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お知らせ

ここでは、「お知らせ」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。





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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

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ネルーダ、アルベルティ、セルヌーダら 1935年、マドリードにて




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スライドショーをつくりました。

表紙

『樹木と果実』の最終号(1957年9月号)に編集責任者だった西杉夫が書いています。
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 ことしの「樹木と果実」                   西杉夫

 去年のおわりごろは、「樹木と果実」の編集責任者は吉塚動治であったが、生活上の問題もあって事務所の五味書店にあまりきていなかった。たまたま中村温がきて通信の処理をやったりしていた。そのころわたしが科学新興社に移ってきたので(五味書店といっても、この科学新興社の中にデスクを一つかりていただけである。)、わたしに編集責任者をやったらという話が出て、編集会議でそうきまった。もっともわたしはほとんどの時間を科学新興社の方に注がねばならないから、とても一切の仕事は出来ず、編集部員が分担してやっていくことになった。五味書店から人件費の出る見込みは全くない状態になっていたのである。さらに今までの形での発行は印刷屋の払いもたまっていて、とてもむずかしかった。どうしてこういうことになったかということは前の文章でしろ・かずとが具体的にかいているが、(わたしは去年はほとんどタッチしていなかった。)やはりどういう雑誌にしていくのかが十分明確にされていなかったこと、さらにそれにかんれんして態勢のととのわないまま活版月刊四八頁にしたことだとおもう。経営的なことだけをいっても、よほどの努力と熟練がないかぎり、今日の出版界で商業雑誌を維持できるなんてことはありえない。
 わたしたちは五味書店主とはなしあい、活版ではとても無理なので、体裁はわるくなるがタイプでつずけることにした。この場合内容は詩サークルで論議されている詩の問題を集中的に(具体的にいえば特集の形で)あつかい、それをサークルの詩をもっとよいものにしていく方向であきらかにしようということだった。素朴リアリズムや詩の難解性を特集したのはそういう意味である。同時に詩も、サークルのものにかぎらずなるべく多くのせようとした。詩サークルというものを中心的にはかんがえたが、そこだけに限定することは、詩を問題にする以上できないわけである。
 編集部は若干の変動はあったが、五・六月合併号まで出してきた。タイブにすると、取次店にはほとんど出ず、したがって売行きは落ちたが、毎号の赤字は活版の時より少くなった。しかし赤字は赤字でこれが重なって発行できない状態になってしまった。全く専任者がおらず(それをおくことができず)、一週間に一度、しかも夜に編集部員が集るという態勢しかくめなかったことが、こういううすいタイプの雑誌も出せなくなった直接の原因だが、やはり詩サークルを対象にした雑誌のむつかしさが根本にはあるのである。さらにその底には戦後の文学運助の本質的な欠陥(それは政治的なあやまりと結びついている)をこの時期におけるわたしたちもまたつきぬけることができなかったことが横たわっている。
 以上がことしに入ってからの「樹木と果実」についての事務的な報告だが、さいごにアンソロジーについてふれておきたい。はじめにかいたように満足なひきつぎなしにわたしが編集をやることになったのだが、「樹木と果実」詩選集第二集の参加費をすでに数サークルからうけとっていることがやがてわかった。これは一時編集責任者だった増岡敏和がほかの編集部員には十分相談せずに進めてきたもので、しかも別会計にしなかったため、これの費用が全くなくなっていることもわかった。ひきつぎ方も軽卒だったわけだが、わたしたち新編集部はこの金はすぐに返すべきであるときめて、五味書店と話しあい、五味書店もそれに同意したが、しかしまだ解決していない。こんごの財政処理はもちろん五味書店がおこない、これについても責任をもっているが、編集部に財政的には全く権限がなかったとはいえ、このほか前納金のこともふくめて、いや金のことだけでなく熱心な読者にご迷惑をおかけしたことをおわびしたい。

(『樹木と果実』 1957年9月号)

ブルーベリー


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11年ぶりに船橋のうたごえ喫茶「ゴリ」に来ました。前回は津賀幸子さんご夫妻にお会いしました。
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店長のゴリさんがなくなられて一旦閉店した店を山中秀子さんが新オーナーとなって再スタートさせました。
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毎月第1水曜日はロシア民謡の日。懐かしいロシア民謡をたっぷり歌いました。
アムール河の波、川岸のベンチで、収穫の歌、ロシア、
バルカンの星の下に、囚人の歌、スリコ等々を素晴らしく力強い歌声で。
「ペトルスとマルーシャ」ぼんやりと記憶に残っているメロディーが心に沁みました。
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山嵜早苗さんの油絵がずらりと飾られていました。熱心にゴリを支援している山嵜さんが企画したチャリティ絵画展です。
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学生時代に千葉大で一緒だった山嵜さん。画家としての創作活動はじめ、
有明芸術短大の講師や千葉大のセツルメント運動史の編集・出版などパワフルに活動しています。
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楽しいうたごえ喫茶ありがとうございました。
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いつも大島博光記念館の活動にご理解とご協力・ご支援を賜り、ありがとうございます。
このたびコロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が全都道府県で解除されたことを受け、大島博光記念館の営業を下記の通り再開させていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
            記

■ 営業再開(展示) 6月3日(水)午前10時

■ アルピジェラ展覧会は7月1日(水)から開催します

■ 7月開催予定のヴァイオリンコンサートは延期します

■ レストランはなやも6月3日(水)から営業再開します

■ 映画会(第2土曜日)は開催し、うたごえ喫茶はしばらく中止します

2020年5月30日
                          大島博光記念館  館長 大島朋光 

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鉄路の闘い


いつもご支援いただきありがとうございます。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続く状況をふまえて、
4月18日(土)から5月6日(水)まで休館とさせていただきます。
4月26日に予定していました飯島春光さんの講演会は延期します。
5月1日からのアルピジェラ展覧会も延期します。
よろしくお願い申し上げます。
                         大島博光記念館

桜




ロビンソン物語



(新日本文学会編『新日本詩集』一九四八年版)

海






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*松本隆晴を夜の詩人と読んでいた博光<松本隆晴詩集 解説(4)>だが、不眠の同胞で不死の詩人でもあった。

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玉木


貶められている民主主義を光輝かせ、平和憲法を守り、自由な文化・芸術の発展を目指して手を携えていきたいと念じています。
本年もよろしくお願いいたします。

ノーの勝利
アルピジェラ「ノーの勝利」 メルセデス コントレラス作 1990年頃
‘Triumph of No’ by Mercedes Contreras Reyos

「このアルピジェラは、私たちチリ人にとって大きな喜びとなった『NOの勝利』を描いたものです。『NOの闘い』に勝ったことで、誰もが長く待ち望んでいた民主主義が訪れました」

1988年10月5日、ピノチェト大統領信任の国民投票で約56%が反対票を投じ、チリ人民は選挙で軍事政権を倒すことに成功しました。

大島博光記念館がオープンしてから11年にわたり事務局長を務めてきた小林園子さんが健康問題のため退任します。
後任は玉木信子さんで、このⅠ年、事務局次長として地域の平和と文化のセンターを守り発展させようと奮闘してきました。
2019年12月29日の記念館運営委員会で承認されました。
来年1月から新体制となりますので、よろしくお願いいたします。

玉木
小林園子さん(左)と玉木信子さん(右)