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映画

ここでは、「映画」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


映画

巨匠アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作(2016年)で、自身がチリ・サンティアゴで過ごした青春時代を描く自伝映画。「リアリティのダンス」の続編となる。
故郷のトコピージャから首都サンティアゴに出てきたホドロフスキー一家。父親は労働者街で衣料店を開き、冷酷に万引き犯を叩きのめす。ロルカの詩集に惹かれて詩を朗読するアレハンドロにたいして父ハイメは「詩人はオカマだ、詩集なんか読まずに、生物学の本を読んで医者になれ!」と言って詩集を窓の外に投げ捨ててしまう。「詩こそが自分の行く道を輝かしく照らす。自分は詩人になろう!」と心に決めるアレハンドロ。親戚の集まりでその決意を表明すると、父親を始め誰も取り合わない。ただ一人、いとこのリカルドだけが彼を理解し、彼を芸術家姉妹の家に案内する。
そこでは画家やダンサー、若いアーティストたちが古い観念に縛られない自由な活動をしていた。アレハンドロも即興の詩を朗読して迎え入れられ、祭りのような日々が始まる。
詩人の集まる店に行くと、突然怪女が現われて「おまえらは無だ!」と叫び、巨大なジョッキを飲み干す。「毒蛇女」の詩人ステラだった。その怪女ぶりに惹かれるアレハンドロ。デートを約束した夜、ステラは男を連れてきた。つきあうならこんな俗人でなくニカノール・パラのような詩人にしろ、とけなすアレハンドロに、彼が敬愛する詩人ニカノール・パラその人であり、その詩「毒蛇女」のモデルがステラだったことを知らされる。
詩人エンリケ・リンと知り合い、奇行を楽しむ二人。しかし、エンリケに捨てられたといって自殺を図る小人症の女性を助けたことから彼女を抱いてしまい、エンリケと仲違いする。アレハンドロはサーカスに道化師として出演し、観衆の前でそのことを告白する。
アレハンドロは詩人として飛躍するためにパリに渡ってシュールレアリズムに触れ、ブルトンと知り合うことを決意し、皆に別れを告げる。出発の日、父ハイメが港にやって来て止めようとする。取っ組み合いになって倒された父親は、「せめて握手を」と懇願する。「何も与えないことで全てを与えてくれた」としてアレハンドロは別れの握手を交わすのだった。

若い詩人や芸術家たちの自由で破天荒な姿を描き、それを賛美した青春映画。
見る楽しさも満載で登場人物が魅力的だ。愛情豊かな母親は会話が全て歌で、それも豊かで優しいソプラノ。芸術家姉妹の姉は包容力のある画家で、いつでも人の悩みを聞いて助けてくれる。妹は可愛いバレエダンサーで、いるだけであたりが明るくなる。怪女ステラの存在感は圧倒的。覚悟がないと渡り合えない。合体ダンサーは「ビッグフィッシュ」の双子の姉妹のごとくいつもくっついている。そして主人公アレハンドロ(青年)は美しい顔貌と肉体がギリシャ彫刻のよう。小人症の娘とのエピソードも心に残る。(この映画では小人症の人が何人か登場して効果的だが、「ゲルニカの木」のように独りよがりでない)
ホドロフスキーがパブロ・ネルーダにたいして抱いている微妙な感情もでている。当時からネルーダは大きな銅像が建てられていたことが分かるが、それを茶化すようなパフォーマンスを主人公はしている。
1952年、第二次イバニェス右派政権成立当時のチリの政治状況も垣間見える。
制作 2016年 フランス、チリ、日本

映画


映画

フランスの港町ル・アーヴル。不審なコンテナを包囲した警官隊が扉を開けると、アフリカ系の家族が十数人。その場から少年一人だけが逃亡した。
引退して靴磨きをしている老人マルセルは、妻が大病で入院、その翌日、桟橋の下に隠れている黒人少年を見つける。警察に追われていることを知り、彼を匿うことにする。八百屋や飲み屋など親しくしている近所の住民も彼に協力する。少年を追跡しているモネ刑事が近所の住民から得たのはマルセルの良い評判ばかりだった。
マルセルは難民キャンプ場を訪れ、少年の祖父に会う。少年がロンドンにいる母親に会うために密航したことを知り、ロンドンへの渡航を計画する。難民支援のグループと協力して資金獲得のためのコンサートを計画する。
いよいよ少年を乗せた小型船が出発する時、モネ刑事が現れるが……
モネ刑事がぼやく言葉が印象的。「いつも人々は警察を嫌っている。困ったときは頼ってくるのに……」どこの国も同じですね。
難民をめぐる普通の住民の善意を暖かく描いていて心温まる。
監督:アキ・カウリスマキ(フィンランド)
2011年、フィンランド、フランス、ドイツ


ドアノー

フランスの写真家ロベール・ドアノーの人生を描いたドキュメンタリー映画が公開されました。孫娘のクレモンティーヌが監督。
2012年の生誕100年記念写真展でドアノーのことを知りました。人々への優しい眼差しが印象的でした。

戦前、ルノー社にカメラマンとして入社。労働者の大闘争を空から撮りたいと思うが、立場上むつかしかった。
自宅アパートの浴室が暗室として使われたので、家族が入浴できるのは日曜だけだった。
アパートの管理人のババ(ポール・バルべ)はゲシュタポからレジスタンス活動家の住人を守った。(ドアノーも第2次大戦で招集されるが体調を崩して除隊、レジスタンス運動に参加した。)
「ポール・バルべは、戦時中から暗室やファイリングの助手、配達人、時にはモデルとして、父を助けていた人物で、私たちは、血のつながらない祖父のような存在であるバルベ氏が大好きだった。」(フランシーヌ・ドルディール「日常のロベール・ドアノー」=写真集『ロベール・ドアノー』)

詩人のプレヴェールは親友で、一緒に散歩し、彼の写真をたくさん撮った。昼の友人プレヴェールにたいして、夜の友人が作家のロベール・ジローだった。
女優のサビーヌ・アゼマも親友で、最初に握手した瞬間から心がつながったと語っている。
「写真家に必要なものは不服従、好奇心、忍耐力だ」とドアノーは語っています。好奇心と忍耐力はなるほどその通り、とわかりますが、不服従とはどういうことか、考えてしまいます。いろいろな圧力や干渉に屈しない独立の精神で物事を見るということでしょうか。
沢山の写真が登場しますが、彼の写真は人間が中心で、ユーモアに満ちた写真には子どもや大人の生きる歓びがあふれています。

ドアノー
ダンス
ドアノー

トロツキー


映画「フリーダ」とトロツキー

ロバート・キャパの写真「トロツキー」が掲載された新聞(2月12日、東京新聞)を見て、映画「フリーダ」を見た時に覚えた違和感の正体がわかった。

この映画は奔放な愛と芸術に生きたメキシコの女流画家フリーダ・カーロの生涯を、著名な壁画家だった夫ディエゴ・リベラとの愛憎を軸に描く。主演女優は美貌で情熱的なフリーダの生き写しのように魅力的だった。
彼女とトロツキーが情を交わす場面が一つの山だった。メキシコに亡命してきたトロツキーをフリーダは自宅にかくまうことになる。共産主義者だった夫リベラからの依頼によって。フリーダは一目見て彼に魅せられ、トロツキーもフリーダの愛を受け入れる。ところがトロツキー役は憂いをおびて物静かな大学教授風で精悍な革命家の魅力がまったく感じられない。なぜこんな男が??二人の恋に観客は納得するのだろうか?

ロバート・キャパの写真にはトロツキーの熱気が写し取られている。こういう彼にフリーダは惹かれたのであろう。

2003年 アメリカ映画 監督 ジュリー・テイモア 主演 サルマ・ハエック

ふりーだ

1973年9月、アジェンデ政権が軍事クーデターで倒されるまでのチリ社会の動きを写したドキュメンタリー映画「チリの闘い」が公開されています。右翼勢力や軍部による様々な攻撃、アジェンデを支援する民衆の大衆行動などが多数記録されていて、生々しい影像に圧倒されます。
3部構成で、全部で4時間半のボリューム。

第1部「ブルジョワジーの叛乱」
 1973年3月の国会議員選挙の場面、野党が支持率を伸ばしたが、人民連合も前進し、アジェンデを罷免しようという反動派の思惑は潰え去る。ここから様々な妨害策動が始まる。CIAによって作られたファシスト組織のデモ、バス会社のスト、銅山のストライキ。そして6月末に軍の一部部隊によるモネダ宮への反乱行動が起きた。

第2部「クーデター」
 6月末の軍の反乱は人民連合側の連隊の出動やプラッツ将軍らの行動で挫折する。7月、アジェンデ側近の海軍副官アラヤ少佐が極右によって暗殺された。バルパライソの軍関係者が練っているクーデター計画をアジェンデに悟らせないためだった。8月、プラッツ将軍が将校夫人たちの抗議デモをうけて国防相と陸軍総司令官の職を辞任し、立憲派のふりをしていたピノチェトが陸軍総司令官となった。9月4日、アジェンデ政権成立3周年の集会には80万人が集まり、史上最大の集会となった。9月11日、不吉な戦闘機が姿を見せ、戦車が出動、モネダ宮に砲弾が浴びせられた。アジェンデ最後のラジオ演説が流される。「歴史は抑圧や犯罪をもってしては押しとどめることはできない。歴史は人民のものであり、労働者のものである。遅かれ早かれ、大きな道が切り開かれることだろう。みな自由に歩くことができ、より良い社会を建設するために通る道が」

第3部「民衆の力」
 1972年、アジェンデのパレードに支持者たちの熱狂的な声援が続く。「アジェンデ!アジェンデ!私たちはあなたを守る!」 政権発足から1年半しかたっていなかったが、鉱山や農地、銀行の国有化をし、アジェンデは国民から強い支持を得ていた。10月の運輸業者ストライキの経験から労働者の組織能力が高まり、「人民勢力」が育ってゆくことなった。「民衆の力を作り上げよう」のスローガンのもと「産業コルドン(地域労働者連絡会)」や学生・主婦・労働者・農民らの『地域部隊」が組織された。商店の多くが右派の策謀で商品を闇市場に流し、反政府的姿勢をとることに対して、人民勢力が作った直接配給制度「人民商店」が各地にできた。人民勢力の種子はチリ全土に拡がった。人民連合広報部長マルブランの熱弁が続く。「労働者の参画によって社会主義へ移行するための新たな組織を作り出す」「大衆運動が高まりを見せている今、彼らを階級闘争へ導く必要がある……」未来への希望を託すかのようにベンセレモスのメロディーが流れて、映画は終わる。

製作・監督・脚本: パトリシオ・グスマン PATRICIO GUZMAN
原題: LA BATALLA DE CHILELa Lucha de un Pueblo sin Armas
作年:1975、1976、1978
製作国:チリ=フランス=キューバ
本編尺:263分

チリの闘い

アジェンデ社会主義政権下、大規模な反米デモが繰り広げられているチリ・サンチャゴで、大衆運動を支援していたドイツ人写真家のダニエルに軍事クーデター発生の電話が入る。恋人と二人で街からの脱出を図るが、街頭を制圧している軍隊にたちまち捕まり、チリ国立競技場に監禁される。そしてダニエルだけが車に乗せられて運びだされてしまう。恋人のレナはダニエルが連れ去られた所がコロニア・ディグニダであることを知り、客室添乗員としてドイツへ向かう仕事をキャンセルしてコロニアに向かう。

コロニア・ディグニダは1961年、ドイツを追われた元ナチス軍曹のパウル・シェーファーがバプテストと反共主義を掲げてチリ南部に開設したドイツ系移民コミュニティ。シェーファーが教皇と称して君臨し、<理想郷>とは裏腹の住民への暴力が日常茶飯事だった。ピノチェト軍事政権の下では秘密警察と協力してナチス式拷問センターをつくり、多数の活動家を監禁し拷問した。

この9月17日に公開された新着映画。
軍隊が街頭で弾圧するシーン、チリ国立競技場に押し込まれ追及される場面、ナチス仕込みの拷問を受けて廃人にされそうになる場面等、「サンチャゴに雨が降る」や「ミッシング」で知った歴史を実体験するような迫力でした。
コロニア・ディグニダでの生活と脱出は<捕虜収容所からの脱走>ものですが、最後まで息をつかせぬスリリングな展開で、エンタテインメントとしても星5個。
最後にコロニア・ディグニダの人々の実際の写真が出ましたが、映画の1シーンのようで、見事に映画に再現されていると思いました。

映画パンフレットに高橋正明先生が解説を書いています。シェーファー自身が拷問を指揮し、ピノチェトや秘密警察の長官、ドイツ大使館員を歓待していたこと、ドイツ大使館とコロニアとの関係、今年7月、ドイツ代表団がチリを訪れ、このことに独大統領が謝罪を表明したことなど、<チリとドイツの暗黒史>がわかります。

監督・脚本 フローリアン・ガレンベルガー(ドイツ)
出演 エマ・ワトソン、ニエル・ブリュール、ミカエル・ニクヴィスト
2015年 ドイツ、フランス、ルクセンブルク

コロニア
9月30日が近づくと、50年前に300万人もの共産主義者の人びとが殺されたと言われたインドネシア大量虐殺事件が思い出されます。
この事件を告発するドキュメンタリー映画「アクト・オブ・キリング」と「ルック・オブ・サイレンス」をNHKの朝のニュース(6月10日)で紹介していました。

インドネシア

インドネシア「埋もれた虐殺」

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映画をきっかけに、沈黙を続けてきた被害者の遺族たちが今、静かに声をあげはじめています。

インドネシア

自分たちの家族に、いったい何が起きたのか知りたいのです。

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今、二つの映画が世界で注目を集めています。
50年前、インドネシアで起きた虐殺をテーマにしたドキュメンタリーです。

インドネシア
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一作目は3年前に制作され、続編となる最新作は来月、日本で公開されます。
映画はこれまで声を上げられなかった人たちに大きな変化をもたらしています。

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新作の公開に合わせて先週、日本を訪れたアメリカ人のジョシュア・オッペンハイマー監督。
9年にわたってインドネシアの虐殺について取材を重ねました。

インドネシア
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映画を作る者として、インドネシアに残る歴史の闇を伝えなければいけないと思ったのです。

インドネシア
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50年前、インドネシアで起きた共産主義の人たちに対する弾圧。

インドネシア
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犠牲者は50万人以上と言われていますが、その実態は闇に包まれています。

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一石を投じたのは、3年前に製作された「アクト・オブ・キリング」です。

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軍から命令を受けて虐殺を行ったというギャングや民兵組織の男たち。

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今も罪に問われることなく暮らす様子が写し出されています。

多くの人が殺害された現場では、

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自分がかかわった虐殺について悪びれもなく語っています。

インドネシア

来月公開される続編「ルック・オブ・サイレンス」

インドネシア

兄を殺された弟が、加害者を訪ね歩きます。直接問いただします。

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多くの民兵組織の幹部にたどり着きます。

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主人公が住む地域で有力政治家として地方議会の議長となっているこの男、
恫喝めいた言葉を口にしました。

インドネシア
インドネシア
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虐殺の加害者たちが今も権力を持ち、人々を恐怖に陥れています。

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これは今の時代の話なのです。

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映画はインドネシアでも上映された、大きな反響を呼びました。

インドネシア
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被害者や遺族の間で、真相を求める声が上がっています。

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中部ジャワ州のパティ県、
当時、最も弾圧の激しかった地域のひとつです。

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郊外の村に住むニャミニさんです。

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夫と父親は共産主義者の疑いをかけられ、殺害されました。

インドネシア

これまで子どもたちにも虐殺のことを話してこなかったといいます。
当時のことを初めて語ります。

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夫はひどく殴られて 車に乗せられて 連れて行かれたんです。

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遺体すら 戻ってきませんでした。

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ニャミニさんは今、同じ地域でくらすほかの遺族たちと当時の体験を共有しはじめています。

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連行された夫に食事を届けようとしましたが、看守に踏みつけられました。
本当に恐ろしかったです。

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これまでは自分だけの秘密にしてきました。
話せばどんな危害があるか分からなかったからです。

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でも、ほかの遺族と会って ようやく声をあげられるようになりました。

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しかし、インドネシア政府は虐殺について
治安維持するためだったとして
詳しい事実関係を一切明らかにしてきませんでした。

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埋もれた虐殺の実態を明らかにしようと、調査を始めた人がいます。
被害者団体の代表をつとめるブジョ・ウントンさんです。

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虐殺の遺族や激しい拷問を受けた人に、直接話を聞き取ります。

インドネシア
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撃たれた傷ですね。
ほかにもありましたよね。

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胸の上の黒い部分が撃たれたアトです。

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今年2月、およそ200人の遺族たちを集め、聞き取り調査をしようとした時のことです。

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突然、警察や軍が現れ、調査は中止に追い込まれました。

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ブジョさんは、いまだに妨げられていると感じます。

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軍の担当者は「集会は危険だ。許可しない」と言いました。

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50年たった今も、軍などの一部は私たちを脅しているんです。

インドネシア
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半世紀を経てようやく歴史の闇に光を当てようと声を上げ始めた人たち。
その声にどう向き合っていくのかが問われています。

インドネシア

オッペンハイマー監督は、国が負の歴史に向き合うためには国際社会からの関心も欠かせないと語っていました。


(「NHKニュース」2015/6/10 7AM) 



「ルック・オブ・サイレンス」は各地で順次上映されています。
東京では下高井戸シネマで10月に上映されます。
10/3(土)〜10/9(金) 19:00〜(終20:47)
10/10(土)〜10/16(金) 21:10〜(終22:57)


「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」を観て   矢向忠雄

 1987年(昭和62年)香港。返還十年前に作られた。レスリー・チェーン(私は、彼がジャッキー・チェーンだと思いましたが、別人でした)主演の、カンフーの殺陣と、「おとぼけ」が面白い映画で、後に、日本で流行ったカンフー映画の、初期の作品だと思います。

 物語は、彼が古寺で出会い、好きになった女性(実は幽霊)を助けるため、ある道士と力を合わせ、魔王と戦い、彼を倒し、女性を成仏させると言う話です。空中を飛びまわるカンフーアクション、憂いを帯びた歌声(歌っているのは、テレサ・テンだと思うが、不明)が印象的です。では何故この映画がヒットしたのか、考えて見たいと思います。理由はいくつかあると思いますが、一つはこの映画の背景思想が、日本人の思想の根源である、仏教だからだと思います。例えば力を合わせる道士は、道教の指導者でしょう。でも彼の持っている刀は、不動明王の持っているものと同じ形です。中国人なら青竜刀でしょうに。道士は掌に「呪」と書き、「般若波羅蜜」と叫んで投げ、敵に打撃を与えます。「呪」は「しゅ」と読み、これを長く文章化したものを「真言」と言い、要するに呪文です。「摩詞般若波羅蜜多心経」の最期に出てくる 「ギャーテー・ギャーテー・ハーラーギャーテー・ハーラソーギャーテー・ボージーソワカー」 が、真言つまり呪文に当たります。「般若」とは、仏の知恵を言います。「波羅蜜」とは「六波羅蜜」とも言い、理想を実現させるための六つの修行布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧を言います。道士が彼に、自分を守るために持っているように言うのは、仏教のお経の一部です。それが力を発揮します。女性を成仏させるため、彼女のお骨を埋葬します。舎利信仰は、仏教の根元思想です。以上は全て仏教思想から来たものです。だから観ていて、何の違和感も感じないのです。私も敬けんとは言わないが、仏教徒ですから。

 面白いのは、化け物が出て来るのですが、日の光に当たると溶けてしまいます。これってドラキュラと同じですね。唯一仏教的でない点です。でも、死して土に帰ると言うのは、仏教的と言えると思います。

 最後に、この映画は、「幽霊との愛を成就する」がテーマです。つまり異種間結婚です。日本にはこの手の話は枚挙に暇がありません。例えば、遠野には、愛馬と結婚する娘の話があります。雪女と結婚して、子供を作った話。羽衣を隠して、天女を嫁にした話。助けた鶴が作った布を売る亭主。阿部晴明の父は人間、母は狐。父を助けた犬と結婚した姫の話は、里見八犬伝でしたね。これ等の思想は、仏教の六道輪廻から来ていると思います。人間は死ぬと、六つの世界を、生き変わり死に変わりしながら、虫になったり動物になったりすると言うのが、その思想の中心です。江戸時代、白隠禅師の話に、自分を刺している蚊をつぶしながら、「亡くなった父は今どこにどうしているのか」と聞いた侍に、「今つぶした蚊が、お前の父の生まれ変わりだ」と答えています。生まれた子を、「亡くなったおじいさんの生まれ変わりだ」など言ったりもします。つまりこの世に生きている者(動物も含めて、衆生と言います)は、皆平等で、区別差別はないのです。だから人間が、それ以外の物と結婚するのは、決して不自然でも、間違いでもないのです。これも仏教思想から来ていると思います。
 映画を、製作の背景思想から考えるのも、楽しむ方法として、面白いと思います。いい勉強ができました。館長さんに感謝します

チャイニーズ

グレート・ワルツ 

─ ウイーンの街にヨハン・シュトラウスのワルツが溢れ、ひとびとが踊る ─

<ひとこと?で言うと>
・フランスの名匠・デュヴィヴィエ監督がハリウッドで作った娯楽音楽映画
・音楽と踊りが満載の最高に楽しい映画
・ヨハン・シュトラウスの成功物語プラス恋愛模様
・甘美で少しほろ苦い恋愛映画
・音楽の都ウイーンが好きになる映画

<見どころ>
・ヨハン・シュトラウスの名曲と美しいソプラノの歌声が盛りだくさん
・ワルツの群舞が華麗
・歌姫カーラを演じるミリザ・コルジャスの美貌と素晴らしい美声と圧倒的な存在感(アカデミー助演女優賞)
・陽気で人の良いウイーンの人びと
・妻ボルディと歌姫カーラの間で悩むシュトラウス、勝利者は妻?カーラ?

<印象的なシーン>
序盤、シュトラウスが仲間を集めて作った楽団が初めてカフェで演奏会、不入りで中止しかけたところにオペラ劇場の歌姫カーラと歌手シラーが現われて再開させた。窓から流れる軽快なワルツにひかれて町の人々が続々と集まり、満員の店内で、店の外で、楽しく踊り乱れるのだった。
革命運動に共鳴して行進曲を作曲、デモに参加して捕まりかけるヨハン・シュトラウス。カーラと共に逃げ出して、馬車の上で過ごしたウイーンの森の一夜。そこから「ウイーンの森の物語」が生れる。曲を演奏し、歌い、喜びにあふれて踊る二人。
ドナウ川のほとりで聞いた人びとの歌声と美しい光景から「美しく青きドナウ」が生れて・・・
クライマックス、二人が最後の演奏をする劇場。シュトラウスとカーラがその夜一緒に旅に出ると分かった妻ボルディは劇場へ向った。旅立とうとする二人に投げかけたのはお祝いの言葉だった。
最終場面、年老いたシュトラウスが宮殿に招かれ、窓から見下ろすと広場を埋め尽くす大群衆の歓呼の声、連れ添った妻の笑顔。そして空には美しいカーラの面影が浮かんで見えるのだった。

グレートワルツ


会議は踊る

愉しさ、嬉しさがあふれるドイツ・オペレッタ映画の最高傑作

─会議は踊る、されど進まず─
ナポレオン失脚後の1814年、ヨーロッパの秩序を話しあうために開かれたウィーン会議は来る日も来る日も舞踏会、その舞台裏で政治的駆け引きが行われた。
会議のためにウィーンにやってきたロシア皇帝と手袋屋のウイーン娘との間に甘美な恋が芽生える。ロシア皇帝の別荘に馬車で向かう娘がはじけるよろこびを歌い、道行く人々も歌い踊って祝福、映画全体にあふれる高揚感……。無声映画からトーキーへと移った時期に製作された記念的作品。
1931年、ドイツ
監督:エリック・シャレル
音楽:ウェルナー・リヒャルト・ハイマン
アレクサンドル一世:ヴィリー・フリッチ
手袋屋の娘クリステル:リリアン・ハーヴェイ
宰相メッテルニヒ:コンラート・ファイト

会議は踊る

音楽が楽しく、素晴らしい。
主題歌 “ただ一度だけ” 聞いたことあるね。映画は初めてなのに。──そう、聞いたことありますね。
映像もストーリーも楽しい。椅子まで踊ってしまって。
インド映画のよう、踊りだして楽しさはじける映画。
舞踏会の様子や衣装がすごい。
ヒロインの乙女心の演技、ロシア皇帝やメッテルニヒの男前も魅せた。
1931年といえば日本では満洲事変が起きた年。よくこれだけのものが作れたね。
2年後、ヒットラーが政権を握ると、この映画は上映禁止になり、映画人たちもドイツを去った。そのご、ドイツではこれほどの映画が作られることはなかった。
映画「ノートルダムのせむし男」(1939年アメリカ)を見て

・ドラマチックで面白かった。群集シーンが迫力。白黒映画の美しさを感じた。
・キリスト教の教会が反動的な姿。民衆の啓蒙に使われると言って印刷機を敵視して破壊しようとしたり、魔女裁判や拷問をしたり。対して国王が印刷機の使用や貴族に対する民衆の反抗を支持したり、地動説を支持したりと開明的だった。
・正義を実現するために言論に依るか、暴力によるか、もテーマ。言論により民衆が立ち上がることが勝利につながるとユゴーは強調したかった。
・エスメラルダに対するせむし男の愛が切ないが、ラストが原作と違ってハッピーエンドになっているのがアメリカ映画。エスメラルダが助けられて恋人と去ってゆくのをカジモドが「俺も石になりたい」と石像に模しておどけるのがオチ。
・処刑されたエスメラルダを追って死ぬカジモド、二人の骨が粉になって一つになるユゴーの真の物語を味わえる映画を見たい。

映画会ノートルダムの
シベリヤ物語

 「シベリヤ物語」は1948年に日本初公開のソビエト映画。主人公の音楽家や周りの人の生き方とともに「バイカル湖のほとり」「シベリヤ大地の歌」「流刑人の歌」などの歌が受け入れられて広まり、うたごえ喫茶のルーツとなったそうです。
 雄大なシベリヤの大地、そこで社会主義建設に生きる人びとの息吹が伝わってきます。

 小川さんが「バイカル湖のほとり」を豊かな声で歌い、太田さんがソビエト滞在中に触れた様子をロシア語も交えながら語ってくれました。「ロシアの人も同じ人間で、普通に付き合えます」
「フレンチ・カンカン」は1954年制作のフランス映画。1880年代のパリ・モンマルトルを舞台に、フレンチ・カンカンとムーラン・ルージュの誕生を描く。

歌と踊りがあふれて体が踊りだしそう。
楽しかった。こんな映画は初めて観た。
ジャン・ギャバンがうまい。ニニ(フランソワーズ・アルヌール)がいきいきと可愛くて、映画は俳優で見せるものと思った。ローラの存在感もすごかった。王子様役は「レ・ミゼラブル」でマリウスをやった俳優だったね。
背景に流れる「ムーラン・ルージュの歌」がパリの雰囲気に浸れていい。エディット・ピアフなどが歌ったのもシャンソン好きにはたまらないね。
監督ジャン・ルノワールは画家ルノワールの息子、さすがだね。大戦中はアメリカに移住していたが、帰国してこの映画を作った。ほかには「ラ・マルセイエーズ」などを監督。
1880年代といえば日本はまだ江戸時代が開けた頃、フランスでこれだけの娯楽と自由な雰囲気があったのが素晴らしい。
実際のムーラン・ルージュへ行き、フレンチ・カンカンを見たが、舞台のうえで踊るのを下から見る。映画では客席で踊り、客と一緒になって盛り上がったわね。
主人公(ジャン・ギャバン)はいい女を見つけるとスカウトして自分のものにしてしまう。しょうがないオヤジね。ピカソなら許せるけれど・・・
むかしカンカン帽とか銀座カンカン娘とか流行ったね。

カンカン

これがカンカン帽なり!


映画

──希望とは最高のものだ──
ハッピーエンドで良かった。前回のウエストサイド物語は悲劇だったので・・・
アメリカの刑務所は日本と違う。図書館があり、囚人が利用できるなど自由がある。
刑務所の刑務官のひどさ。 20年前の映画だが、冤罪はどこでも起こされる。
囚人たちに音楽や本をとおして人間的な喜びに触れさせようとする主人公。
フィガロの結婚の美しい歌声が大勢の囚人たちを包むシーンが素晴らしい。
どんなに困難な状況でもあきらめないことが大切。
大きなスクリーンになったので映画に入り込んで楽しめた。
映画はいいなアと実感した。

スクリーン
雪
かぐや姫の物語

不老不死・穢れのない月の世界よりも、故郷の山里と草や花々、虫や獣、一緒に遊んだ仲間がおり、愛や苦悩に満ちた地上の生活が好きになったかぐや姫。しかし地上に残りたいという願いは叶えられず、月からお迎えが来ることに・・・。

別れを告げにきた山里で、かぐや姫は初恋の相手・捨丸と出会います。一緒にどこまでも連れていって、と乞うかぐや姫。二人が抱き合って大空を翔けながら愛を誓うシーンが美しくも切ない。

(『かぐや姫の物語』高畑勲監督作品 2013年11月公開)