つま恋の歌

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。






どこにいても

(自筆原稿)


植物公園
神代植物公園(調布市)

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わたしが きみを忘れることのできるのは
ただ わたしじしんが死んだ そのときだろう
そのとき きみはもう一度死ぬだろう
わたしといっしょに
    *
きみはいま いつにもまして わたしのなかに
いついて離れない
    *
夜ごと わたしはひとり泣き寝入りするのだ
母親を失った みなし子のように
    *
わたしのなくした春のはなやかさ
きみを失ったうつろの果てしなさ
とり返しようのないもののはかなさ
生き残ったものの救いようのなさ
百のすすり泣き 千のなぐさめも
わたしのこのうつろを埋めはしない
    *
わたしはいまも きみに生かされて
そうしてきみに歌わされている
    *
もしもわたしが きみを想い
きみを歌って くず折れるなら
それは きみの愛にこたえることにならない
なぜなら きみの愛は大きな愛だったから

きみの愛は 他者を生かし
おのれも生きることであった
きみの愛は 愛して死ぬことではなく
愛して生きることだった
                九三・二・二六

(ノート1992-93)
一九九三年二月十三日
きみはいま頃 どこを歩いているだろう?
無限のどのあたりをさまよっているだろう?
永遠のどのあたりで歌っているだろう?

まもなく わたしもそちらへ行って
無限のなか 永遠のなかにいる
 きみを 駒草になっているきみを探そう
きみを探しだして わたしたちは
また二人いっしょに暮らそう
地上の春のなかで
 二人いっしょに暮らしたように
そうして ひとり先に行ったり あとにひとり置いてけぼりにしたり
もう 二度と別れたり離れたりしないようにしよう
そのときはまた 地上の春でのように
きみとわたしは しあわせとよろこびに
みちているだろう
愛しあうものは どこにいても
離れてはならないだろう

あの地上での われらの春の日のように

(ノート1992-93)

きみは立っていた


(自筆原稿)

<「大島博光詩集1995〜2003」>
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