わたしのそねっと

ここでは、「わたしのそねっと」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


  春の朝こそすがすがしい

おまえはひたむきに眼をひらいていた
望みも思い出も焼かれた日々にも
わたしが影と雲とをみるところに
おまえは ひかりと青空をみていた

わたしが疲れ くずれおちるときに
おまえは かろやかに立ち上っていた
そうしてわたしがよろこぶときには
おまえは その二倍もよろこんだ

それはおまえだった 愛のたしかさで
わたしの涸れた河床を 流れに変え
生きるちからを与えてくれたのは
そうしておまえは あかしてくれた
孤独なふくろうの鳴く夜よりも
春の朝こそ すがすがしいのだということを


  わたしの三つのつぼみたち

そうだ なによりも春の朝こそすがすがしい
それには 雲雀のこえこそふさわしい
おまえは ぬくい手で はぎとってくれた
わたしの背なかから ながい孤独の夜を

影ばかりをまさぐっていたわたしの手にも
いま頭を撫でてやる 三歳のむすめがある
紅いはさみをかざしたえびがにをぶらさげて
こがらしのなかを帰ってくる ふたりの息子がある

おお きみたち わたしの三つのつぼみたち
眼にみえる 小さな三つの未来 きみたち
わたしはもう うしろへはふり向けないのだ

きみたちといっしょに ただ前のほうへ
未来のほうへ わたしは眼を向けるばかりだ
きみたちのうえに 春がやってくるように


  わたしはさがしもとめた

燃えずにくすぶる 生木のように
わたしはながいこと探しもとめた
わたしを燃えあがらせてくれる火を
くらやみのなかに 手さぐりに

眼をひらいたままのそこひの眠り
わたしはながいこと探しもとめた
わたしの闇を照らしてくれる光りを
ほんとうの生き方がどこにあるかを

わたしもさまよい疲れたもののひとり
だが ふかい沼に降りたった水鳥にこそ
空のたかみはさらに青かろう

わたしもうちひしがれたもののひとり
だが くらやみをくぐりぬけたものにこそ
太陽のひかりはさらにまぶしかろう


  そこひの眼をひらいて見れば

そこひの眼を ひらいてみれば
かすみのかかった 遠いむかしから
火はもう 血のいろに燃えていた
納屋に残った わらくずのなか

あくせくのはたらき 汗のとりいれを
かすめとられた 胸ぐらのなかから
火は藁屋根のしたを這い あぜ道をぬけ
沼のへりを森から森へ燃えひろがり

峠を斜めに登ってゆくひとつらなり
むしろ旗 竹槍 鍬の穂さきに燃えたち
火は 鬼火のように燃えつづけていた

さかはりつけにされ さらし首にされても
百千の宗五郎たち 茂左衝門たちがいた
そうしてそれこそわたしの祖父たちだった


  わたしは見た

わたしは見た もう火は燃えていた
はがねをもった 新しいひとたちの
油まみれ 汗まみれの仕事着のなか
風に唸りをあげる電柱に 線路わきに

火は怒りのいろに燃えひろがっていた
船と網が朽ちてゆく砂丘のうえにも
黒く焼き焦がされた白樺の林にも
そうして杭をぶちこまれた麦畑のなかに

苦しみの糸 憎しみの糸をひとすじずつ
つなぎつむいでゆく おとめたちの胸に
にこよんのおばさんたちのとがった眼に

そうして世界はもうひっくりかえっていた
ボルガの岸べ 揚子江のほとりに
火はもう 天を焼きこがしていた


  ひかりは射していた

わたしは見た ひかりは射していた
遠いむかしから ひかりは射していた
くらやみのなか からくりのなかから
真実を見ぬいていた ひとたちがいた

そうして 世のなかを変える方法を
みつけだした 偉大なひとたちがいた
その方法で あたらしい世のなかを
もうつくりだしている 国ぐにがあった

みんなのみじめな暮しや つらい労働を
すべてのひとの しあわせに変えようと
こころのすさみ おびえ おののきを
やさしさと 誇らしさに変えようと
希望にみちあふれた ひとたちがいた


 もしもわたしが詩人なら

わたしは見た 火は燃えていた
ふく風に吹きちざられようと
犬どもが灰のなかまでひっかきまわし
うもれた火種をはじくりだそうと

火はおくぶかいところで燃えていた
自由ということば 真実ということばが
めざめ息吹いているところどころにも
牢獄のなか 時計塔のかげ 地の底にも

たくさんのひとたちの ひとみのなかに
燃えつづけ 燃えうつってゆく火が
どうしてわたしの眼にうつらずにいよう

ひとびとの胸の火を 照りかえして
火をつくりだすものこそ詩人なら
そうしてもしもわたしが詩人なら

(復刊「新領土」1957年)

 しわがれ声で叫んだむかしのうた
   ──みじめのうた

ひび割れた夜の鏡のなかに
わたしは見た みじめな骨を
みじめな骨には顔がない
ふじめな骨には眼がない

しかもそれは語っている
しかもそれは見つめている
枯れた樹よ 乾いた谷間よ
涸れた泉よ かわいた空よ

みじめな骨には口がない
みじめな骨には耳がない
しかも それは聴いている

しかも それは歌っている
樹液よめぐれ 雨よ降れ
河よ流れよ 泉よ湧け

 麦笛のような
     ──小山田輝彦のために

かれはどしゃぶりの雨のなかをやってきた
ぼーる紙の三角帽子をかむってびしょぬれで
とるこま-ちを歌い ほお下駄を鳴らしながら
かれは百合の花をかざしかざしやってきた

かれは傘をかぶせてきたのだ 山羊のような眼をして
道ばたで雨にうたれていた子どもたちのうえに
百合の花から出てきた紙きれにわたしは読んだ
──子どもたちよ あしたは天気になるだろう

かれは身もかるがると並木の銀杏に登って行った
遠い光りでも見えやしないかと探すかのように
わたしたちは下から叫んだ──もう降りてくるなよ

ほんとうにかれはもうわたしたちの所へ降りて来なかった
わたしは書いておこう どしゃ降りの暗い夜にも
麦笛のようなうつくしい若ものがいた かれは狂ってしまったと

 悪夢
   デンマークには何か腐ったものがある──『ハムレット』

無蓋貨車はやみくもにつっ走っていた
つきまとう大きな影に追われるように
くらやみをばらまきながらくらやみに向って
ひとびとは目白おしに そこにならんでいた

足は組んだままに紫いろに腐れかけていた
腰かけたままに どくろがからからと笑った
笑うたびに 黄いろいうみが飛び散った
わたしも その恐怖のなかに坐っていた

逃げだそうにも 身じろぎ一つできなかった
わたしはだんだんことばを失って行った
無蓋貨車はやみくもにつっ走っていた

だがわたしは見ぬくことができなかった
その無蓋貨車について 戦争について
無蓋貨車をあやつっていた黒い手について

 わたしは愛をも

わたしは 愛をもあざわらっていた
愛のちからと深みをも知らずに
孤独のなかに みずからを汚しながら
こころの底で 愛に飢えながら

風のように行きずりに会った
やさしいまなざし 頬のくれない
だが ひとを傷つけ おのれを傷つけ
わたしの青春は砂地に落ちた匕首だった

わたしもまたつめたいなるしすだった
ひとをも生かし われをも生かす
ぬくいてのひらを わたしは知らなかった

そうして ながいさまよいのはてに
わたしはひとりの女にめぐり会った
燈火管制のくらいくらい街のなかで

 わたしはひとりの女にめぐり会った

そうして ながいさまよいのはてに
わたしはひとりの女にめぐり会った
焼夷弾のしたをくぐりぬけてきた
沈丁花のはなの そのかおりのように

すがれた二月の野のかげろうのように
それはおまえだった 愛するものよ
ゆがんだわたしのこころをふるわせ
わたしをよみがえらせてくれたのは

絃のすりきれたバイオリンのような
わたしの破れた胸をかき鳴らして
人間のうたを思い出させてくれたのは

愛はめくらだというのはうそなのだ
明日をも知らない めくらの日々にも
おまえはひたむきに眼をひらいていたのだから

わたしのそねっと(1)

 はたち

わたしは暗い眼をしたはたちだった
わたしは槍ケ岳のひがしの肩にいた
そりとったような尾根のしたのめくるめきを
盆栽のように小さな谷底の松と雪

このふかい谷底の万年雪に埋まって
こんこんと眠ってしまったらなあ                      
氷漬けの鮭かぶりのようになあ──
おお 若ものの暗い迷い 暗い時代よ

たしかにひとりのわたしは死んでいた
生きることに何んの意味があろう
行く道はどこにも見えやしない

這松のなかの雷鳥の無邪気さ
天幕のすきまの星のまたたきの青さ
わたしのリュックは岩にひっかかった

 わたしはちいさな小屋に

わたしはちいさな小屋につながれた牡牛だった
投げこまれる秣は日ごとにすくなかった
働こうにもわたしの働く畑はどこにもなかった
わたしは敷藁によこたわってなまつばを噛んでいた

めやにのついた濁った眼でわたしは夢みた
どこかに青草が風にゆれる牧場があるだろう
すこやかな牝牛たちのむらがる水飼場があるだろう
わたしは思い出したように角をふりたててみた

雲あしの早い嵐模様の空のした ひろい野っ原を
大胆に角ふりたてて駈けてゆく仲間たちもいた
かれらはもう牧場のありかを知ってるらしかった

だがわたしには勇気とちからが欠けていた
じぶんの角で横木の丸太をはねのけるだけの
石ころ道いばら道を駈けぬけてゆくだけの

 わたしは想いえがいた

そうしてわたしは想いえがいた
青い波ばかりがよせる岬の突端
燈台のうえにでもひとり住んだら
かもめのような自由があるだろう

わたしはまた想ってもみた
砂漠へ逃げたランボオのように
この島ぐにから抜けでて行ったら
さわやかな風が吹いてるだろう

そうだ わたしは知らなかった
つばさの傷ついた小鳥のように
ただ遠い空を夢みることしか

そうだ わたしは夢みなかった
わたしのくるしみくらやみから
ただ抜けだし逃げだすことしか

 わたしは酒にひたっていた

そうしてわたしは酒にひたっていた
よるもひるも酔いしれつづけ
狂気のはてには靴を杯にかえて
しびれのなかに救いはないかと

そうしてわたしはさまよっていた
新宿うらの路地から路地へ
夜空にちらつく電光ニュースが
何をまたたいていたのかも知らず

だが靴でさけをあふろうとも
くねった道をさまよおうとも
ふかい渇きはいやされなかった
ただ道化のなかにひらいたのは
底なし井戸のうつろさばかり
眼は荒涼とあれはてるばかり

 きみたちもまた
    ──楠田一郎と永田助太郎への挽歌

そうだ きみたちもまたさけにひたっていた
おお むかしの仲間たち楠田一郎よ永田助太郎よ
きみたちもわたしもわずかに歌いくるっていた
まっ黒い遮光幕のはりめぐらされた部屋のなかで

「黒い歌」を おどけた「愛の歌」「夜の歌」を
だがきみたちもわたしもほとんど気がつかなかった
あのまっ黒い幕が内から洩れる灯りを遮るばかりか
外から射しこむ光りをこそさえぎっていたのに

きみたちはあんまりあふったので死んでしまった
飲んでも飲んでも渇いたままに死んでしまった
おお きみたちはすこしばかり早く死にすぎた

だからきみたちはいまものどをうるおそうと
土のなかで飲みつづけあふりつづけているだろう
土のしたをさまよい歌い歩いているだろう

 まっ黒い遮光幕・・・

まっ黒い遮光幕をめぐらした窓のそと
きこえてくるのは長靴の音 軍刀の音
兵士たちを送るうつろな楽隊と歌ごえと
そうしてまやかしの号外の鈴の音

そうしてわたしの仲間も ひとりまたひとり
軍用列車に吸いこまれて運ばれて行った
若ものたちが血を流し 呻くところへ
けだもののように殺し殺されるところへ

肩から斜めにかけた白だすきのした
胸をこみあげてくる叫びをころして
愛するひとたちの写頁を抱いて

あとには若妻やおふくろが立っていた
蒼ざめた額を重く重くうなだれて
太陽をうばいとられたひまわりのように

(復刊「新領土」1957年)