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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


暴力は暴力の連鎖しか生まない。本当の勇気とは報復しないことではないか。暴力の連鎖を断ち切ることではないか。(坂本龍一の帯文より)
アンソロジー詩集『非戦を貫く三〇〇人詩集』がコールサック社から刊行されました。ずっしりとしたボリュームで、たくさんの非戦の言葉に巡りあい、想像力を広げることができます。

300人詩集


300人の名前と作品は次の通り:

序詩
宮沢賢治 農民芸術概論綱要

一章 彼も人なり、我も人也
北村透谷 髑髏舞    
中里介山 乱調激韵    
与謝野晶子 君死にたまふことなかれ
北川冬彦 戦争        
萩原朔太郎 ある野戦病院に於ての出来事
折口信夫 砂けぶり/砂けぶり 二   
中野重治 新聞にのった写真
白鳥省吾 殺戮の殿堂   
金子光晴 戦争     
小熊秀雄 夜の床の歌
槇村 浩 異郷なる中国の詩人たちに

二章 「爆弾三勇士」を強制した歴史
若松丈太郎 十歳の夏まで戦争だった 8 
三谷晃一 多喜二碑 小樽遠望 7 
麦 朝夫 年 月 日      
久宗睦子 夏 ―昭和十九年勤労動員されて―
佐藤惠子 ねんねんころりよ
大村孝子 証言Ⅱ ながい昼
福田万里子 N兄さん
皆木信昭 危ない橋
江知柿美 一台のミシン
片桐 歩 一つの魂
熊井三郎 黒鳥アベラック
福司 満 屍の子守唄
谷崎眞澄 瞳/アンネの薔薇
小長谷源治 翁   
工藤恵美子 戦没船/富士山が見えた
山岡和範 代用教員 

三章 波間に消えた子供たちの夢
南 邦和 海底の墓標 ―対馬丸鎮魂 
井上 庚 ああー 対馬丸
藤原祐子 時のゆりかごに(ロシア西馬音内盆踊り公演)
松沢清人 僕たちの戦争あるいは学校
森 三紗 疎開―予備役―空襲警報
日下新介 子どもたちは いま 
星 清彦 この土の下に
望月逸子 ベガの瞬き
山本 衞 号令
渡辺恵美子 何処へ
宮崎直樹 砂の城
はなすみまこと おなじものが
田中裕子 昭和五年生まれの教室から

四章 無差別爆撃の傷跡
田中清光 鎮魂曲
菊田 守 平和の楯
鳴海英吉 死んだふさ子のためのメーデー
門田照子 サイレンが鳴る
秋山泰則 赤い町
原子 修 ジェノサイドの夜 ―東京大空襲に―
田中作子 鹿島防空監視隊本部の経験 (一)
谷口典子 そんなことが/まんなか 
佐藤勝太 あの日の特攻隊員/不戦の要塞
安田羅南 夜半の目覚め     
鈴木昌子 機銃掃射   
中村藤一郎 歳月    
森 清  長柄橋
浅見洋子 眼帯の奥の戦争/終わらない戦争
宇津木愛子 四歳の夏  
和田文雄 木箱の骨   
朝倉宏哉 戦争 
中村花木 旋回飛行の報告
高橋静恵 泣く女
丸山由美子 少年の旗  

五章 地球を抱いて生きる沖縄
山之口貘 雲の上
星 雅彦 混迷の耳
宮城松隆 後生三線
神谷 毅 百万人の哄笑 
高良 勉 ガマ(洞窟)
新城兵一 五十年目の夏
久貝清次 友への手紙
佐々木薫 人魚譚
呉屋比呂志 ガジュマルの樹に守られて
八重洋一郎 襲来
うえじょう晶 眼が…  
速水 晃 燃える島
かわかみまさと 父の空き瓶
下地ヒロユキ シマウタ 
与那覇けい子 決意

六章 沖縄の心と共に
大崎二郎 一枚の写真
村田正夫 辺戸岬
黛 元男 三保岬の風
金子秀夫 オキナワ 2005年1月
河津聖恵 神の花々
佐々木淑子 ぼくの名前
金田久璋 ケンモン話
坂田トヨ子 沖縄の海/君よ
田上悦子 上空から
山本聖子 沖縄の感触
岸本嘉名男 沖縄・夢追い旅
柴田三吉 絵日記/沖縄 
志田昌教 ひめゆりの塔に寄せて
貝塚津音魚 平和の礎
上手 宰 ウージの下で千代にさよなら
山口 修 摩文仁の丘から
若宮明彦 済州島の秋風
草倉哲夫 島の墓標
伊藤眞司 動物園/骨の上を歩く
玉川侑香 脱出 
中村明美 文法 
中村 純 かげ絵 ―女たちへ
鈴木比佐雄 ジュゴンの友に加えて欲しい
淺山泰美 ジュゴンの涙

七章 広島・長崎
峠 三吉 微笑 
マハトマ・ガンディー 核と非暴力
デイヴィッド・クリーガー あなたの旅に三つのお土産をもっていってください
郡山 直 核兵器と戦争のない世界を
山下静男 Sを見付けた 
徳沢愛子 あ・鳩が   
志田静枝 長崎に燈る灯 
杉谷昭人 半生の記   
酒井 力 光と水と緑のなかに
小野恵美子 夜 
こたきこなみ 古い屍体 
みもとけいこ 焼ける声 
柳内やすこ 大浦天主堂 
こまつかん あの日、当日死
高田 真 秋海棠     
田中眞由美 罅
江口 節 あの街の夏/往来
原かずみ 炻器 モノローグ
吉田義昭 空の見えない日

八章 家族・友人への鎮魂
鳥巣郁美 志半ばで散った二人の兄
大島博光 戦死せる画家の友へ
井奥行彦 記憶 
結城 文 渦巻くものに
安部一美 ハガキ/こっくりさん    
あゆかわのぼる 兄弟  
北村愛子 叔父の死
岡三沙子 わが禁猟区
椎葉キミ子 遺骨 (小さなわたしは)
榊原敬子 記憶  
篠崎道子 三人のおじさんたち
山野なつみ 今年の春  
吉村伊紅美 父のトラウマ
長谷川節子 折り鶴   
藤山増昭 四月の雨
井野口慧子 氷解 父に
武西良和 仕事の父
原島里枝 二〇一五年八月立秋
花潜 幸 小さきものをそっと抱く
神原 良 隕石の祭り
吉田美和子 父の夢
星乃真呂夢 千年哀歌
古城いつも 家族
青木善保 百日紅の花
高橋次夫 石棺
山口 賢 手紙
たにともこ 家族/手を合わす
勝嶋啓太 ぐるっと まわって

九章 八月十五日
新川和江 男の声    
佐々木久春 証言 土崎  
悠木一政 八月十四日の蜆
亀谷健樹 土空予科練/撃ち方やめい
丸山真由美 江津湖   
稲木信夫 悲しみの断片
高橋睦郎 戦争
星野元一 ジージリジリと蟬が鳴き
青山晴江 八月十五日 四郎おじさんへ
伊藤眞理子 なつやすみ
河野洋子 終戦記念日
菅野眞砂 一九四五年八月 ―国民学校三年―
舟山雅通 壊さないで  
大野 悠 蟬
野澤俊之 〝世界が平和であって幸せがある〟
曽我部昭美 言い立てる人
石川悟朗 旅の途中   

十章 苦悩する他者たち
浜田知章 恨女 
猪野 睦 大きな岩
李 承淳 まだ聞こえる哭声
金 水善 少女像
李 美子 歌うハンアリ
宮川達二 中国服の伊太利人
中田紀子 選別 
高橋留理子 扶余紀行・女人哀歌
柳生じゅん子 公園で
金野清人 音信不通/苦いマントー
片山壹晴 口を無くす
あたるしましょうご中島省吾 負けないでもう少し
森田和美 アンネの青春  
鈴木春子 フランス語で日記を記すということ
橋爪 文 愛  
油谷京子 悪い夢
ひおきとしこ 平和な調べ  
細野 豊 ナルスは川で 
崔 龍源 光の方へ   

十一章 交戦権は認めない憲法
片桐ユズル ひとは一瞬間だけ真理を見る/地震のあとで 津波のように
鎌田 慧 拝啓 安倍首相様/赤頭巾ちゃん気をつけて
松本一哉 永遠の平和 のために  
志甫正夫 和平を探る
いだ・むつつぎ 自由を奪う者たち
桜井道子 風鈴をつるす     
大塚史朗 知恵者の行為 
長津功三良 発火点   
笠原仙一 残夢 月遠し
まつうらまさお 『テロ』と
鈴木悦子 九条の蓋は輝きを放つ
くにさだきみ 花に似た イキモノ
照井良平 墓標の遺言だ憲法9条は
赤木比佐江 忠魂碑
斎藤彰吾 リュックの男
和田攻 鐘楼
月谷小夜子 人間の鎖  
二階堂晃子 よっくど調べて 選挙さ行くべ  杉内先生の授業から   
みうらひろこ 地図の色・日本の色
岡田忠昭 本日 十日未明
秋亜綺羅 革命権  
萩尾 滋 砂川の柿色の空に
曽我貢誠 君の涙/カッカ カッカは困りもの/一人も死ぬな 一人も殺すな 
東梅洋子 憲法九条を守ろう
登り山泰至 ファシズムと戦争のとば口で
林 裕二 田中六助 その時代
畑中暁来雄 日本国憲法・九条さんのご家族への感謝状   
山﨑夏代 平和を!/ギニョールの演説舞台から
林田悠来 危険な法律  

十二章 戦争をわけるな
池下和彦 わけるな   
佐藤一志 少しずつ    
築山多門 悲願     
原利代子 平和って   
山本倫子 祈る     
大矢美登里 生命の約束 
杉本知政 春の香りの傍で
小峯秀夫 悪鬼の貌
市川つた ボク達 人間なんだ
髙嶋英夫 海峡  
日高のぼる 熟柿
外村文象 再びの春に
矢城道子 戦後生まれの私たちは
日野笙子 兵隊人形  
石川 啓 「戦後生まれ」だからこそ
佐藤銀猫 或る氷河期
中久喜輝夫 ピストル
吉田ゆき子 行徳
やまもとれいこ 立ち尽す
芳賀章内 抒情の日々
小田切敬子 バラ苑の入口で
上野 都 見たことがある
植松晃一 戦争を知らないわたしは
関 中子 人の重み
河野俊一 こどもは皆戦争に行ってしまった
星野 博 ひとつの太陽

十三章 平和創造
堀江雄三郎 平和創造の詩
矢口以文 命令に従うべきか
石川逸子 八紘一宇
真田かずこ 文字
松本高直 語釈 
洲 史  言葉
佐相憲一 週刊誌/生きているのです
堀田京子 あなたに 聴かせたい
佐藤文夫 こわれたハカリ
島田利夫 蔦の歌    
原詩夏至 帝国の学習  
前田 新 日本の「茶色い朝」
永山絹枝 ただひたすらに/ねがい
秋野かよ子 冬の夜
瀬野とし 餅
梅津弘子 教育現場はブラック
酒木裕次郎 地球家族 ~東西南北・小競り合いをしている時ではない~
奥主 榮 夢を見た
栗和 実 花みづきの咲くころ
植田文隆 好きなんだ
竹森絵美 知らない
安森ソノ子 『平家物語』の朗読
たけうちようこ 「百万本のバラ」を聴いた夜
松尾静子 青のないアン・フォルメル
原 桐子 トナリビトは忍者
卯月 遊 河童は踊る
渡辺健二 平和なればこそ出来る環境活動
細島裕次 花火と火花 
籠空朋果 光線 

十四章 非戦
坂本龍一 報復しないのが真の勇気
宗 左近 敵ニ殺サレタ若者ノ祈リ
畠山義郎 色わけ運動会
尾花仙朔 寓話 地霊と蚯蚓と兵役を拒否した勇者
鈴木有美子 無告
清水 茂 二〇一五年春の想い
林 嗣夫 そのようにして
吉田博子 いのち
うおずみ千尋 歌う
なんば・みちこ うそ
青天目起江 システム VS 思い
近藤明理 台湾の人
竹内 萌 のぞみ
和田実恵子 憎んでいたのですか
久保田譲 サン・ジュアンの木
埋田昇二 戦争放棄を貫く精神の純粋な魂の持続性について 
根本昌幸 戦争があった 
司 由衣 びんぼう・燦燦と
奥山侑司 歯を食いしばって赦す
高森 保 六月賛歌―いのち―
田島廣子 オバマ大統領広島に来る
鈴木文子 弱い雑草
宇宿一成 ランナー
北畑光男 空の鯨
駒木田鶴子 りんご銀河
木島 章 距離 
神月ROI 反逆者の覚悟/死神の涙
風 守 リアルブレイクスルー
末松 努 鏡
川奈 静 モアイ
石村柳三 物言えぬ暗黒の道を再び歩むな ―ある言論人の信念の生涯をかえりみて
木村孝夫 非戦  
赤木 三郎 手紙

解説
佐相憲一 ひとつひとつの命の声が伝える人類学
鈴木比佐雄 「非戦」の思想・哲学を永久に日本の歴史の背骨にするために


コールサック社『非戦を貫く三〇〇人詩集』

アンソロジー詩集『平和をとわに心に刻む三〇五人詩集 十五年戦争終結から戦後七十年』が出版されました。
305人の詩人による鎮魂の祈り〜平和へのよびかけを14章にわけて収録しています。
第一章 心に刻む十五年戦争
第二章 シベリア・樺太・満州・中国
第三章 アジア・南太平洋
第四章 特攻兵士
第五章 沖縄諸島
第六章 広島・長崎・核兵器廃絶
第七章 空襲・空爆
第八章 戻らぬ人びと
第九章 戦争と子供たち
第十章 鎮魂・祈り・いのち
第十一章 平和をとわに
第十二章 ぜったいにいけん、戦争は!
第十三章 今日は戦争をするのにいい日ではない
第十四章 戦争をしないと誓った

大島博光「鳩の歌」とともに島田利夫「八月抒情」が第十章「鎮魂・祈り・いのち」に選ばれています。

   八月抒情
              島田利夫
  果てしもなく拡がる泥土
  打ち抜かれた青天
  残忍な鍬(くわ)の下に
  青空の破片を埋めようとする

  野菜は怒りをこめて
  るいるいと野を囲む
  鋭ぎすまされた鍬の先
  その上に流れてやまぬ
  八月の言葉の海よ

平和三〇五人詩集
コールサック社 2015年8月初版

埼玉の大野英子さんが出版された『続・九十歳のつぶやき』。素朴な田舎言葉に短歌を織りまぜながら、埼玉・児玉で過ごした子供時代の思い出や、治安維持法の犠牲になった兄のことを書いています。美しい草花の挿絵も大野さんの水彩作品で楽しめます。

九十歳のつぶやき
九十歳のつぶやき
九十歳のつぶやき

秩父困民党     最後の一人が撃たれたのは本庄市 児玉町

秩父小鹿野の径、山柿の大木が赤い実をつけているのをみて「秩父の風物詩ですね」というと
高田哲郎先生は「いいえ」と首を振って、
「山に隠れた困民党の残党の命を支えた柿の実です。秩父の人たちは伐れないのですよ」
高田先生のお婆様が「夫も鉄牢に入れられた。孫も哲郎(てつろう)か」と嘆かれたので哲郎(てつお)と呼び変えたとか・・・。

冬日射す 岩の翳りに困民党蜂起の碑(いしじ)ひっそりと建つ

散り散りに山に隠れし困民党の命ささえし山柿赤し


(駒草出版 2013年9月初版)

中野鈴子

 稲木信夫評論集『詩人中野鈴子を追う』が刊行されました。
 中野鈴子は戦前、20数才でプロレタリア文学運動に参加した代表的女流プロレタリア詩人。治安維持法による弾圧で自らも投獄されながら、小林多喜二らの救援活動をし、詩を作りました。戦後、郷里福井にて共産党組織の創設に尽力するとともに新日本文学会福井支部を結成、福井における文学運動の源流となりました。

 稲木信夫さんは中野鈴子研究の第一人者で、『詩人中野鈴子の生涯』『すずこ記 詩人中野鈴子の青春』を著し、中野鈴子に光を当てる貴重な仕事をしてきました。本著はその後書かれた数々の評論や講演を収録した総集編になっています。第二章(すずこ記 農民詩人への道)は中野鈴子との交流を通じて文学の道を歩んだ稲木さんの自伝ともなっています。

 第四章の二本のインタビュー(大島博光と松田解子)も興味深く読まれます。
 ・・・大島(『蝋人形』の編集にかかわったきっかけについて聞かれて) 西條八十先生がね、そのとき早稲田の仏文の先生で、・・・私の卒論を評価してもらって。私がランボオをやって先生もランボオ専門家だから、そういう関係で(『蝋人形』の編集に関わった)。ところが、弟子の方は、そこまではいいけど、それから上の、ブルジョアジャーナリズムやそっちへはお伴しないわけだ。しないどころじゃない、ほとんどこっちへ(左へ)行っちゃうわけだ。・・・その前に学内の学生運動の中で、マルクス主義の洗礼を受けているから、それだけ違っているのですよ。・・・そんなことは西條先生は知らないからさ、俺を裏切ったなと思うかもしれないけれど、そんなものしょうがないよ。・・・だってそんな頃もうアラゴンの革命詩の翻訳をやっているのだから。西條八十のところにいるおかげでね、・・・

 ・・・松田(詩のことで教えてくれた人がいたのではないですか?と聞かれて) ・・・詩で教えられた人というとやっぱり宮本百合子さんでした。・・・「たとえ下手でもなんでも、私たちが、今日を生きているこの社会のひどさ、不平等ということを私たちが書いてこそ、印刷されて、あるいは本にされたりすることによって、つまり日本が中国を侵略し、朝鮮をいじめていた時代に、こうだったということが残る」と言うのです。「それを書かないでいれば、そんなことはしたことがないって反動勢力に言われればそれっきりでしょう?」これは痛かったです。まさにそうでしたから。・・・



*『詩人中野鈴子を追う』目次
第一章
    NHKラジオ第一 関西発ラジオ深夜便「こころの時代」から①  
      鈴子、芥山、そして… 
    NHKラジオ第一 関西発ラジオ深夜便「こころの時代」から②  
       愛と抵抗の詩人中野鈴子
    【講演】中野鈴子といのちの詩  
    【講演】中野鈴子の詩  
    【講演】中野鈴子の生涯と詩 没後五十年にあたって  
第二章
    すずこ記 農民詩人への道  
第三章
    中野鈴子の詩にふれた最近の文章の紹介  
    「花」と鈴子の関係について  
    一本田・鈴子の廃家 
    鈴子の手紙  
    『中野鈴子の詩による創作曲集』後記 
    鈴子追想  
    中野鈴子「村葬」  
    中野鈴子と反戦詩 
    若林道枝さんへの手紙  
    寒流をのぼって  
    鈴子は生涯「民衆の詩人」  
    近代日本女性詩の系譜から 中野鈴子没後五十年に  
    羽生康二氏著『昭和詩史の試み』から  
    詩人中野鈴子を追って  
第四章
    【インタビュー】大島博光氏に聞く 中野鈴子と詩誌『蠟人形』の頃 
    【インタビュー】松田解子さんに聞く すぐれた詩人が追求するものは…… 
    中野鈴子・略年譜
    初出一覧  
    詩人中野鈴子を追う~あとがきにかえて~
    著者略歴
(コールサック社 2014年3月初版発行)
嵐にざわめく民衆の

 1989年12月、大統領選のさなかに高橋正明氏(元東京外国語大学教授)はチリを訪れ、ピノチェト軍政を破って民衆が勝利した歴史的瞬間に立ち会いました。若者たちが車を連ねて街々を練り歩く選挙キャラバン。勝利集会では紙吹雪が舞い、『歓喜の歌』が湧き起こり、深夜まで踊りや歌声が続きました。
 各地をまわり、取材して書いたルポルタージュは小松健一氏の写真と合わせて、軍政下で生きる人々の苦しみや願い、闘う姿が活写された労作です。


嵐にざわめく目次

『チリ・嵐にざわめく民衆の木よ』
1990年 大月書店 定価1,700円(当館に在庫あります)

東栄蔵
東栄蔵
東栄蔵

文芸評論家の東栄蔵先生がこのほど刊行した「信州の教育・文化を問う」(「文芸出版」2012年5月)。信州の教育と文化に関わる評論・随想30篇を3章に構成しています。その第3章は文学に関わるもので、「愛と平和の詩人 大島博光」は2010年11月に大島博光生誕100年記念のつどいで行った講演「信州文学と大島博光」をもとに書かれています。博光の生涯と著作を概括したうえで、その詩の魅力、源流をわかりやすく解明、1)千曲川のほとりで思春期をすごしたこと、2)西條八十主宰の『蝋人形』の編集を通じてフランス語の力と抒情的美意識を培ったこと、3)戦後、アラゴンやエリュアールらの詩集の翻訳を通して社会的な抵抗をリアリズムで詠む領域を身につけたこと、この3要素が底辺を形成していると論じています。

ついで、愛誦したい詩として数篇挙げています。「わたしは歌いたい」(腰原哲朗の『長野県文学全集・詩歌編』解説に共感していると)「わたしのうちにもそとがわにも」「鳩の歌」を掲示して紹介、「硫黄島」「ひろしまのおとめたちの歌」「ヒロシマ・ナガサキから吹く風は」などの反戦詩は独自のリアリズムに立った詩群で、核廃絶のモチーフは今日いよいよ人びとの胸に響くものをひそめていると。

さいごに千曲川を詠んだ詩について論評、原子朗の「博光の詩はどの詩にも千曲川の流れが ”野太い旋律”となって流れている」との指摘に共鳴できるとして、「友よわたしが死んだら」「灰を撒く」を掲示、「千曲川 その水に」は千曲川の詩の集大成のような透明な詩であるとしています。




内灘のうた」という詩が「大島博光全詩集」にあるので内灘という地名は知っていたが、どこにあるのか、どんな闘いだったのか全く知らなかった。最近、内田康夫著の小説「砂冥宮」を読んで、1950年代に北陸の海辺の村で闘われ、日本中をゆるがせた米軍の試射場反対の大闘争であったことがわかった。この小説は内灘闘争を闘った人々が物語の中心人物になっており、闘いの背景や経緯を分かりやすく語っている。ストーリーもよくできていて面白かった。浅見光彦シリーズはテレビでも人気なのでテレビドラマ化されているのかと思っていたら、ちょうど今日、放映していた。当時の闘いの映像や「北鉄」労働者の闘争ポスターなど資料館の映像も見られて参考になった。テレビドラマも冬の日本海やお祭りなど見せ場が豊富だったが、原作のほうが闘争にかかわった登場人物が生き生きしていてずっと魅力的だった。

 北村愛子さんが詩集「見知らぬ少女」を出版されました。
 あとがきでふりかえっています。<詩を書き続けて六十年たちましたが、思うようにはなかなか書けません。今だに試行錯誤です。近頃よく考えます。中学校卒業の時に(恩師山野チエ先生が)詩誌「JAP」にさそってくださらなければ、私は詩を書き続けていただろうかと。違う道を歩いていたかも知れません。でも私は、詩ひとすじで歩いて来てよかったと思っています。なぜなら、いつも詩は私の心の支えでした。自分を見つめ、社会を見つめ、困難と闘っている人々から生きる勇気をもらって来たからです・・・>
 また、教えを受けた人の言葉のなかで、大島博光からは「爽雑物(きようざつぶつ)のなかに、金や銀や鉄がちらちら光っていたり、かくれていたりしているのに、その爽雑物をとりのけたり、えり分けたりする操作をはぶいてしまうようなところがある。このえり分ける、選択するという根本的な操作こそは、アラゴンの言うように、レアリズムと自然主義とを区別するところのものである」と言われたとあります。

 表題詩「見知らぬ少女」は、プールから上がった少女の体の健康的な美しさを歌っています。

 見知らぬ少女 


 どうして 油は 水をはじくのだろう

 油がのると

 どうして つややかに輝くのだろう

 水滴を 油がはじいているのか

 ひきしまった 小麦色の

 その皮膚の 背中いちめん

 水滴が 無数の玉になって

 ころころと 玉になって

 おちもせず キラキラと ひかっている

 水着の少女のすんなりした姿態

 かたい蕾のような ひきしまった からだ

 今 プールから あがったばかりの

 濡れた つややかな黒髪

 したたりおちる雫

 うるしのようにひかっている からだ

 抜手をきって 泳ぎぬいたあとの充実

 緊張した筋肉の美しさ

 油にのって 油がうちがわから

 にじみだしている背中
 無数の水滴を宝石のようにひからせている

 見知らぬ少女

「見知らぬ少女」
コールサック社 2011.7.8 初版
詩を読む会で日本母親大会(7月31日)に参加した石関さんが報告しました。「広島で開かれた大会ということで吉永小百合さんが初めて出演して原爆詩の朗読をした、多くの聴衆に感銘を与えたが、マスコミにも大きく報道されて影響力を発揮した、広島の本屋には『原爆詩集 八月』が山積みで販売されていた、この詩集の最後に大島博光の『ヒロシマ・ナガサキから吹く風は』が載っているので朗読したい」

原爆詩集
原爆詩集
原爆詩集
<合同出版 2008年8月>

 博光と手紙で交流のあった 戸田聰子さんがエルザ・トリオレの小説『ルナ=パーク』を出版され、記念館に寄贈くださいました。

 映画監督のジュスタン・メルランは身を休めるためにパリ近郊の屋敷を買った。その家にはそれまで住んでいて突然いなくなってしまった女性ブランシュの趣味の良い書斎や寝室、家具、蔵書が残されていた。そして男性7人からの手紙の束を発見したジュスタンは「ルナ=パーク」という理想を追うブランシュとはどういう女性なのか、憑かれたように追い求めることになった。

 アラゴンは本書に触発されて『ブランシュとは誰か─事実か、それとも忘却か』を書いたということで、あわせて読みたくなります。

ルナパーク
『ルナ=パーク』エルザ・トリオレ、鍋倉伸子・ 戸田聰子=訳 河出書房新社 


勤労者文学
鈴木久男さん(静江の弟で東大在学中に伊豆の海で水難死)の遺品のカバンに入っていました。
博光の詩「闘いの日に」からは当時のきびしい社会状況がうかがえます。

勤労者文学

勤労者文学
大島博光全詩集あとがきより

 この全詩集刊行にあたって、わたしは自分の戦争中の詩篇を四十数年ぶりに読みかえしてみて、いろいろな感慨にとらわれた。それらの詩篇は、まるで眼に見えない壁のなかに閉じ込められた者が、壁をたたきながら、しわがれ声で、うわ言のように挙げている咽めき、嘆きのようだ。またそれら戦争中の詩篇は、カゴのなかのハツカ鼠がひたすらに針金の輪をぐるぐるまわすように、ほとんど同じような主題をまわしているようである。つまり主題の喪失がみられる。それはやはり、治安維持法などによる血なまぐさい弾圧、抑圧によって抑えられ、おし進められた戦争とファシズム下におけるわたしの詩の姿、わたしの詩のありようを物語っているのにちがいない。
 わたしは戦前から戦中にかけて青春を送った世代にぞくしており、ファシズムが統制、弾圧を強めて、戦争へ突入してゆく時代に書き始めた世代にぞくしている。その頃、詩の分野では、いわゆるモダニズムといわれる流派がいくつか生まれた。正確にいえば、それは一九三四年春、プロレタリア文化運動が弾圧によって解散させられるという状況の後に生まれた。したがって、それらモダニズムの詩の流派に共通していたのは、政治(現実)にはかかわらない、政治(現実)を否定する、政治(現実)からの逃避、という態度であった。一方では治安維持法をふりかざしたファシズムは、そういう詩と詩人のありようしかゆるさなかったのである。
 またしたがって、それらのモダニズムは、ただ形式均な新しさ、感覚的な新しさ、人工的なイメージの新しさなどを追求するほかはなく、ほとんど現実、人間現実を反映しないものとなるほかはなかった。
 わたしは自分の詩に即してそのことを深く感じる。そのモダニズムのなかには、フランスのシュルレアリスムの影響なども見られたが、それも形式上の影響だけであって、シュルレアリスムの反抗的な側面の影響はほとんどみられなかった。アラゴン、エリュアール、サドゥール、ピエル・ユニックなどのシュルレアリストたちは共産党員へと発展していった。そこにはながいフランスの革命的伝統と民主主義の成熟があり、フランス国内に台頭していたファシズムとたたかう強力な人民戦線勢力があった。それとは逆に、わがくにのモダニズムはファシズムの制約の下で生まれ、初めからファシズムの制約のなかでしか活動できなかった。しかも、そのモダニズムの詩人さえ、いわゆる「神戸事件」にみられるように、戦争の後期には弾圧されたのであった。そんな状況のなかで楠田一郎は日本帝国主義の中国への侵略戦争についてつぎのように書いた。

  おお 人間が殺されてゆく
  殺されてゆく
  この木を見よ この石に聞け

  掠奪されたばかりの小さな村で
  白痴になった十二の少女が
  美しいほどの神聖な目をしていた
  まるで太陽のようだった・・・
                       (「黒い歌」)

 当時、このような詩はまことに稀有なものであった。この詩が検閲の眼をのがれえたのは恐らく偶然であり、それが書かれたのが戦争の初期であって、作者がまだ若くて無名であったからでもあろう。そのうえ、戦争への突入、展開などは、表の国民には知りようもなく、すべては国民のわからないところ、知らないところですすめられていた。新聞も真実を報道することがなく、大本営発表をくりかえすに過ぎなかった。
 その頃、わたしがわずかにうたったのはつぎのような詩句である。

  むなし無限に逃れゆく 風に向ひて
  歌うなり─われらは暗き夜の虹
  かの不在なる太陽に みずから映えて
  懸かるなり 虚妄の室に懸かるなり
                  (「夜の歌」第一の歌)

 現実から乖離し、現実をリアルに反映するすべをもたなかったわたしは、わずかに不条理の世界を「虚妄」の世界とみなしていたのである。そしてあの時代は、暗い夜であり、絶望であり、悲惨であったということぐらいを、きわめて抽象的に、心象的に、書いたのにすぎない。

  風はすべての樹の葉を吹きちらし
  すべての燈火を吹きけした
         (「火の歌」)             

 この二行のなかにわたしは、多くの若者たちを奪いさり、希望をもぎ去っていった戦争をわずかに暗示しょうとしたことを、いまもおぼえている。しかしここまでが精いっぱいであった。同じ頃、フランスのレジスタンスのなかでアラゴンが、敵の検閲の眼をくらますために「密輸」という詩法をあみだして、巧みに抵抗の精神をうたっていたことをわたしが知ったのは、ずっと戦後になってからである。・・・


「鎮魂詩(レクイエム)四〇四人集」がコールサック社から出版されました。
鎮魂の詩とは肖像画のように1枚で人間の真髄を描き出していてものすごいと思いました。内容の濃い詩、それが404人ぶんあるので、読み応えがあります。博光の詩からは「妻静江を送る」「わたしは狂ってしまった」が選ばれています。
鎮魂詩


鎮魂詩

けんもち

高崎の剣持さんから花の写真集「日本の花Ⅰ」をいただきました。
高峰高原のマツムシソウとヤナギランの写真は高原の空気に触れているような気分になりました。素晴らしい写真が満載で、山の花が大好きだった静江が見たらさぞ喜んだことでしょう。
詩「きみといっしょに歩いた道」にヤナギランがありました。

剣持さんからは作曲家丸山亜季先生の指導で、博光の詩「春がきたら」や「バラと木犀草」などを教員グループで歌っていた、1985年に夫妻を高崎に呼んで交流したことがある、この写真集を博光先生と静江さんからのプレゼントとして受けて欲しいとの手紙がそえてありました。
詩人会議の鈴木太郎さんが「大島博光選集Ⅰ 教えるとは希望を語ること」の書評を書かれました。

書評
(詩人会議 2009年1号)