愛の詩集(訳詩)

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


愛の詩集


愛の詩集


愛の詩集


<『女人』最終号>

セーヌにただようプロシャ兵どもの屍を見ながら
                            ヴィクトル・ユゴー/大島博光訳

そうだ きみらはやって来て ここに横たわる
しなやかな深い水を やわらかな枕として
きみらは愛撫され運ばれ口づけされ身をかがめる
きみらはいま 濡れて冷たい波のしとねのなか
淀んだ波のうえにすっ裸かなのはきみら北国の子らだ
この心地よい揺籃の中で きみらは青い眼を閉じる
きみらは言ったものだ「さあ 淫売婦の処へ行こう
世界のくちづけに慣れたバビロン*は そこにある
彼女は笑いさざめき 歌いはなやいでいる
そこへ行っておれたちは楽しもう おおザクセンの男たち
おおゲルマンの男たち 横眼を南へ向けよう
急げ!フランスへ!パリ あの民衆の都(まち)は
異邦人のためにおしろいをつけ めかしこんで
おれたちを腕をひらいて迎えるだろう・・・」
そしてセーヌが その寝床となった

 註* バビロン──パリを指す。黙示録のなかで、異教のローマは「バビロン、大いなる淫売婦」と呼ばれている。これをもじったもの。
 一八七一年三月一日、独仏戦争に勝ったドイツ軍(プロシャ軍)はパリに入城したが、パリは黒旗を掲げ、国民軍はバリケードをきずいた。このためドイツ軍は三月三日にパリから撤退する。そうしてパリ・コミューンが開始されるのは三月十八日である。

 わが国に 雨は降っていた
                           ブーアレム・ハルファ/大島博光訳

ヴェルレェヌよ きみの歌う雨は
灰をなめるような味がする
本のあいだに はさんだ
しおれた押し花の
すえた匂いがする

ヴェルレェヌよ わが国の雨には
おれたちの情熱の激しさがある
わが国の雨は 斜面を流れ落ちる
おれたちの胸の中の 憎しみのように
わが国の雨は 奔流となってふくれ上がる
おれたちの胸の中の 愛のように

数世紀このかた 雨は降っていた
ネマンチャの岩いわに
カスバのテラスのうえに
貧民窟の トタン屋根に
おふくろたちの やつれた頬に
餓鬼どもの そげ落ちた頬に
皺だらけに色あせたジャスミンのような
若い娘たちの頬のうえに

ヴェルレェヌよ おれは知っているのだ
なぜ おれたちの太陽の火で
彼らの涙が燃えあがったか
なぜ ネマンチャの岩のうえに
星星が またたくのか
なぜ おれたちのテラスに たちまち
白い鳩が群れ集まるか
なぜ おふくろや餓鬼どもの涙が
頬のうえで かわいたのか
なぜ 若い娘たちの頬のうえに
ジャスミンがまた 花咲いたのか

おれたち 征服されたものの
祖国を失った孤児たちの
悲しみ苦しみで肥えふとったきみに
ヴェルレェヌよ なぜか わかるか

おれたちの胸には
たくさんの愛と
たくさんの憎しみとがある
耐(こら)えに耐えた涙が あんまり流れたので
とうとう忍耐の緒も切れてしまったのだ
雨はついに 岩をおし流してしまったのだ

 ブーアレム・ハルファ──アルジェリア共産党の指導者。「ヴェルレェヌよ」という呼びかけは、「ちまたに雨の降るごとく わが心にも雨の降る」という有名なヴェルレェヌの詩を連想しつつ、呼びかけられている。

<掲載誌不詳>
別れたひと
                マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール

手紙なんか書かないで もう悲しくて消え入りたい
あなたのいない夏なんか ともしびのない夜みたい
堅く抱きしめた腕も もう あなたにはとどかない
わたしの心を叩くのは 墓石を叩くようなもの
   手紙なんか書かないで!

手紙なんか書かないで もう愛は死んでしまったの
わたしが愛していたかどうか 神さまにきいて!
あなたのいない今 あなたが愛していると聞くのは
あの昇ってゆくことのない 天国のことを聞くみたい
   手紙なんか書かないで!

もう書かないで あなたが怖い 思い出が恐ろしい
思い出のなかで あなたの声が わたしを呼ぶ
飲めもしないものに 冷めたい水を見せないで
なつかしい文字を見れば あなたの面影が浮かんでくる
   手紙なんか書かないで!

もう書かないで わたしの読みたくもない甘い言葉を
あなたの声が わたしの心にふりまいた 甘い言葉は
あなたの微笑みのなかにも 燃えているのが見えたし
くちづけが わたしの心にそれを刻みつけもした
   手紙なんか書かないで!

解説●大島博光(詩人)
「わかれたひと」には、捨てられた女の悲しさと未練とが、単純で純粋な言葉によって、めんめんと歌われています。百年以上もむかしの詩とは思われないような生なましさが感じられます。恋びとに捨てられながら、なお消えさらぬ愛と思慕の深さが、彼女にうつくしい詩を書かせた、ともいえるでしょう。あるいは、捨てられた女の孤独と緊張のなかで、なおおのれの愛に忠実であったことが、彼女を詩人にしたのです。

・・・愛のポエム──マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール
けさ あなたに薔薇を
                    マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール

けさ あなたに薔薇をあげようと思って
締めた胴着(おび)のなかに あんまりつめこんだので
堅く締めた結び目が もう耐えきれず

結び目は破れて 薔薇はこぼれ飛び散り
風に吹かれて みんな海まで飛びさり
遠く波に運ばれて 戻って来なかった

波は薔薇に染まって 赤く 燃えるよう
こよい わたしのきものは まだ匂う
さあ吸って 思い出の残り香をわたしから

解説●大島博光(詩人)
 マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール(一七八六ー一八五九)は、ルイズ・ラベとならんでフランスの生んだ偉大な女流詩人です。とくに彼女を有名にしたのは、一八三四年、リヨンの織物工たちが蜂起し、多くの労働者が虐殺されたとき、彼女が犠牲となった労働者のために怒りの声をあげたことです。彼女は弾圧者の残酷さを詩であばいて、告発したのです。しかし彼女はまた数多くの美しい愛の詩の作者です。七〇歳を越えて死ぬまで、彼女は自分を捨てた恋びとへの思慕と愛を半世紀にわたって歌いつづけたのです。しかもついに、その恋びとの名まえを明かさなかったといわれます。

・・・愛のポエム──マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール(つづく)

<掲載誌不詳>

愛の詩集」と書かれた原稿封筒に22編の訳詩が入っていました。1984年頃にまとめたものと思われます。その後に出版計画された「ひとつの愛の詞華集」と重なるものもあります。

「愛の詩集」もくじ

1)すべてを語ろう・・・エリュアール(詩誌)
2)ピカソの抱擁について・・・アラゴン(詩誌)
3)わが国に雨は降っていた・・・ブーアレム・ハルファ(詩誌)
4)明日の日・・・ロベール・デスノス(詩誌)
5)サン・マルタン街の歌・・・ロベール・デスノス(詩誌)
6)平和・・・ヤニス・リトソス(新聞 1984.2)
7)セーヌにただようプロシャ兵の死体を見ながら・・・ビクトル・ユーゴー(自筆原稿)
8)そのむかしボヘミヤに・・・アポリネール(自筆原稿)
9)ヴァレスへの追悼詩・・・ポティエ(自筆原稿)
10)くちづけに辿りつくまで・・・パブロ・ネルーダ(詩誌)
11)苦悩から苦悩へ・・・パブロ・ネルーダ(詩誌)
12)けさあなたに薔薇を・・・マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール(詩誌)
13)別れたひと・・・マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール(詩誌)
14)妻への手紙・・・ヒクメット(詩誌)
15)最初の情感・・・イヨランド・カッサン(『女人』最終号、うたごえ新聞 1979.5)
16)九月の散歩・・・イヨランド・カッサン(『女人』最終号)
17)音楽や森のように・・・パブロ・ネルーダ(詩誌、うたごえ新聞 1979.5)
18)欲望・・・イヨランド・カッサン(『女人』最終号)
19)日々のしあわせ・・・イヨランド・カッサン(『女人』最終号)
20)郷愁・・・イヨランド・カッサン(『女人』最終号)
21)涙のこぼれるかぎり・・・ルイズ・ラベ(自筆原稿)


「ひとつの愛の詞華集(アントロジー)」もくじ

1) 愛の歌・・・アポリネール
2) 恋するひとをもたぬ娘は・・・クリスティヌ・ド・ピサン
3) 涙のこぼれるかぎり・・・ ルイズ・ラベ
4) 花摘み・・・シャルル・クロ
5) わたしは昔から・・・フランシス・ジャム(P)
6) 雨が降ってくる・・・フランシス・カルコ(P)
7) いま・・・ピエール・ルヴェルディ(P)
8) 女について・・・イヨランド・カッサン
9) 昼とそれにつづく夜の歌・・・ロベール・デスノス
10) 妻への手紙・・・ナジム・ヒクメット(P)
11) しあわせな二人の恋びとたちは・・・パブロ・ネルーダ
12) おまえがおれを愛してくれた・・・ パブロ・ネルーダ
13) たとえいつか・・・パブロ・ネルーダ
14) 光り・・・ギュヴィック
15) 抱擁・・・アラゴン
16) 幸福とエルザについての散文(抄)・・・アラゴン
17) 未来の歌・・・アラゴン
18) 「捨てられた女」の詩人ヴァルモール
19)街なかで・・・マルセリーヌ・デボルド・ヴァルモール
20)女たち・・・マルセリーヌ・デボルド・ヴァルモール
21)けさ あなたに薔薇を・・・マルセリーヌ・デボルド・ヴァルモール
22)別れたひと・・・マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール
23)それをあなたはどうなされた・・・マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール
24)A・L氏へ(抄)・・・マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール
25)解説
<追加>
26)覚えているか バルバラよ・・・ジャック・プレヴェール
27)栗色の歌・・・フェデリコ・ガルシーア・ロルカ
28)ルイズ・ミッシェルを讃えるバラード・・・ポール・ヴェルレーヌ
29)鎮痛剤・・・マリー・ローランサン
30)玉ねぎの子守歌・・・ミゲル・エルナンデス
*(P)は印刷物、他は手書き原稿。

涙のこぼれるかぎり・・・
                       ルイズ・ラベ(1524-1566)
                       大島博光訳

あなたと過ごした たのしい時を惜しんで
わたしの眼から 涙のこぼれるかぎり
すすり泣きと ため息とに耐えて
少しでも わたしの声が ひとにきこえるかぎり

あなたの優しさを歌うため わたしの手が
愛する琴(リュート)に弦(いと)を張ることのできるかぎり
わたしの心が あなたを知るほかは
何もとめず 満足(みち)たりたと思うかぎり

わたしはまだ 死にたいと思わない
だが わたしの眼に流れる涙も涸れ
声もかすれ わたしの手が力なく萎(な)えて

わたしのこころが もう恋びとのしるしを
このひとの世で 示すことができぬなら
わたしの明るい生の日を 死が暗くしてくれるように

(自筆原稿)

愛のポエム─パブロ・ネルーダ(つづき)
苦悩から苦悩へと・・・

苦悩(くるしみ)から苦悩(くるしみ)へと 島から島へと 愛はゆく
涙にぬれた根をおろしながら よぎってゆく
そうしてこの 声もない むごい 心の傷手(いたで)を
だれも だれびとも避けることはできなかろう

おれたちも二人で 一生懸命 探しもとめた
もう汐も おまえの髪にさわらないような穴を
おれの過(あやま)ちで 痛みが大きくならぬような星を
胸えぐる 苦しみなしに生きられる場所を

ひろびろとした空間や 茂みにとり巻かれた世界
荒い石のごろごろとした ひと影もない荒地・・・
おれたちも おれたちの手でつくりたかった

傷つくことも苦しみもない 隠れた堅固な巣を
だが 愛はそんなものではなく 人びとが露台(バルコン)で
顔蒼ざめさせるような 気狂いじみた町だったのだ
          
         (角川書店版『ネルーダ詩集』216ページ)

解説●大島博光(詩人)
 つぎの詩は愛の苦しみを歌ったもので、前のとは矛盾するようですが、ここにこそ愛の弁証法があるといえましょう。愛にはよろこびがあると同時に、また愛の苦しみを「だれも避けること」はできないのです。愛にとって「傷つくことも苦しみもない」ような場所はどこにもないのです。しかも愛はまた狂気をも秘めたものです。だから愛も、みずからのうちの狂気、苦しみを克服してこそ、──愛と理性を統一してこそ、「透きとおった愛」をうちたてることができるのです。

<掲載誌不詳>
愛のポエム─パブロ・ネルーダ
くちづけに辿りつくまで・・・

恋びとよ くちづけに辿りつくまでのなんという長い道
おまえと一緒になるまでの さまよっていたひとりぼっち
孤独な汽車は 雨といっしょに走りつづけていた
タルタルに 春はまだ やってこなかった

恋びとよ おれたちはいま いっしょになった
頭のさきから足のさきまで 結ばれている
秋で結ばれ 水で結ばれ 腰で結ばれている
やっと おまえとおれと 二人だけになった

つまり ボロアの流れが 海にたどりつくには
たくさんの石を転がして行かねばならなかったのだ
つまり 汽車や 民族によって引き裂かれながら

おれたちは ひたむきに愛しあわねばならなかった
大地や 男たち女たち みんなと溶けあって──
大地に根づいてこそ カーネーションは育つのだ

解説●大島博光(詩人)
・・・ネルーダはすぐれた革命詩人ですが、またたくさんの愛の詩を書いています。ここにかかげた二つの十四行詩(ソネット)は、詩集『100の愛のソネット』からえらんだものです。
 はじめの詩は、ひとりぼっちで、長いこと「孤独な汽車」のようにさまよっていた若者が、いまようやく恋びとにめぐりあった、そのよろこびを歌っています。「くちづけに辿り」ついた、という表現は、愛のよろこびをずばりと直接的に捉えていて、おもしろいと思います。終わりの三行はたいへん意味深い詩句です。愛を、みんなから遠く離れた、ただ二人だけの世界に閉じこめるのではなくて、ひろい大地に、人びととの共同のたたかいのなかに、愛を根づかせねばならない、そうしてはじめて愛の花も育つ、というのです。カーネーションはいうまでもなく愛の象徴です。(つづく)

<掲載誌不詳>

 最初の情感
                       イヨランド・カッサン
                       大島博光訳

あんまりに 初心(うぶ)に
気もそぞろに
ぼおっと 遠くを見て 待っていたので
彼が ごっつい大きなからだでやって来て
彼女のわきに 坐ったとき
彼女は 怖(こわ)かった
だが彼は たくさんの贈り物をくれた
青い水平線の彼方から持ち帰った 遠い眼(まな)ざしや
初初しくて こころよい 手の温(ぬく)みや
くちびるや 身ぶるいや
そっと 掠(かす)める微笑みや・・・
それで いっきに われを忘れて
彼女は 彼を愛してしまった


 九月の散歩

わたしは 思い出す
陽(ひ)が沈むときの うす紫色の海の
あの うっとりとさせる眺めを

だんだん朽葉(くちば)色に変ってゆく 夢のような眺めを
そうして 波の 白い泡よりも
もっと優しい あなたの愛撫を
わたしは思い出す
横たえた肉体(からだ)の下の
なんとも言えぬ 熱い砂の感触を

そうして あの松の匂いと
夕焼けに映(は)えた あなたの顔を

 イヨランド・カッサンは、フランス現代の女流詩人です。
 この二つの詩は、ひとつは三人称で、もうひとつは一人称で書かれていますが、どちらも海べの愛をうたった連作です。
 まえの詩は、初めて恋びとと逢い曳きをする─おデートをする娘のういういしい情感、怖れをまじえた愛のよろこびなどが、女らしい繊細なことばで表現されています。とりわけて海の描写はないけれども、「青い水平線のかなたから持ち帰った 遠い眼ざし」という一行で、海に面したあたりのひろい空間をみごとに暗示して、詩にひろがりを与えています。
 あとの詩は、日ぐれ時の海べの「うっとりさせる眺め」と愛のよろこびを重ねあわせ、照応させた詩です。夕焼けの光に映(は)えた恋びとの顔の色が目に見えるようです。愛は、他者をとおして世界を知ることだともいわれますが、ここで詩人は、そのように世界を見つめているといえましょう。

<『うたごえ新聞』 ─世界 詩めぐり─1979.5.21 >

音楽や森のように
                         パブロ・ネルーダ

音楽や森のように なんと美女の心よいこと
瑪瑙(めのう) 布ぎれ 小麦 透きとおった桃の実が
消えやすい 彼女の像を つくり出している
彼女の涼しさは 泡立つ波のそれにも劣らない

いましがた 砂浜に 足跡を刻んだばかりの
なめらかで つややかな足を 海が洗う
いまや 女性(おんな)の炎が燃える 彼女の薔薇も
太陽と海とがせめぎあう一つの泡でしかない

ああ 冷たい汐のほか 誰もおまえには触るな
この無疵の春を 愛さえもが 壊(こわ)さぬがいい
美女よ 消えやらぬ泡を照りかえしながら

おまえの腰を 波のまにまに まかせるがいい
新しいかたちの水蓮のように 白鳥のように
永遠の水晶の上 おまえの像を漕いでゆけ
                (角川文庫『ネルーダ詩集』143ページ)

 これはチリの大詩人ネルーダの「百の愛のソネット」の一つです。
 海水浴をしている妻マチルデの姿をうたったものですが、女性の肉体がきわめて具象的に肉感的にさえ描かれています。しかし「太陽と海とがせめぎあう一つの泡でしかない」というような、キラキラと輝くばかりのイメージによって、無限の美しさを捉えています。そしてぜんたいを、健康で大らかな愛の讃歌に高めているように思います。
                          (おおしま・ひろみつ)

<『うたごえ新聞』 ─世界 詩めぐり─1979.5.21 >