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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




今月のうたごえ喫茶で朝鮮の童謡『故郷の春』を歌いました。
一番は日本語、二番は韓国語。

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大勢の皆さんが集まり、盛り上がりました。
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最後に「今日の日はさようなら」を輪になって歌いました。
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[ジャック・デュクロの追想(5)]の続きを読む



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(「世界政治資料」 1975年6月)

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(「世界政治資料」 1975年6月)

ニューシュ
Nusch(ニューシュ)


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(「世界政治資料」 1975年6月)

*新日本新書『アラゴン』──『殉難者たちの証人

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1941年10月14日、シャトーブリアンにて。 左から右へ、Roger Sémat、Jean-Pierre Timbaud(ジャン・ピエール・タンボー)、
Rino ScolariとGuy Moquet (ギィ・モケ)。(Alain Guérin 'La Résistance / Chronique illustrée /1930-1950'より)






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*ジャック・デュクロ フランス共産党政治局員・上院議員。1975年.4月25日心臓発作のためパリの病院で死去。78歳。
(「世界政治資料」日本共産党中央委員会 1975年6月)

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(「世界政治──論評と資料」 1982年1月下旬号)



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(詩集 『時のつとめ・わたしのこころ』)

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原夏子さんが8月25日にご逝去されました。
今は亡き西條紀子さんと「あいち九条の会」で活動され、2008年7月、大島博光記念館の開館式のときに西條紀子さんと一緒に名古屋から駆けつけました。実父の新村猛さん(元名古屋大学教授・広辞苑編集者)が戦前、治安維持法で弾圧されたことを語っていました。
同年7月4日には名古屋の「名東九条の会」のバスツアーで松代大本営象山地下壕見学に見え、はなやでうたごえで交流しました。
昨年、「体力がなくなったので記念館には行けませんが頑張ってください」とのお手紙を頂きました。
長い間のご支援ありがとうございました。

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記念館開館にあたってのゴーシュロンのメッセージを代読。
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懇親会にて西條紀子さん(右から二人目)らと。
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「名東九条の会」のバスツアーで
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1945


(詩集 「時のつとめ・わたしのこころ」)

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満蒙開拓団として旧満州に渡りながら敗戦により現地に取り残された中国残留孤児。川越市の藤沼敏子さんが62人にインタビューして過酷な体験を聞き取り、証言集にして出版したそうです。東京新聞夕刊(8月24日)が報じました。
満蒙開拓団の歴史的経緯や日本政府の冷淡な施策についても解説し、満蒙開拓とは何だったのかとの疑問が消えないといいます。

新聞

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1938年、第二次世界大戦直前のドイツ。10歳の少女リーゼルは里子に出される。親が共産党員だったため、別れなければならなかったのだ。新しい親は気のいいペンキ職人のハンスと、その妻でおこりんぼのローザ。閉じこもりがちだったリーゼルをハンスは温かくむかえ、一緒に本を読んであげる。隣に住むルディは無邪気なサッカー少年で、リーゼルを好きになって毎日追いかける。リーゼルは彼らにうちとけて本好きの少女に成長する。
ある日、収容所送りを逃れてきたユダヤ人青年マックスがハンスを訪ねてくる。先の大戦でマックスの父親に命を救われたハンスは危険を承知で彼を匿う。地下室での生活のなか、文学を愛するマックスはリーゼルに自分の言葉で表現する訓練をし、ノートをプレゼントして文章を書くように勧める。
秘密の生活で家族のような信頼関係を築いたハンス家だったが、ユダヤ人狩りが厳しくなるなか、ハンスの善意の言動が危険を招くことになり、マックスは自分から家を出るのだった。泣き顔で見送るリーゼル。
やがて空襲が激しくなり、ハンス家とルディの家は過酷な結果を迎える……。

善意の人々を追い詰め、犠牲にする独裁政治と戦争、その中で懸命に生きる登場人物に共感できた。
みんなが感動した映画なのに日本で劇場公開されなかったのは不思議。(DVDは発売)
原題 The Book Thief
監督 ブライアン・パーシヴァル
原作 マークース・ズーサック『本泥棒(The Book Thief)』
配給 20世紀フォックス 2013年10月
出演者 ジェフリー・ラッシュ エミリー・ワトソン ソフィー・ネリッセ

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