ここでは、「女」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。





壁



ヨット

[壁──星に]の続きを読む
 
        ジャック・ゴーシュロン 大島博光訳

きみは思い切って やる
思い切ってやるきみを おれは見る
下着が飛ぶ
ドレスは床に崩折れる
小物のたぐいは
きみの姿かたちを 忘れる

いまやすっ裸のきみが 行きつもどりつ
きみはきみのドレスをもうひとつの衣装と とり換えたにすぎない
よく似合って もっと便利な
まるで服をまとってるような 裸かの

いつか ちがった風に
きみは服を脱いだ
おれは むき出しのきみを見つめ
くすんだ夜のなかに後じさりして
逃げてゆく何かを見る

おれは きみが突然 裸かになったわけを見とどけようとする
そうだ きみはいきなり きみの光をさらけ出したのだ

(自筆原稿)

ゆあみ
エミリオ・グレコ「ゆあみ」


睡る女

十九年十二月

(詩ノート S19)
或る女の顔

まるで 木彫りの跡、カットの跡もあざやかに残っているような彫りの深い顔、すっと高く筋の通った鼻、形あざやかな唇、全体は面長だが、調和のとれた立体感のある顔、眼には希望のない悲哀の光り、しかしそれは絶望的な、あるいは退廃の暗さをふくんではいない。どこか静かに希望を期待し、よみがえりを待っているような顔。
(note─甲府講演)
 母親たち

あなたは 荒い風雨のなかを
楽しみ気ばらしもあらばこそ

なりふりかまわず 女手ひとつで
三人もの子供たちを育てあげた

りっぱに育てあげて
りっぱな若者たちとしてこの世に送り出した

それほどに とおといことの何があろう
それほどのいさおしの 何があろう

あなたは そのことを誇りとするがいい
そのことを あなたの眼の光とするがいい

それほどに 気高くけなげな 何があろう
それほどに とおといいさおしの 何があろう

(自筆原稿)

おまえは若い娘・・・
              ルウ・チョン・ル

おまえは 窓べにひじついている若い娘
わたしは 世界じゅうを流れていく雲
風に運ばれてきて おまえに見とれてしまった
おまえはいま 絹とビロードの巣のなか

おまえはわたしには ただの妹のようなもの
わたしの悲しみと夢の 永遠の仲間
おまえの愛は 山の雪のように
山の紅葉のように かがやいている

わたしのいのちが苦しみもだえるほどに
そんな魅惑があると 誰がおまえに告げたのか
わたしの恋ごころをとりこにするために
窓べにいるようにと誰が おまえに言ったのか

おまえは涙で 春の影をさえ魅きつける
わたしの孤独な庭を 愛でうっとりさせる
わたしの眠りのなかに 夢をそそぎこむ
そんな美しさがおまえにあると 誰が言ったのか

(ベトナム詩集 飯塚書店 1974.4)
夢のなかで わたしはめぐり会った
                        大島博光

夢のなかで わたしはめぐり会った
いきのいい 若い女に 夢のなかで

少女の初々しさをほのかに残し
若さの最後の輝きをたたえた女に

夢のなかでは すべてが可能だ
わたしたちはいつか 愛しあった

季節外れに 赤いバラが咲いた
冬枯れの庭に 季節外れに

そこに みずみずしい苔があった
苔にかくれた 奥深い泉があった

そこに 優しさと蜜があふれていた
わたしの失った春が香っていた

わたしはそこに 春を飲んで
わたしは死から よみがえった

たとえ清澄の永遠を失おうと
一瞬の生の無限を わたしは飲んだ

あのファスト博士の物語のように
愛は死に うち勝つだろう

夢のなかで わたしはめぐり会った
いきのいい 若い女に 夢のなかで

(自筆原稿)
はりきれんばかり豊満な
ぴちぴちとした 生きのいい
青春のさなかの 若い娘

きみは耳をかたむけてくれる
きみの耳にわたしは語りかける
きみはわたしの声をきいてくれる

春の夕ぐれがきた
未来の方へ 希望の方へ 太陽の方へ
光のほうへ 愛の方へ

(下書き)