Pablo Neruda 『マチュ・ピチュの高み』

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


第七の歌 おんなじ一つ深淵の死者たち

おんなじ一つ深淵の死者たち 深い奈落の亡霊たちよ
こうしてきみたちの偉大さにふさわしいスケールで
すべてを焼きつくすようなほんとの死がやってくると
穴のあいた岩から
深紅の柱頭から
階段状の水道から
きみたちは転げ落ちた 秋のなかへのように
おんなじ一つの死のなかへ
きょう ひとのいないうつろな大気はもう泣かない
それはもうきみたちの粘土の足を知らない
空を濾した水がめを忘れてしまった
雷の匕首が大気をひき裂いたとき
逞ましい木は霧に食われ
突風に吹き折られた
大気が支えていた一つの手は 突然
山の高みから時間の終点へと落ちた
もはや きみたちはいない 蜘蛛の手よ
脆い糸よ もつれた布よ
きみたちであったすべては落ちてしまった
習慣も すり切れた言葉も 光まばゆい假面も

しかし 石とおしゃべりがあとに残る
コップのような都市が
生きてる者 死んだ者 黙ってる者 耐える者
すべての者たちの手で建てられた
たくさんの死による ひとつの壁
たくさんの生による 石の花びらたちの衝突
永遠の薔薇 住居
このアンデスの岩礁の凍てついた集落

粘土の色をした手が
みずからもまた粘土となった時
ざらざらした壁に満ち 砦に蔽われた
哀れなまぶたが閉じた時
そして人間がみんな穴のなかにうづくまった時
正確さが高く掲げられて残った
人類のあけぼのの名所
沈黙をたたえたいと高い壷
たくさんの生のあとに残った一つの石の生

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』)
第二の歌 たとえ花が花に

たとえ花が花にその気高い種子を託そうと
たとえ岩が 散らばった彼の花を
撃ちたたかれた そのディアマンと砂の服の中に守ろうと
人間は勇敢な海べの泉で摘んだ
光の花びらをもみくちゃに踏みにじる
そして彼の手の中に脈うつ金属に穴をあける
たちまち 衣服と煙のあいだ 沈んだテーブルの上に
妨げられた群集のように 魂が残る
石英と不眠よ 凍った池のような
大海のなかの涙たちよ それだけではない
花を殺せ 紙と憎しみで彼女に死の苦しみをなめさせろ
日日のじゅうたんのなかに彼女を沈めろ
敵意にみちた有刺鉄線の服で 彼女をひき裂け

いや 回廊のなか 空気よ 海よ また道よ
誰が匕首もなしに(深紅のひなげしのような)
彼女の血を守るのか 怒りは
生の売り手の悲しい商品を品切れにさせた
だが すももの木の梢に 露は
千年この方 その透きとおった手紙を残している
彼女を待つ同じ枝の上に おお 心臓よ
おお 秋の窪みのなかでうち砕かれた額よ

とある都市の冬の街通りのなかに あるいは
バスや夕ぐれの船のなかに あるいはまた
深い孤独 陰や鐘のざわめく祭りの夜の孤独のなかに
人間的な快楽の穴ぐらのなかに
幾たび わたしはとどまって永遠を探し求めようとしたことか
かって石のなかや くちづけの放つ稲妻のなかで
わたしの触れた あの測り知れない鉱脈を

(それは 穀物のなかを 妊娠した小さな胸の
黄金色の物語のように 一つの数を繰り返えしながらゆくもの 
生の芽生える地層の中で絶えず優しさである数を
そしていつも同じように象牙の中にこぼれ落ちる数を
そして水のなかの透きとおった祖国であるもの
孤独な雪から血まみれの波にまでひびき渡る鐘)

わたしのつかんだのは うつろな金の指輪のような
散らばった服 輝く秋の子どもたちのような
一連の顔とせっかちな假面にすぎなかった
彼らはおびえた民族の惨めな木を震わせるだろう

わたしにはなかった 手を休める場所も
鎖でしばられた泉の水のように流れる場所も
またわたしの伸ばした手に温みや涼しさを与える
石炭や水晶のかけらのようなしっかりした硬い場所も
いったい人間とは何者だったのか?
倉庫と呼び子のなかの明けぴろげた会話のどこに
その金属のような振る舞いのどこに
あのうち破りがたい不滅の生は生きていたのか?

第一の歌 大気から大気へと

大気から大気へと 空の網のように
街々と気候のなかを わたしは行った
着いたかと想えば また別れを告げて
秋がきて 木の葉たちが金貨をくりひろげる中
そうして春と穂たちがやってくる中
なんと 落ちてる手袋の中のような大きな愛が
大きな月のように惜しみなくわれらに与えてくれることか

(肉体の過酷さのなかで光り輝いた日日
沈黙の酸のなかで
鍛えられ変えられた鋼
粉ごなに砕かれた夜夜
婚礼の国の迫害された糸たち)

ヴィオロンたちのなかでわたしを待っていたひとは
しわがれた硫黄の色をした木の葉よりも深く
土に埋もれた塔のようなものを見つけた │
もっと深い 黄金の地層のなかに
流星につつまれた剣のように
わたしはじっとしていない柔い手を差し込んだ

大地のもっとも生殖的なところに

わたしは深い波のなかに額を入れ
硫酸の安らぎのなかを滴くのように降りて行った
それから盲目者のようにふたたびもどってきた
陳腐な人間の春のジャスミンへ

 第六の歌 そのときわたしは大地の梯子を

そのときわたしは大地の梯子をよじ登ってきた
消えうせた森の肌を刺す薮のなかを

おまえのところまで マチュ・ピチュよ

石の階段から成る山の高みの都市よ
ついに大地が眠りの衣の下に
隠さなかったものの住居よ
おまえのなかには 二本の平行線のように
稲妻の揺りかごと人間の揺りかごが
棘のような風のなかに揺れていた

石の母よ 禿鷹たちの泡よ

人類のあけぼのに高く聳える岩礁よ

原始の砂のなかに消えうせたスコップよ

ここは住居だった ここは畑だ
そこにたくさんのとうもろこしの実が高く伸び
そしてふたたび赤い霰のようにこぼれ落ちた

ここでヴィクーニャの毛からつむいだ黄金の糸は
恋人たちや 墓や 母親たちを包み
王や 祈祷師や 戦士たちを包んだ
ここで夜人間の足は 肉食鳥の高い巣のほとり
鷲の爪のそばで休んだ そして明け方
彼らは雷鳴の足どりで消えゆく霧を蹴散らした
そして彼らは大地と石を知りつくしていた
夜や死のなかでも見分けのつくほどに

わたしはじっと見る 衣服を 手を
潺潺と窪みを流れた水の跡を
ひとにさわられてなめらかになった壁を
そのひともわたしの眼で地上のランプを見
わたしの手で消えうせた板に油を塗ったのだ
衣類も 革も 壷も 言葉も ぶどう酒も
パンも みんな消えて土に還ってしまったから

そして大気は オレンジの花の手で
すべての眠ったものたちの上を撫でて通り過ぎた
数週の 数ケ月の大気 千年の大気が
荒あらしいアンデスの青い風が
踊りまわる心よいステップの嵐のように
孤独な石の城砦をみがいてきたのだった

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』)
 第五の歌 荘厳な死よ

荘厳な死よ 鉄の羽根をはおった鳥よ それはおまえではなかった
あれらの住居の哀れな後継ぎたちが
急かされた食物とともに うつろな肌の下に抱いていたものは
それはなにか 皆殺しにされた同類の哀れなひとつの花びらであり
戦いを知らなかった心のひとつの原子であり
あるいはどんな額にも落ちたことのない何か苦い露だった
それはよみがえることのできないものであり
平和も領地もない小さな死のひとかけらであり
彼のなかで死んでいった一片の骨 一つの鐘だった

わたしはヨードの包帯をとり拂って手をさし込んだ
死を殺した哀れな苦しみのなかに
そしてわたしが傷ぐちのなかに見出したのは
ほかでもない 魂のぼんやりした隙間から吹き込む寒い突風だった

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』)
 第四の歌 力強い死は

力強い死は幾度となくわたしを誘った
死は 波のなかの目に見えない塩のようだった
その目に見えない味わいがまき散らしたのは
なかば深く沈んでゆくようなものであり
なかば高く昇ってゆくようなものであり
あるいは風と氷の厖大な建築のようであった

そうしてわたしはやってきた 鋼の刃へ
風の隘路へ 農業と石の経帷子へ
星の空虚の最後の道へ
目のまわるような螺旋の道へ
だが おお 死よ!広大な海よ!
波から波へ おまえはす速い夜の光のようにやってくる
あるいは夜の全員のようにやってくる

おまえはけっしてふところをかきまわすようなことはしなかった
おまえの訪問は不可能だった 赤い服装なしには
囲まれた沈黙の夜明けのじゅうたんなしには
声高い泣きわめきやおし隠された涙の遺産なしには

それぞれの人間のなかの 小さな秋(千の木の葉の死)を背負った木を
わたしは愛することができなかった
それらいつわり 死と 大地もない
奈落もない復活再生を
わたしはもっとひろびろした生のなかを
もっとのびのびとした河口を泳ぎたかった
そして人間が徐々にわたしを拒み
わたしの手があの傷つけられて存在しない泉にとどかないようにと
道と扉をわたしに閉ざしたとき
そのときわたしはさまよった 通りから通りへ
川から川へ 町から町へ ベッドからベッドへ
そして塩まみれのわたしの假面は砂漠をよぎった
そしてランプもない 火もない パンもない
石もない 静けさもない 最後の湿った家々でただひとり
わたしはわたし自身の死を死にながら転げまわった

訳注* この詩章は、「町から町へ ベッドからベッドへ」と歌われているように、一九四八年、大統領ヴィデラを弾劾したかどで、ネルーダが官憲から追われる「お尋ね者」となり、地下生活を余儀なくされた頃を歌ったものである。「あの傷つけられて存在しない泉」と訳したところは、"su inexistencia herida" (その傷つけられた非存在)となっている。詩人がお尋ね者となったように、彼の党も──泉も傷つけられ非存在となったという風に解釈して、訳者はこのように訳した。

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』)
 第三の歌 人間はとうもろこしのように

人間はとうもろこしのように納屋のなかにこぼれ落ちた
辛いことや悲惨な出来事が ぴんからきりまで
つぎからつぎへと あとを絶たなかった
ひとつの死が いや たくさんの死が めいめいにやってきた
塵のような 蛆虫のような 場末の泥のなかに
消えるランプのような 小さな死が
ぶ厚い羽根をもった微塵の死が
毎日 それぞれの人間のなかに 短かい槍のように食いこんだ
パンや匕首が 人間を責めさいなんだ
羊飼い 波止場の息子 鋤を操る名もない隊長
あるいはまた 密集した街の鼠など
みんな衰えやつれて自分の死を待った 日日の短かい死を
そうして彼らの日日の踏みにじられた不幸な苦しみは
黒い酒杯のようだった
彼らは顛えながらそれを飲んだ

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』
 『マチュ・ピチュの高み』

  『マチュ・ピチュの高み』は、十二の歌から成り、『大いなる歌』のなかの第二章を構成する。この長詩は『大いなる歌』のなかの傑作として名高い。
 この長詩は、作者の長い彷捏のうちの、一つの到達点として書かれた。詩人は外交官として世界じゅうをさまよい歩いてきただけではなく、いわば人生の探求者として知的彷捏をもつづけてきた。ありうべき生の意義を探しもとめながら、かれがマチュ・ピチュに最初に見いだしたのは、空虚と悲惨と死であった。

 とうもろこしが穀倉にこぼれ落ちるようにひとも尽きることのない無駄ないとなみや悲惨な出来ごとのなかに落ちた 一回ならずとも七回も八回もそしてひとつの死が いやたくさんの死がめいめいにやってきた毎日 塵(ちり)やうじ虫や 場末の泥のなかに消えたランプのような小さな死が 大きな翼をひろげた小さな死が人めいめいに短かい槍のように突き刺さった  (「第三の歌」)

  さらにまた、死をかいま見た詩人自身の内面的体験が語られる。

   力強い死はいくどとなくわたしを誘(いざな)った
   それは波のなかの眼に見えない塩のようだった
   ・・・わたしはいくどとなく立った
   生と死をわかつ剣が峰に 風の狭い隘路に
   農業と石の経帷子(きようかたびら)に
   最後の足音をのみこむ天なる虚無のふち
   眼もくらむ奈落へときりもみに落ちこむところ    (「第四の歌」)

 このように内面化された死の意識はすでに、肌を刺す風と寒さと孤独から成る、マチュ・ピチュ遺跡の悲劇的な光景を予告する。そして詩人はウルバンバの谷から、切り立った崖道をマチュ・ピチュめざして登ってゆく。

  そのときわたしは 大地の梯子(はしご)をよじ登り
  人里離れた密休の 肌を刺す薮をぬけて
  おまえのところまで 登って行った マチュ・ピチュよ
  山の高みの郡市よ 石の段階よ
  大地も死の経帷子(きようかたびら)の下に隠さなかった者の住居よ

  石の母よ コンドルたちの泡よ

  人類のあけぼのに高く聳えた岩礁よ     (「第六の歌」)

 この廃墟の跡からふたたび人間が現われ、かれらの生活ぶりが歌われる。

  ここで ヴィクーニャから金色の糸が紡がれ
  恋びとたちや墓や母親たちを飾り
  王や祈祷帥や戦士たちを飾った

 ここで詩人は、インカ人民そのものの眼で、消えうせた空中都市の生活ぶりを思い描いている。山の高みの異様な石の都市──雄大なマチュ・ピチュの石の建築は、スペイン征服者の襲撃をまぬかれ、時間による腐蝕にも耐えて生き残った。このモニュマンはそれ自体、インカ人民の歴史と創造力を具象的に物語っている。

  天なる鷲座よ 霧の葡萄畑よ
  崩れ落ちた砦(とりで)よ 盲目の新月刀よ
  滝のような階段よ 巨大な瞼よ
  三角の上着よ 石の花粉よ
  赤道上の三角定規よ 石の船よ
  最後の幾何学よ 石の本よ

 これら、たたみかけるようなメタフォール(暗喩)の積み重ねは、石を積み重ねたこの大遺跡そのものを表現しているかのようだ。「三角定規」「幾何学」など、幾何学の分野から借りた術語によって強められたイメージは、幾何学的厳密さをもって建造されたモニュマンを視覚的にも再構成する。そしてこれら無秩序なイメージ群、相矛盾するイメージ群によって、豊かな現実の弁証法的表現が可能となる。
 しかし、ネルーダがアンデスのテラスに求めたのは、死や諦観についての瞑想でもなければ、滅びさったインカ文明の石の建築美についてのロマンティックな観照でもない。かれが探しもとめたのは人間にほかならない。

  石のなかの石よ では人間はどこにいたのか
  大気のなかの大気よ では人間はどこにいたのか
  時間のなかの時間よ では人間はどこにいたのか

 この悲壮な三つの問いは、化石と化した死の都市にむけられている。詩人はこの石の都市を建設し、そこで労働して生きた人間たちを、──インカ帝国の人民たちを探しもとめる。そして詩人はたずねる──この人間も、こんにちの人間のように飢えていたのではないか。荘厳な城塞都市も、かれらの襤褸のうえに築かれ、かれらの汗と血のうえに築かれたのではないか。詩人は人間を追求し、人間を見いだす。

  このすばらしい渾沌のなかに
  この石の夜の中に わたしの手をさし込ませてくれ
  そしてあの 千年も囚われた小鳥のような
  忘れさられた むかしのひとの心臓を
  わたしの胸のなかに 脈うたせてくれ!
  ・・・・
  わたしが見るのは こき使われた祖先だ
  畑のなかで眠っている男だ
  わたしに見えるのは 怖るべき突風の下で
  雨や夜で暗い顔をし 重い石の姿をした
  ひとつの肉体 千の肉体 ひとりの男 千の女たちだ
  ヴィラコツチャ(*)の息子 石切りのファンよ
  緑の星の息子 ひやめし食いのファンよ
  トルコ石の孫 裸足(はだし)のファンよ
  立ち上って昇ってこい 兄弟たち
  わたしといっしょに よみがえろう       (「第十一の歌」)

   *ヴィラコツチャ──インカの雨の神で、世界と人間を創造したとされる。

ネルーダがマチュ・ピチュに消えた人間たちを兄弟と呼びながら、インカの人民のなかに見いだしたものは、現代におけると同じ根本的な問題であった。自由奔放な詩的ファンタジーみちたこの抒情詩をつらぬいているのは、史的唯物論の赤い糸にほかならない。

  兄弟よ 登って来い わたしといっしょに生まれよう
  ・・・・
  もの言わぬ農夫よ 織工よ 羊飼いよ
  守護神の野生リャマを馴らしたものよ
  危険な足場のうえの石工よ
  アンデスの涙を運んだものよ
  ・・・・                    (「第十二の歌」)

 詩人がいっしょに生まれようと呼びかけ、自由と解放のために立ち上ろうと呼びかけているのは、現在、未来の人間たち、とりわけラテン・アメリカ諸国人民にむかってである。

<新日本新書『パブロ・ネルーダ』>