共同なべ>

アリオス
<ポブラシオンの日常>「パン焼き所」「ポブラシオンの洗濯所と共同なべ」

アリオス
<アルピジェラの作業所>

アリオス
<政治的抑圧>「1973年9月11日のサンチアゴ」「アメリコ・ヴェスプオ通りの戦車」


アリオス
作品に添付されていたメモ

アリオス
<政治的抑圧>「国立競技場 2」「ピサグアの政治囚たち」

アリオス
<政治行動>「政治囚に自由を」「MCTSAの街頭行動:拷問反対」

アリオス
<行方不明者はとこに?>

アリオス
<孤独なクエカ>

アリオス
「チリは一体となってノーを叫ぶ」「死者たちのために」

アンケート
パンフレットとアンケート用紙

アリオス
四つのテスト
「四つのテスト 真実か、公平か、友情を深めるか、みんなのためになるか」
アルピジェラ展ちらし
チリは一体となってノーを叫ぶ

アルピジェラ「チリは一体となってノーを叫ぶ」  1990年頃  作者不詳

1988年10月のピノチェト信任の国民投票にのぞんで、ピノチェト・ノーを掲げ、ビラを配りながら練り歩く人びと。
10月5日、「ノーの勝利」により、チリの人びとの民主主義の闘いが鉄砲で生まれた軍事政権を倒すこととなります。

「ノーの勝利」のメッセージ Backside message of 'Triumph of No'
『ピノチェト・ノー』勝利の前夜 現地からのレポート
チリ映画「NO」──軍事独裁政権を倒したノーの運動を描く
アルピジェラ記事

世界各地でアルピジェラの展示をしているRoberta Bacicさんの活動について、東京新聞で大きく報じられました。
パッチワーク

『世界のかわいいパッチワーク・キルト』が出版されました。世界中のパッチワーク・キルトとともに、チリのアルピジェラが10頁の頁数で紹介されています。

パッチワーク

酒井朋子先生(東北学院大学准教授)がコラムを執筆され、1973年からのピノチェト軍事政権の下でアルピジェラが作られた背景や描かれた内容、社会的拡がりなどについて解説しています。

パッチワーク

大島博光記念館が保管しているアルピジェラから11点が掲載されています。

パッチワーク

* 誠文堂新光社 2015年3月16日発行 定価1800円


10月5日のピノチェト・ノーの勝利を描いた作品の裏ポケットには喜びのメッセージが入っています。

ノーの勝利
ノーの勝利

このアルピジェラは、ノーの勝利を描いている。
それはわれわれすべてのチリ人の大きな喜びであった。
ノーの勝利によって我々みんなが待ち望んでいた民主主義が来たのだから。


チリ万歳

メルセデス・コントレラス・レイエス(署名)

Backside message: "This arpillera represents the triumph of NO, because it was a great joy for all of us Chileans, because by winning the NO, democracy has come which all of us Chileans were waiting for. Made by Mercedes Contreras Reyes. Viva Chile"

(「ピノチェト・ノーの勝利」1990年頃 'Triumph of No' around 1990)