闘いの詩

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




二月の風


(『日本抵抗詩集』1953年、『大島博光全詩集』)

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 雪の野
            大島博光

まっ白い雪の野に、
まっ黒いからすが舞いおりて
餌さをほじくり、あさってる。

雪に埋(う)もれた右手の部落
静かなわら屋根のしたは大騒ぎ──
秋には芋を七萬貫もよけいに供出したのに、
こんどはまた米を百七十パーセント供出だ。
なんぼなんでも、そんなに出るものか、
村長や供出係が、手をもみもみ、
地方事務所にたのんでみたが、
よけいに出した七萬貫をさっ引(ぴ)いてはくれぬ。
つよい農民組合のない悲しさ、
村じゅうが、ただ手もなく騒いでる。

戦争で夫を殺された後家さんが、
女手ひとつで、ようやくとり入れたその米を、
じぶんでも食うや食わずに、
勝手な、安いねだんでとられてしまい、
もうどうしてよいやらわからずに、
ただもう、おろおろしているばかり……

まっ白い雪の野に
まっ黒いからすがまいおりて、
えさをほじくり、あさってる。

雪にうもれた左の部落、
ここの集会所も大騒ぎ、
だが、農民組合の寄り合い騷ぎ
供出を正当に出した、完了祝い。

ここの村にもひどい割当て
そこで農民組合はワッショイ、ワッショイ
地方事務所へデモかけて、
自主供出をかちとった、
大衆と団結のちからで。

そこで、いろいろ話がはずむ、
──となり村の連中は、おれんところの組合を、
赤だなんぞとほざいたくせに、
それ、見ろ、あの今のざま、
モチ竿のモチにかかった雀そっくり、
それも、自分からモチにかかって、羽根をとられ、
ただ、チィチィ、鳴くばかり

まっ白い雪の野に
まっ黒いからすがまいおりて
えさをほじくり、あさってる。

 (『勤労者文学』 一九四八年四月)

*『勤労者文学』は1945年12月に発足した新日本文学会の文学雑誌。博光は中央委員となり、長野支部結成のために壺井繁治を長野市に呼んで座談会を開くなどした。(青山伸「戦後・長野県詩人の活動 北信地方」『長野県年刊詩集』1960)

雪の野
 暴力と人間
              大島博光

狂った野獣のように
ふたたび暴力が荒れ狂う
くさったファシストの暴力

生きた人間の顎のうえを
ふみつけふみにじる泥靴
雨あられのように打ちおろされるこん棒

人間はふたたびふみにじられ
人間はふたたび否定され
人間はふたたび殺される

人間たちの深い怒りは燃えあがる
女たちのほの暗い眼の奥に
男たちのはげしい憎しみの底に

そうして眞の人間たちは闘う
野獣どもの暴力に抗して
人間を守るために!

眞の人間たちはたたかう
人間を證しするために
祖国と子供たちを守るために

人間たちは知っている
絶望は死であり たたかいのみが
絶望を希望に変えることを

人間たちは感じる
正義への郷愁と愛の炎が
その胸に熱く燃えるのを

暗い絶望の底から雄々しく
起ちあがった人間たちは
野獣の暴力にうち勝つだろう

そうして詩人たちは歌うだろう
人間を守るためにたたかう
人間たちの英雄的な美しさを!

  (『詩学』1949.9)

さくらんぼ

絵はがき
                   大島博光

ごぶさたした
元気でやってるか
くらしむきはどうか
組合はうまくいってるか
こちらもひどく苦しいくらしだ
重い税金にみんな苦しんでいる
牛や馬まで売って やっと払っている
いまにみんなハダカになってしまう
なぜ 人民がこんなにみじめなのか
みんなぼつぼつわかりはじめてきた

そんなことにおかまいなしに
うっすら芽ぐんだカラマツ林のなかで
ことしもコブシが咲きはじめた
山のおそい春を告げるように
まだ冬枯のままの その技に
まばらな白い花をつけた
まるでひらいた花火のようだ
あたりの色づいた大気をふるわせて
うぐいすも鳴いている……

だが もっと美しいのは
そんな白いコプシの咲く山みちを
赤旗おし立て 太鼓をたたいて
つき進んでゆく青年たちの一隊だ
人民の祭の日メーデーが 山の中にも
春といっしょに やってきたのだ
青年たちの歌ごえは
うぐいすの声をかき消して
山あいに鳴りどよもし
春の朝の光りに照りはえる
燃えるような旗の赤さ
そのまた旗の赤さが
青年たちの若い頬に照りかえしている
この火のような血の色は
おれの眼にも泌みいり
おれの眼がしらを熱くさせ
おれの血を深く かき立てる

ながいこと ふみにじられ
うち倒されていたこの旗が
自由と解放のこの旗が
立ちあがった青年たちの肩のうえで
五月の風にひるがえりながら
コブシの咲く山みちを進んでゆくのだ
たたかう青年たちの眼は
岩のあいだに咲きだした
スミレのように輝いている

人民のたたかいは
こんな山のなかにも進んでいる
そちらでもしっかりやってくれ
むりをしないように
からだを大事にしてくれ

(『詩歌殿』第1集 昭和23年9月、『大島博光全詩集』)

こぶし


旗はひるがえる

<『大島博光詩集』草稿>
 闘いの日に
    ──英雄的に闘つたカネツウの同志へ
                       大島博光

カネツウの仲間をまもれ!
カネツウの同志をとりかえせ!

怒りに燃えた労働者の群が
刑務所をとりまいてデモつてる
国鉄や全テイの労働者にまじって
フジ通信のおとめたちもデモつてる
おとめたちの頬にも
怒りの色が赤く燃えている

おれたちの仲間をかえせ!
おれたちの同志をかえせ!

息子をうばわれた母親が叫んでいる
夫をうばわれた妻が叫んでいる

鳴りどよもす叫びにつつまれながら
牢獄の厚い壁は
つめたく そそりたつている
ムラムラと怒りが胸にこみあげてくる
熱い息吹きが デモのなかを
電流のようにつたわり
叫びは知らず知らず
また はげしく 高なる
──おれたちの仲間をかえせ!
──おれたちの同志をかえせ!

しかし、牢獄の高い壁は
つめたく だまりこんで
突つ立つている
おれたちは この眼ではつきりと見た
牢獄の高い壁は
誰のために そそり立つているのか!
牢獄の厚い石の壁は
誰をとじこめているのか!

おれたちは この眼ではつきりと見た
この石の壁は 人民の血を吸い
人民の自由をふみにじつて、
突つ立つているのを!
それは かれらのトリデ
かれらの番犬だ!


だが、見よ、人民の闘いの創意を!
どこからともなく はしごが運ばれてきた
はしごはデモのまんなかにうち立てられた
たくましい労働者たちが はしごをささえた
と、見よ、
ひとりのおとめが、するするとはしごをのぽり、
はしごのてつぺんで赤旗をふりながら
璧のなかの同志に叫んでいる
──みんな がんばつて がんばつて
かんばつて ちようだいよう!
おとめの叫び声は 壁をこえ
壁のなかの同志の胸にひびき
赤旗は石の壁ごしに
壁のなかの同志の眼にひるがえり
──がんばるぞう!
高い璧のなかから
こだまがかえつてくる

デモはふたたび湧きかえり
歌ごえはふたたび湧きあがる

おお、高い壁の内と外とで
労働者同志の熱い愛情と闘いの決意は
血のように かよい つながつている
厚い石の壁ををぶちぬいて!
高い石の壁をとび越えて!

そうしておれたちは知つた
──いよいよ人民のはしごは
牢獄の壁より 高く高く そびえるだろう!
──いよいよ人民の人垣は
牢獄の壁より 厚く厚く おし寄せるだろう!

<「勤労者文学」6号 1948.10>