チリのアルピジェラ Chilean arpillera

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


共同ナベ
「共同なべ」'Soup Kitchen'  作者不明 1990年ころ'

このアルピジェーラには太陽がありません。コレクションの中で、太陽が描かれていない作品はどれほどの比率なのでしょうか。また、この作品には電線が見えません。これもどれほど特徴的なのか。しっかり描かれているのが、家を囲む板塀(柵)です。これもポブラシオンにお馴染みの光景です。ポブラシオンの人々は自分の地所を獲得すると塀で囲みます。最初は粗末な板きれですが、資力がついていくと鉄柵に代えていきます。(解説 高橋正明氏 )

*コレクションを調べましたら、アンデス山脈が描いてある76点のうち、20点26%に太陽がありませんでした。また、ポブラシオンの家を描いているのが63点で、うち電線がある(盗電)が18点29%、柵があるのが26点41%でした。盗電を描いているのは意外とが少なく、柵がかなり多いことがわかりました。

共同なべ2
「共同なべ」'Soup Kitchen'  作者不明 1990年ころ

軍政末期ということで、明るい雰囲気が感じられます。
共同なべはポブラシオンの地域で仕事も食料もない人びとの互助組織として始まり、広がりました。ハルディ氏の調査では組織数201、活動家4,191名、受益者24,131名に上るとされています。(高橋正明著『チリ 嵐にざわめく民衆の木よ』大月書店)
共同なべのグループは軍政が終わるとともに消えていきます。

窓の外を見つめる

「窓の外を見つめる女性」(チェックのカーテン)Desde la ventana 作者不明(AFDD)  1990年


強い意志を秘めた表情の女性。何を見、何を言おうとしているのでしょうか?
胸につけているのは行方不明になった家族の写真ですから、家族を奪った者への怒りと告発をこめているのは間違いありません。

展示会

企画展「アルピジェラ─軍政下、チリの女性たちの暮らしと闘い」が始まりました。

展示会
展示会
展示

酒井朋子先生からのメッセージ

展示

Conflict Textiles(Roberta Bacicさん)から寄贈された2作品:
「路上販売業者に対する抑圧」(1985年)(上)と「反テロリズム法に反対」(2015年)

展示会
展示会
展示会

松本協立病院の皆さんが熱心に見て下さいました。

展示会

ロンケン
「ロンケンの死者たち」Paula Torre 1990年ごろ

ロンケンという町で石灰焼成炉の中に生き埋めにされた15人の遺体が見つかり、ブランカ・ペレスさんは遺体全部を見てアルピジェラ「ロンケン 死者たちはここに眠る」を制作しました。この「ロンケンの死者たち」では人々がお供え物でしょうか、箱をかかえてお参りしています。

*ロンケンの焼成炉について
一人の小作農が連帯ビカリアに駆け込んだことがきっかけとなり、サンティアゴから南南西に約30km、ロンケンの石灰鉱山跡地にのこる焼成炉の中から、1978年11月30日に遺骸が見つかった。1973年10月7日にイスラ・デ・マイポの町で逮捕された17歳から51歳の15名の行方不明者たちだった。15名のうち最後の遺体が家族に引き渡されたのは、実に逮捕から43年後の2016年1月のことである。(図録『記憶風景を縫う―チリのアルピジェラと災禍の表現』)


ここに眠る
「ロンケン 死者たちはここに眠る」Blanca Perez作 1990年

<添付メッセージ>1990年11月5日、サンチアゴにて。 私ブランカ・ペレスが目撃したすべてをお話します。
私は軍部が権力を握った年からの悲しみと苦しみを伝えることができます。私たちは ロンケンという町に行き、生き埋めにされた人々すべての遺体と遺骨を見ました。



政治弾圧
「1986年7月3日の政治弾圧」 Isobel Alarcon 1990年

<添付メッセージ>1986年7月3日、彼らは静かに家にいた多くの無実の人々を拘留しました。虐待して素足で通りの焚き火を消させました。ナイフで髪を切り、裸にして公道に捨てました。 チリの7月は冬の最中です。

政治弾圧
「政治弾圧」 Margarita Moncada作 1990年頃

<添付メッセージ>「私はマルガリータ・モンカダです。クーデターが起こったとき、私は12歳くらいの少女でした。最も強く印象に残っているのは、持っていた本をたくさん焼かなければならなかったことです。 ある時は本を燃やしているとヘリコプターが現れたので、火がついた錫の上に座って、見つけられないようにしなければなりませんでした。」

タイヤ
「抗議行動の抑圧」 Yolanda Tobar作 1990年

<添付メッセージ>「人々はひどく苦しめられたために、ピノチェトの抑圧に抗議している、とヨランダ・トバー氏は言います。 彼らは私の息子をひどく叩き、燃えているタイヤの上を裸足で歩かせました。それから彼を置き去りにしました。」

失業対策

Juanita Olivares作 1990年


<添付メッセージ>私はピノチェトが権力を握った1973年の独裁時代に起きたことを日本の友人にお話しします。本来は男性のための仕事が私たちに与えられたので、私たちは車輪を押したり道路を掃除したりしなければなりませんでした。この仕事は POJH(失業対策プログラムJ)と呼ばれていました。


共同なべ
「共同なべ」ミリアン・モリナ作 1990年 'Soup Kitchen' Mirian Molina, 1990.

<添付メッセージ>「チリ・サンチァゴ、1990年9月5日。ミリアン・モリナは自分のストーリーと自分がピノチェト独裁の間じゅう何をしていたを語ります。仕事や食べるものがなかったので、子供たちをつれて共同なべに行きました。しかし、ゆっくりですがこれを克服しつつあり、改善に向かっていることを言明します」

朝日新聞


現在開催中のアルピジェラ展について9月15日の朝日新聞朝刊(東北信)で報じられました。

爆撃
「国立ラジオ局の爆撃」Maria Cortez作 1990年頃

1993年9月11日、ピノチェトはクーデターを起こすと、アジェンデの演説を放送しているラジオ局を爆撃しました。

<9時5分 アジェンデ大統領、ラジオ・コルポラシオンを通じて4回目の演説。 このあとこの放送局は爆撃され、ラジオ・ポルタレスの放送塔は吹き飛ばされる。
9時20分 アジェンデ、共産党系のマガジャネス放送を通じて最後の演説。 国民にたいする最後のよびかけとなる。>

アジェンデ大統領 最後の演説

いま空軍がラジオ・ポルタレスとラジオ・コルポラシオンの放送塔を爆撃しました。これが、あなたがたに語りかけられる最後の機会だと思います。
……わたしが労働者諸君に言えることは、わたしは辞任しないということだ。歴史的危機状況に際して、わたしはわたしの生命をもって人民の忠誠に報いよう。わたしは告げたい。多くのチリの人々の誇り高い良心に、われわれが差し出した種子は決して芽をつみ取られることはない、とわたしは確信していると。
彼らは武力でもってわれわれを屈伏させるだろう。だが、武力をもっても、犯罪的行為をもっても、社会的進歩をおしとどめることはできない。歴史はわれわれのものであり、歴史は人民が作るものである。
祖国の労働者たちに感謝します。法を重んじ、ことばを守り、正義を願う心の伝達者に過ぎない一人の人間に、あなたがたが与えてくれた忠誠に対して。
……マガジャネス放送はわたしの声をあなたがたに伝えていないかもしれない。が、あなたがたはわたしに耳を傾けてくれているだろう。これがわたしの最後のことばです。わたしが犠牲となることは決して無駄ではないと信じている。すくなくともそれは卑劣、不実、背信を告発するひとつの道徳的教訓となるであろう。われわれは、あなたがたとともにいる。
……労働者たちよ。わたしはチリを、チリの運命を信じている。背信がのさばる苦くうらがなしいこの「時」を、別の人々が乗り越えてくれるだろう。よりよい社会の建設のために、解放された人間が生きる場所に、ふたたび大きなポプラ並木の道が開かれるのは、そう遅いことではない。そのことを理解し、我々に続いてほしい。……チリ万歳!人民万歳!労働者たち万歳!
(「チリ年表   その3」より )

仙台展
仙台の東京エレクトロンホール宮城で開催されている展覧会

仙台展
苦しみ
「コミュニティの苦しみ」FASICの作業所、1979年
9枚が1つになって様々な苦難を描き、告発している

仙台展
仙台展仙台展
「生きるために必要なもの」作者不明(連帯ビカリアの作業所)、1978年ごろ
大きなサイズの作品。教会の中や外で生きるために必要ないろいろな活動をしている様子

仙台展仙台展
第3部あの時の
「あの時の記憶」作アンヘラ・マタモロスとアンヘラ・バスケス、カタルーニャ、2009年
スペイン内戦での出来事を親から聞いてつくったもの。
処刑場に向かう男たちに別れの言葉を口にする女たち。

仙台展
楢葉町の人たちが作ったカカシ
原発事故の影響で人口が減ってしまった楢葉町で
「カカシを作って町をにぎやかにしよう」と女性たちがカカシ作りをしています

仙台展
仙台展
仙台展
資料のコーナーには可愛い人形も置いてありました

仙台展
記録風景を縫う

「記録風景を縫う チリのアルピジェラと災禍の表現」仙台展が5月30日より6月12日まで開催されています。

展覧会<記憶風景を縫う─チリのアルピジェラと災禍の表現>開催のお知らせ