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博光日記

ここでは、「博光日記」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




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[博光日記1984.5.29 窓の下のぶどう畑の方でコジュケイが啼く]の続きを読む


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日記


(A5ノート)

バラ



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赤



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ムンステッド ウッド



日記


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高畑
高畑弘さんと





にっき


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反核




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けやき

[博光日記1984.5.17 日赤にて手術前]の続きを読む


日記


(A5ノート)
*1984年5月、前立腺肥大の手術を受けた。

玉川上水






日記


(A5ノート)

橋


[博光日記1984.5.15 武蔵野日赤 入院]の続きを読む
一月廿一日 快晴 風あるもあたたかい

 夕方、駅前にでかけて、この自由日記帳を買う。去年はほとんど何も書かなかったので、ことしは日記ぐらいは書こうと発心して、これを買ったのだが、どれほどつづくことやら。
 この日記帳とともに、買物かごのなかに買いこんだものは、レモン二個、キリン炭酸水二本、キャベツ一個、そば二つ、ひき肉一包み。こんやもボリシチ。

 昼のあたたかい光りには、もうどことなく春のけはい。雑木林のうつくしさが目につく頃となる。ジンフィズをのんで、早春の詩情をおもう。ぼつぼつ詩も書かねばなるまい。

 「レーニンとプロレットクリト」の訳詩、きょうはすすまず。

(「随想日記」)

静物
大島静江「水差しと果物」


1977年8月25日〜
上高地より徳沢、涸沢、北穂にゆく
徳沢あたりの道ばたの木に「捜し人」の札がさがっている。若い女の人というか娘さんらしい写真がついていて、横尾山荘から焼岳に向ったまま消息不明なので、気づいたひとは連絡されたい、という。

二日目 徳沢を出発 横尾をとおり、壮大な屏風岩を眺めながら、出合いの沢に出る。これからがたいへんな急の登りで、身にこたえる。十歩あるいては一と息いれる。それでももうからだが言うことをきかず、ふらついてくる。チョコレートをなめて力をつけ、またもぼる。ふつう三時間の行程が六時間かかる。五時半頃涸沢ヒュッテに着く。雨のため、北穂も奥穂も見えない。

涸沢
Photo 大島秋光