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お知らせ

ここでは、「お知らせ」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


岩崎
「母たちの手〜1955年9月4日」を観て 
                                竹松恵里

 6歳の幼女が殺害されてゴミ箱に捨てられる・・・。何とも陰惨で酸鼻な事件だ。残念ながらこうした事件は過去にも現代にも起こっている。沖縄だけでなく、日本のどこでも。しかし、それが沖縄において理不尽なのは、事件の数が多いことと、何よりも、犯人が正しく裁かれないことにあるだろう。沖縄以外の地域であったら、犯人が米兵でなかったら、それは許されるだろうか。なぜ、少女は殺されたのか。なぜ犯人は放置されるのか。なぜ、地上戦は沖縄でしか行われなかったのか。なぜ、沖縄だけにあの膨大な基地があるのか。日本中が沖縄に押しつけてきた数々の理不尽を、改めて目の前に突き出されるような舞台だった。沖縄の基地の前で座り込みを続けている90歳の女性の言葉、─「そんなに大切な基地なら、日本中みんなで分け合いましょうよ」─が耳の中によみがえった。母たちの手を、大切なものを守れる手にしなくてはならない。私たちの力で。

竹松

台風19号による千曲川の氾濫、浸水が長野市内で広がり、大きな被害が出ています。当記念館の被害についてお問い合わせの連絡を頂いていますが、記念館、レストランはなやとも被害はありません。ご心配いただきありがとうございます。
10月19日(土)に予定しております一人舞台「母たちの手」も予定通り開演します。よろしくお願いいたします。

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3)ルゴフスコイ、チーホノフ、セリビインスキイ

 建設時代の詩の傑作の一つにかぞえられている「荒野と春のボリシェビイキーに」を書いたルゴフスコイも特異な詩人である。彼はマヤコフスキイの流れをくんだインテリゲンチャ詩人なのだが、この数年来、はっきりとした社会主義人としてあらわれ、いま述べた「荒野と春のボリシェビイキーに」とか、大きな歴史的背景をもった叙事詩「ダンガラ」とか、「ヨーロッパ」とかいうような、すぐれた作品をかいている。だが同時に一方では、哲学的な主題をあつかった無韻詩「生活」などをだした、ソビェートの詩壇に大きな問題を提供している。
 そのほかに、最近の時代で問題になる作品としてはチーホノフの「ユルガ」、セリビインスキイの「利口な白熊」、スベエトロフの「手におえない地方」、デメンチエフの「母」、ゲーセワの「栄光」等があげられる。
 チーホノフは、いわゆるレニングラード派のリーダーで、一時詩作をやめて小説をかいていたが、近頃ではまた詩の方にかえってきたようである。セリビインスキイは、はじめ構成主義者として出發した、天才的な詩人だ。彼の「ウリヤラエッチナ」という作品は、いろんな点から非常に有名で、初期のソビェート詩の傑作の一つにかぞえられている。最近彼はスターリンを主人公にした大がかりな叙事詩をかいて、ソビェート詩壇全体から非常な賞讃をあびせられた。

 社会主義建設の時代に人つてからのソビェート詩にあらわれた著しい傾向は、歴史的な背景をもった大規模の叙事詩の製作である。いま上にあげたルゴフスコイの「ダンガラ」やセリビインスキイの「スターリン」もこのなかに数えられているのであるが、代表的なものとしてキルサノフの「カール・マルクス」と「黄金時代」とをあげなければならない。それからボーランドの詩人スタンデの「スターリン」もやはりここに入る。このような傾向は、一言をもっていえば、時代が大きくうごいている時に、その時代の大きな主題、大きな内容を全面的に描きだそうとする要求と合致したものだ。とにかく、こういった大規模な史詩、叙事詩への傾向は、詩人たちの創作力が非常に昂揚していることを証明しているものである。そしてこの傾向は、さらに一步すすんで、劇詩への要望となってきている。
(つづく)
『歌ごえ』3号 昭和23年6月)

木


ソヴェートの詩

         四

 社会主義建設の時代に入る。第一次及び第二次の五ヶ年計画は、ソビェート聯邦の完全な工業化と農村の百パーセントの集団化をめざして、猛烈なテンポで進んだ。それとともに、文化の飛躍的な向上がもたらされた。
 この時代になると、文学に課せられた任務も非常に大きくなってきた。文学者は「人間の精神の技師」とよばれた。人間の意識における資本主義残渣の完全な克服ということが、社会主義建設における最も重要な課題の一つとなった。この大衆の社会主義的再教育の仕事に、文学は全力をもってあたらねばならないのであった。政府や党は文学の方面にたいして、深い注意を払うようになった。
 これまでは、どちらかと云えば同伴者的な作家がソビェート文学の主流をなしていた傾きがあったが、今やプロレタリヤ文学が完全に指導的な立場を占めるようになった。それと共に一方では、同伴作家たちのソビェート政府側への決定的な移行が見られた。もはやプロレタリヤ作家と同伴者作家とを区別することは無意味になってきた。一九三一年の四月の決議によって、獨自のプロレタリヤ作家の団体の狭くるしい枠はうちやぶられた。
 工業建設と農村の集団化とが、ソビェート文学の基本的な主題となった。そしてそれらの主題を正しく、生き生きと描きだすために作家たちはどんどん実際の建設事業に参加してゆくようになった。ショーロホフやペンフョーロフは農村のコルホーズ運動にたずさわり、グラトコフやペズイミョンスキーやシャギニヤンは、工業建設の実際の場面に入っていった。──もちろん、これは小説の方面だけの現象ではない、詩の領域にも共通した事柄なのである。
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 ペズイミョンスキーは社会主義建設の時代にはいって、いよいよその真価を発揮してきたといえる。
 ペズイミョンスキーが處女詩集「十月の朝映」をだしたのは一九二〇年であった。その時代の彼の詩には「鍛冶屋派」的な傾向がつよくあらわれていた。けれど新經濟政策の時代にはいるとともに、彼の詩の性質もがらりとかわってきた。リアリズムの道をとったのである。星の世界を歌うことをやめて、この地上の世界の日常の生活を,日日の闘争を歌うことを主張したのだ。この点については、前に述べておいた。この時代の彼の代表的な作品は、コムソモールの男女の生活を歌った有名な叙事詩「コムソモリヤ」である。
 .社会主義建設の時代にはいると、ペズイミョンスキーはまっさきに、その時代の新しい課題にたいして、文学をもって答えたのであった。一九二九年に彼は詩劇「発射」をかいた。これは社会主義的競爭と突擊隊の問題を主題としたもので、同時に政治部面における右翼的偏向や官僚主義との闘争というような重要な問題もとりあげている。このような主題を文学の上に意識的にとりあげたのは、ペズイミョンスキーがはじめてであったといわれている。
 彼は五ヶ年計画に積極的に参加してゆき、その建設のために詩人としての全能力をつくした。この時代の彼の作品は、殆どすべて社会主義建設の主題にささげられ、第一次五ヶ年計画を歌った詩は全部で二万行以上に達しているということだ。
 五ヶ年計量にかんする詩の中でもっとも代表的なものは、ドニエプロストロイを歌った傑作「悲劇の夜」である。この叙事詩は二部に分れていて、第一部では、新しい世界の建設のまえに滅亡してゆく古い世界の代表者である國粋主義者プロフェッサーの悲劇が描かれている。第二部では、生産競争においてアメリカの技師に敗北した機械工トカレフの嫉妬の悲劇が描かれているのだが、これはもう全く新しい性質の悲劇である。從來の悲劇とは異って、明るい結果を約束する悲劇なのである。
 それ以後、最近に至るまでに、彼はさらに「愛」、「社会主義都市」、「政治部長の夜」等の大作を發表しているが、その中で最後の「政治部長の夜」が一番問題になっている。これはコルホーズにおける政治部の活動を歌った最初の詩といっていい。コルホーズを歌った詩が非常に貧弱であるというような關係からも、この詩は特に重要視された。ここでは、政治部長の夜の瞑想のブリズムをとおして、コルホーズ運動と社会主義建設全般との複雑な連関が、鮮やかに歌いだされているのだ。
(つづく)

(『歌ごえ』3号 昭和23年6月)

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コンサート


アルピジェラポスター


現在開催中です。
バラまつり
チリの夜明け 戦前の人民戦線から

<人民戦線政府の樹立(一九三八年)>

(1)10万人の「飢餓大集会」── 1919年


 以上のような状況の中でチリ人民は長い間労働者階級を中心にして、帝国主義とこれに従属する大資本家、大地主にたいしてたたかってきました。このチリ人民のたたかいは、さまざまな形態をもちつつも、つねに統一と団結 = 統一戦線を追求するなかで行なわれ、一九七〇年十一月三日の人民連合政府の成立は、文字どおりチリ人民の統一戦線を土台として獲得できたものでした。そこでまずはじめに、人民連合政府が成立するまでのチリ人民のたたかいの歴史を簡単にふりかえってみましょう。
 チリでは、ラテン・アメリカ諸国のなかでも、早い時期から労働者階級が成長しはじめました。その中心地となったのは北部の鉱山地帯です。彼らはすでに一八九〇年、最初の全国的ゼネストをたたかいました。その前一八八七年、労働者の要求を一部とり入れた民主党が結成されています。この党は右のような人民のたたかいを反映して、党内に社会主義的なグルーブを生みだし、その指導者となったのがのちの共産党の創立者ルイス・エミリオ・レカバレンです。一九〇六年にはこのグルーブは社会民主党を結成、第二インタナショナルに加盟しました。そしてこの年早くも、レカバレンは鉱山労働者を中心とする勤労人民の代表として国会議員になっています。社会民主党はさらに、一九〇九年から社会主義労働者党(POS)として活動を展開しました。レカバレンに指導されたチリの勤労人民は活発なたたかいをつづけ、ついに一九二一年チリ共産党を結成し、第三インタナショナル(コミンテルン)に加盟したのです。
 人民のたたかいの発展を前にしたチリの支配階級は、一九〇八年、階級協調的な組合としてチリ労働者大連盟(GFOCH)をつくり、戦闘的な労働者の活動をおさえようとしました。しかし、労働者たちはこの組合を内部から変革して、一九一七年「労働者階級と大多数の人民の真の自由をかちとるために資本主義体制を廃止する」という目標をかかげた、戦闘的なチリ労働者連盟(FOCH)を成立させました。
 こうして、社会主義労働者党(POS)の成長と革命的労働組合運動の成立は、チリ人民のたたかいを大いに前進させました。一九一九年八月には、FOCHをはじめとする大衆組織やPOSなどの政党の参加する「全国食種供給労働者協会」が、サンチアゴで10万人もの大衆を結集して「飢餓集会」を成功させています。
(つづく)

挿絵

(チリ人民連帯日本委員会パンフレット「アジェンデは死なず」)


和夫


<長野詩人会議「大野英子さんのお話を聞く会」(2018年10月31日 千曲市)田辺修さんテープ起こし 5/10回>

小鳥


迎春

ちらし

高橋正明さんは常任としてチリ連帯運動に参加、たびたび軍政下のチリを訪れて現地の情勢を日本に伝えて連帯運動に貢献しました。また女性たちと連携をつくり、彼女たちにアルピジェラ制作を依頼し、多数の作品を日本に輸入して広める活動をしました。

酒井朋子さんは日本におけるアルピジェラ研究の第一人者。ロベルタ・バチチさん(北アイルランド在住)と協力して日本でアルピジェラを広めるために活動、昨年は実行委員会を組織して仙台、京都、長崎で展覧会を開きました。

tirasi


岩<崎信子 朗読の会のお知らせ>