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<title>大島博光記念館</title>
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<title>静江さんの行動力は大したものだよ</title>
<description> 静江さんの行動力は大したものだよ　逡巡が無いし懐疑的なところが無いんだからこっちはやる前から否定的なことを考えて　どうしようかと思うけれど　彼女は悪いほうには考えない　子どもたちが結核になった時もすぐ病院へ連れて行ったよ　ほんとにその性質には助けられたよ終戦の日？　軍需工場に行っていたんだよ　そうでないと徴用されるから炭坑におくられちゃうから　戦争が終わったって聞いて　よかったぁと思ってもうその日
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<![CDATA[ 静江さんの行動力は大したものだよ　逡巡が無いし懐疑的なところが無いんだから<br />こっちはやる前から否定的なことを考えて　どうしようかと思うけれど　彼女は悪いほうには考えない　子どもたちが結核になった時もすぐ病院へ連れて行ったよ　ほんとにその性質には助けられたよ<br /><br />終戦の日？　軍需工場に行っていたんだよ　そうでないと徴用されるから<br />炭坑におくられちゃうから　戦争が終わったって聞いて　よかったぁと思って<br />もうその日の午後に釣りに行ったよ　のんきなものだよ　大会があって入らなくちゃと思ってすぐ入ったんだよ　それがどんな影響を及ぼすかなんて考えもしないよ　<br />あとは（生活のことは）マダムにまかせっぱなしだよ　いい気なもんだよ<br /><br />朝はブルーチーズに黒パンを食べていたよ　その頃伊勢丹で二千円もしたんだよ<br />飲み物はミルクだったかな　忘れた　朝食の後は　散歩へ行っていたね　あの小学校の辺まで行くんだよ　夜は四時か五時ころになるとバスに乗って三鷹まで飲みに行くんだ　そうなるまでは聞くも涙の物語だよ　trist（トリスト悲しい）じゃなくmiser（ミゼールみじめ）だよ     親のお金で結婚式もやってもらって　居候で弟たちが戦争から帰って来て　兄貴は何もしないで　その上共産党だなんて冗談じゃないって　で　東京へ行くからって親父にこの家を一軒買ってもらって　残ったお金が六百円　それで花を買って商売を始めた訳だ<br /><br />お嫁さんがつぶしの利かないひとじゃどうなっていただろうね　そんな稼ぎのない所には嫁にやれないって引き取りに来たかもしれないね　働いたこともないのに商売をして　しかしマダムは悪いほうには考えない　良いほうに良いほうに考えるんだから　私なんか　やりもしないで　だめだぁ　だめだぁって言ってるんだからねぇ　日本のバブル期にのってさ　もうかったお金で一万円もするオペラの切符を買ったり　スキーに行ったり<br />土曜日になるとさぁーと行っちゃうんだから体が休まらないよ　いくらスキーでもね<br />五十九歳になって病気になって　体がこうなっちゃうんだもの　もう商売は止めたらと言ったら　「私の生き甲斐なのに」と言っていたよ　<br /><br />親父や子どもから愛を受け取るばかりで　何も報いることが出来ないよ<br /><br />マダムは急行列車だよ　停まらないんだから　わたしはみんなの後から<br />もうだめだと言いながら　息を切らしながらついて行くほうだ<br /><br />マダムはね　次はどこへ行こうって　しょっちゅう考えていたよ<br />今度の休みはどこへ行こうって　山にスキーに　世俗的なことにはあまり染まらずにね　だってそうだよ　頭の中は　オペラやなんかの世界にいるんだもの<br /><br />（尾池和子さん聞き書き「博光語録」より） ]]>
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<dc:subject>大島生花店と静江</dc:subject>
<dc:date>2009-11-24T00:06:33+09:00</dc:date>
<dc:creator>大島博光</dc:creator>
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<title>群馬の豊幡９条の会の皆さん</title>
<description> 群馬の豊幡９条の会（高崎市豊岡・八幡地区）の皆さんが「松代大本営地下壕と大島博光記念館の旅」で見えました。小林事務局長が地下壕ガイドもしました。
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<![CDATA[ <div style="text-align: center;"><a target="_blank" href="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/20091124073026912.jpg"><img width="300" border="0" alt="9jyou" src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/20091124073026912.jpg" /></a><br /></div><a target="_blank" href="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/20091124002943036.jpg"><img width="550" border="0" alt="IMGP1634高崎" src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/20091124002943036.jpg" /></a><br />群馬の豊幡９条の会（高崎市豊岡・八幡地区）の皆さんが「松代大本営地下壕と大島博光記念館の旅」で見えました。<br />小林事務局長が地下壕ガイドもしました。 ]]>
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<dc:subject>来館</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T00:28:21+09:00</dc:date>
<dc:creator>大島博光</dc:creator>
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<title></title>
<description> 市川市民診療所の児島さんが見学に見えました。はなやで昼食のあと、地下壕見学に向かいました。
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/IMGP1622.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/IMGP1622.jpg" alt="児島" border="0" width="550" height="367" /></a><br />市川市民診療所の児島さんが見学に見えました。はなやで昼食のあと、地下壕見学に向かいました。<br /> ]]>
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<dc:subject>来館</dc:subject>
<dc:date>2009-11-22T23:09:52+09:00</dc:date>
<dc:creator>大島博光</dc:creator>
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<title>晩秋の浅間山と上信越道</title>
<description> 上信越道で碓氷峠をこえ、佐久に入ると噴煙をたなびかせる雄大な山容が。冬になって雪が全体を覆う姿も素晴らしいが。
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/IMGP1528.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-24-origin.fc2.com/o/s/h/oshimahakkou/IMGP1528.jpg" alt="浅間山" border="0" width="550"  /></a><br />上信越道で碓氷峠をこえ、佐久に入ると噴煙をたなびかせる雄大な山容が。冬になって雪が全体を覆う姿も素晴らしいが。 ]]>
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<dc:subject>信州の自然</dc:subject>
<dc:date>2009-11-22T12:40:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>大島博光</dc:creator>
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<title>花屋のお母さん</title>
<description> 　私が子供だったころ、一家の大黒柱としてたくましく働き、太陽のように皆を愛し、励ます母を見て、いつか母の一生を書いたらすばらしい人間ドラマが出来上がるだろうなと思っていた。しかし自分が大人になってしまうと、生活に追われて余裕がないためか、感受性が鈍くなったためか、感動的なドラマを書くのは夢となってしまった。＜花屋のお母さん＞　父が詩人という，経済生活と無縁の職業だったので、母が花屋をやって家族を養
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<![CDATA[ 　私が子供だったころ、一家の大黒柱としてたくましく働き、太陽のように皆を愛し、励ます母を見て、いつか母の一生を書いたらすばらしい人間ドラマが出来上がるだろうなと思っていた。しかし自分が大人になってしまうと、生活に追われて余裕がないためか、感受性が鈍くなったためか、感動的なドラマを書くのは夢となってしまった。<br /><br />＜花屋のお母さん＞<br />　父が詩人という，経済生活と無縁の職業だったので、母が花屋をやって家族を養ってきた。はじめは魚鶴という魚屋の店先に花を置かしてもらって商売していたが、やがて篠塚さんの地所に店を開いて拡大していった。おさんどんは父がやり、子供も米とぎや風呂焚きなどをやった。母が仕事から帰ってくるのはいつも夜八時過ぎだった。自転車が停まる音がすると子供たちがわっと玄関に飛び出して「今日のおみやげは何？」と、お菓子をもらうのが楽しみだった。<br />　クリスマスと歳末が店が一番忙しいときだった。父も夜遅くまで店に出て働くので、子供たちは家でラジオを聞きながら寝るのがクリスマスの過ごし方だった。<br />　子供たちが成長すると、重要な戦力として働くことになった。暮になると家中が花の桶で足の踏み場もなくなった。夜、店から帰ると父の料理を食べてから、皆で仏花作りにとりかかる。はげましに父がかけるロシア民謡のレコードを聞きながら花束を作っていった。母は一番最後に帰ってきて毎晩二時三時まで夜なべ仕事をした。大晦日は一日中、戦争のような店売りの混雑が続いた。夜になり客足も下火になると「紅白が始まったのね」といって、食事をしてあとかたずけを始める。ゴミの山を運び終わって店を閉め、除夜の鐘を聞きながら家路につくのだった。家では父がごちそうを作り待っていた。それからほくほくして売上げを数える。正月の二日問は死んだように眠り続けるのがお母さんだった。<br /><br />（追悼文集『大島静江をしのんで』大島朋光「母の思い出」から） ]]>
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<dc:subject>大島生花店と静江</dc:subject>
<dc:date>2009-11-21T01:09:24+09:00</dc:date>
<dc:creator>大島博光</dc:creator>
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