奈切哲夫

ここでは、「奈切哲夫」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 
奈切哲夫奈切哲夫
奈切哲夫
奈切哲夫
奈切哲夫

『奈切哲夫詩集』は遺稿詩集として昭和42年に友人達の協力で出されました。小山田二郎が装丁、博光があとがきを書き、「さわやかな風」をかかげています。

さわやかな風
  ──わが友 奈切哲夫への挽歌
                          大島博光

奈切よ
奈切哲夫よ
こんなに ふいに
もの云わぬきみに語りかけねばならぬとは
こんなに だしぬけに
きみに別れのことばをかけねばならぬとは
いつきのうまで きみは
若わかしい精神でふるまっていた
まるで 永遠の青春をほこるかのように

病院でねているきみに
会いにゆく電車のなかで
ぼくは つぶやいたものだ
奈切よ 生きてくれ 生きてくれ
この地上に生きているかぎりは
どこへでも会いにゆくことができる
どんな遠いところへでも
きみを訪ねてゆくことができる

いまはもう それができない
新宿の街角で 西荻の駅前のあたりで
ひょっこりときみに出会って
酒をくみかわすこともできない

もう きみといっしょに
深夜の善福池のほとりへ
さまよい歩いてゆくこともできない

これからはもう 思い出のなかのきみに
会うしかない

「お-い」と 右手をかざしながら
きみはいつもさっそうとやってきた
澄んでやさしいきみの眼がそこにやってくる

きみのひろい額がそこにやってくる
すると そこにはもう
さわやかな風がそよぐのであった
詩のようなもの 音楽のようなものがただようのだった

詩をかくひとは多い
しかし その人間そのもの その存在そのもので
詩人であるような詩人はまれなのだ

凍てつく冬のなかで
きみは ぼくらを温めてくれる火であった
くらやみと まよいのなかでは
きみは いつも
人間であることの誇りを高くかかげて
ぼくらをささえ はげましてくれた

美への崇拝と 底ぬけの善意と
優雅さと 誠実さと
ひょうひょうとした自由さと 節度と
めざめていて 狂えるということ
このふしぎな均勢をもった精神
その高みからこそ
あのさわやかな風は吹いてきた
そうしてそれこそ
醜悪と俗悪とが支配しているこの世界で
きみがかちとった一つの勝利のしるしにほかならない

きみは 思い出のなかでも
あのさわやかな風で
ぼくらをつつんでくれるだろう
そうして いつまでも
生きてたたかう希望を
ぼくらに吹きこんでくれるだろう
奈切よ さわやかな風よ
では静かにやすんでくれ

(『奈切哲夫詩集』 1965.8)

奈切哲夫

奈切哲夫さんは博光の無二の親友でした。しょっちゅう博光の家を訪れて二人で囲碁をしていました。温厚な紳士で、特に声が魅力的でした。聞く人の心を和ませるような穏やかな低い声でした。1965年に急に亡くなったとき、博光は相当つらかったと思います。「さわやかな風─わが友奈切哲夫への挽歌」で「きみのひろい額がそこにやってくる/するとそこにはもう/さわやかな風がそよぐのであった/詩のようなもの 音楽のようなものがただようのだった」「その人間そのもの その存在そのもので/詩人であるような詩人」だったと書いています。


昭和27年、奈切哲夫が「大島博光救援会」をつくって呼びかけ、詩人たちが募金に応じていたことがわかりました。現金書留などの封筒が保存されていました。
この年5月、博光は肺結核のため胸郭成形手術を受け、長男朋光も小児結核で長期入院となり、桃子を妊娠していた静江は看病と出産準備のため花屋ができなくなり「病気と貧乏のどん底」*に。みかねた奈切が発起人となって始めたようです。
一口50円で、200~500円が多いなかで西條八十は破格、手紙には「とりあへず参千円小為替でお送り申し上げます」。小山清茂(作曲家)、長谷川健(松代出身・早稲田の後輩)は古い友人、『角笛』や『新領土』の同人もいますが、関係がわからない方もたくさんいます。
博光の口から聞いたことはありませんでしたが、大変ありがたいことだったのは間違いありません。

救援会


<募金者リスト>(封筒・手紙より)
安藤一郎 東京都港区芝高輪
井上栄志乃 東京都杉並区下高井戸・・・『角笛』同人
木村茂雄 函館市湯浜町
駒澤真澄 長野県埴科郡寺尾村
小山清茂 東京都北多摩郡久留米村
西條八十 東京都世田谷区成城町
斎藤磯雄 東京都杉並区高円寺
坂井徳三 東京都板橋区前野・・・篠原病院宛
佐藤和夫 栃木県小川町
佐藤さち子 船橋市宮本町
杉浦伊作 浦和市
田中久介
田村正也 東京都三鷹市上連雀・・・『角笛』同人
土屋二三男 東京都中野区野方
中島睦行 長野県更級郡青木島村
中野嘉一 三重県松阪市殿町
野田真吉 東京都杉並区成宗
長谷川健 長野県松代町
福永英二 鎌倉市浄明寺
真壁仁 山形市宮町
益子和夫 東京都新宿区歌舞伎町
松永伍一 福岡県三潴郡
松本隆晴 長野県上田市丸掘・・・『新領土』同人
向井孝 姫路市亀山
村野四郎 東京都文京区林町・・・『新領土』同人
山口真 大阪市東住吉区
吉岡憲 東京都新宿区上落合
由谷卓 姫路市網手区

拝復 大島博光氏のご病気まったく御気の毒の至りに存じます。わたしも十年前からの闘病生活、もう五年も職から離れてゐるので、こころざしと金銭とは甚だかけ離れてゐてきまりが悪いが貧者の一灯として、同封百円お納め下さい。 ・・・大島氏にもげんかくな療養生活が望めたらお願いしたいと思います。将来のために。それから長男の方は、誰か是非世話して東京都下清瀬の小児結核療養所に入れてあげて下さい。経費は国又は都負担で出来る筈です。一年もはいっていれば完全に丈夫になれますから。
昭和二十七年七月二日
大島博光救援会発起人殿

   ◇   ◇   ◇
*・・・
 わたしの病気と貧乏のどん底のなかでも
 きみは敢然と立ち向かって くじけなかった
 ひまわりのように きみはいつも輝いていた
 たたかって生きる希望に 生きるよろこびに

 黒を憎み くらやみに組することを拒み  
 絶望を拒否したきみは 楽天主義の模範だった
 きみのおかげで わたしは愛を信じることができた
 きみのおかげで わたしは人間を信じることができた
 ・・・
          (「妻静江を送る」