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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 
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長野詩人会議機関誌『狼煙』98号が発行されました。
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課題詩は「薔薇」で、興味ひかれる詩が9篇。
大島博光の関係では大島博光「間島三樹夫さんへの弔詩」、
大島朋光「大島博光とチリ人民連帯運動」。
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巻頭詩は無言館で歌われた合唱を聴いて
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長野詩人会議6月例会が開催されました。
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『赤旗』文化欄に掲載された田辺修さんの詩「六月は雨」が素晴らしい、と話題に。
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六月は雨 静かな雨の季節
濡れても心地よい雨が降ってくる
・・・
キーウには雪ばかりか砲弾が降った
・・・
春になれば麦は緑に輝きはじめるのに
畠には地雷が埋められていた
・・・

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発行されてほやほやの『狼煙』98号をもとに合評しました。
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団体
今日も雨は降らず、真夏の暑さでした。

 

空とぶ鶴の群れの中に
あなたはきっといる
きっと このわたしを待っている
激しい戦いの日も 空に群れてとぶ
美しい鶴の群れ あなたはそこにいる

いくさにいのち捨てても
死んではいない
あなたはきっといる きっと生きている
このわたしを待っている
激しい戦いの日も 空に群れてとぶ
美しい鶴の群れ あなたはそこにいる

 作詞:ガムザトフ 日本語訳詞:中村五郎
 作曲:フレンケリ

6月25日、久しぶりのうたごえ喫茶で竹松さんが歌いました。
 いくさにいのち捨てても あなたはきっと生きている このわたしを待っている
愛する人を戦場で失ったどれほど多くのロシアの人びとの胸に響いたことでしょう。

竹松
うたごえ



 
1971901本文

*浅間とは浅間温泉の高橋玄一郎のこと。高橋は温泉宿を経営しながら共産党員村長もつとめた。「首都死守」は『蠟人形』1940年8月号に掲載。
西山はアラゴンの『ウラル万歳』の原書を博光から借りて筆記していたようだ。
 
197101

[寒もさがり、我がゆくみちは千曲川辺──西山克太郎のはがき1971年1月]の続きを読む

 
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*作曲家の小山清茂と思われる。二人の共通の友人で、西山が上京して大島博光宅を訪れたときは宿代わりに小山清茂の家に寄った。
西山克太郎はエリュアールに興味をもち、フランス語の原書を取り寄せるほどだったことがわかります。

 
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多摩川

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[多摩川の鯉は如何?──西山克太郎の手紙1972年10月]の続きを読む

 
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(注)昭和16年12月、太平洋戦争が始まると同時に詩誌『リアン』同人の高橋玄一郎が、ついで西山克太郎、竹中久七が検挙された(「リアン」浅間事件)。これにより「信州モンパルナス」も途絶えることとなった。

 
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[西山克太郎からのハガキ──リアン事件の記録を見た]の続きを読む
西山克太郎経歴

1928年ごろから長野新聞、信濃毎日新聞に作品発表、早くから信州詩人連盟(信州詩人)に加盟。
32年 自ら第三次信州詩人連盟を提唱、不成立。詩誌「価」同人。
34年 個人詩誌「過去」刊行。
38年 詩誌「星林」十九号より参加。
39年 詩集「過去」出版(発禁)。
40年 信州詩人協会「信州モンパルナス」参加。
51年 「詩の家」復刊に参加。
58年 信州詩人協会設立準備会に対し、「46年信州詩人協会「信州詩人1号、武井つたひの挫折、47年第六次全信州詩人連盟結成不調などを考慮し、前者の轍を踏ざるよう提言され、設立速進のため尽力された」。
58年 長野県詩人協会に参加。
60年 長野県詩人協会幹事長就任、「草創期の詩協の基盤確立のため物心両面から多大な献身をされた」。
 長野県年刊詩集第一号を刊行、「協会としてのひとつの定期的な航跡を描いていくという点で、諸々の悪条件を背負ったまま出帆のドラをならす訳である」二号あとがき西山。
63年 長野県詩人協会幹事長就任、その後ながく副会長を務められた。
63年8月 大町市木崎湖で催された長野県詩人協会の研修会に参加。
73年以後 毎年、星林祭に参加。
81年 「リアン私記」の執筆。

著書 詩集『過去』
『山中拾遺集』『蘭花消息鈔』『貝殻庵通信』(共に私家版)
『リアン私記』(未完)

本名 小林元、1914年、長野市生。1989年1月、病没。(75歳)
連絡先 長野市吉田三 小林房江

(かおすの会編『長野県現代詩史』1990年より)
 
あじさい

 
うた




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(新日本新書『エリュアール』)

マチルダ
マチルダ


[『エリュアール』 6.別れと出会いと(4)人民の子ニューシュ]の続きを読む



別れと


ニューシュと
ニューシュとエリュアール

(新日本新書『エリュアール』)





別れtp2


(新日本新書『エリュアール』)

ロココ
ロココ(絞り咲き)


[『エリュアール』 6.別れと出会いと(2)ガラとダリ]の続きを読む



別れと


(新日本新書『エリュアール』)

赤
バーレッタ フォーエバー







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(新日本新書『エリュアール』

戦艦ポチョムキン
 




 
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(新日本新書『エリュアール』
 
あか
フォールスタッフ


[『エリュアール』 5.詩人の帰国──モロッコ戦争(4)ブルトンとともに離党]の続きを読む


 
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(新日本新書『エリュアール』
 
パレード
パレード


 
モロッコ戦争2


(新日本新書『エリュアール』)
 
コーネリア
[『エリュアール』 5.詩人の帰国──モロッコ戦争(2)]の続きを読む


モロッコ戦争1


(新日本新書『エリュアール』

アルテミス
アルテミス
[『エリュアール』 5.詩人の帰国──モロッコ戦争(1)]の続きを読む
 さらに「二度と会わなかった人たちの永遠さ」(一九四五年)のなかで、エリュアールはレジスタンスの殉難者たちの名前に詩人や作家たちの名前をつらねて、思い出をたぐっている。 「耐えがたい時代」のなかで消えていった友人たちの名前をくりかえす口のなかに、溢れる灰の味を覚えながら、そこに記憶の力を再発見している。

 明るい顔たち 暗い思い出
 それから 眼のうえの一撃のように
 焼かれた紙のような顔たち
 灰ばかりの記憶のなかの
 忘却の冷たい薔薇
 しかしデスノスよペリよ
 クレミュよフォンダーヌよピエル・ユニクよ-
 シルヴァン・イトキンよジャン・ジョシオンよ
 グル・ラドネよリュシアン・ルグロよ
 時代 耐えがたい時代
 ポリッツェルよドゥクールよロべール・ブランシュよ
 セルジェ・メイエよマシアス・リュベックよ
 モーリス・ブールデよジャン・フレイスよ
 ドミニック・コルティシアトよ
 そしてマックス・ジャコブよサン・ポル・ルーよ  もう存在しない時代
 もどってくるわたしの記憶のなかで
 わたしの喚びだす記憶のなかで
 すべてである時代
 ……
 そしてみんな人間の顔をした人たち
 みんなわれわれに生を可能にしてくれた人たち
(『ドイツ軍の集合地で』)

 レジスタンスの大きな闘争のなかで、歴史のなかで、詩もまた日付けをもつことになる。それと同時に、この詩におけるように、詩は人びとに捧げられるものとして書かれる。それは、詩人が自分自身だけを語ることをやめて、共同の闘い、共同の生、共同の未来を見いだしたからである。
 こうして詩そのものが、愛、怒り、憎しみをうたう武器となる。敵の手に倒れたたくさんの英雄たちが、詩人たちにそれを無言のうちに要請したともいえよう。つまりそれは占領下の暗黒のなかでくりひろげられていた闘争のこだまであり、反映であった。
 エリュアールは「無意識の詩と無意志の詩」(一九四二年)のなかで「真の詩人たちは、詩がただ彼らだけのものであるなどとはけっして考えなかった」と書き、ほかのところで、「詩人たちはほかの人びとのなかのふつうの人間である、とふたたび言うべき時だ」と語っている。つまり、レジスタンスのなかで書かれた詩は、詩人たちだけに通用するような特殊な詩ではなく、ほかのすべての人びととの共同の声であった。
 こうしてジャック・ゴーシュロンが語るようにレジスタンスのなかで、長いあいだ土のなかに埋められていた詩という武器が、怪物どもとたたかうために、生き残るために、愛するものをとり返すために、ふたたび土のなかから掘り出されて、多くの詩人たちの手によって磨かれたのだ。そうして武器となった詩は、表現方法であると同時に、詩人と読者たちとのコミュニケーションの方法となる。こうして詩は、塗炭の苦しみのなかで、生ける実践となり、社会的実践ともなり、言葉によるコミュニケーションに力を与えたのである。
 解放後、エリュアールは新しい詩の展望を語ることになるが、そのときにも、レジスタンスにおける体験、そこで獲得した確信が大きな拠りどころとなったのだった。その確信はまたナチの暗い夜のなかで、未来のために倒れた多くのレジスタンスの活動家たち、戦士たちのものでもあったのである。
(この項おわり)

(新日本新書『エリュアール』
 
アルテッシモ




アラゴン下3

呼びかけるアラゴン

(『月間学習』1987年8月)






下_2


(『月間学習』1987年8月)

バラ園


[党の詩人・アラゴン(中)愛の詩人──世界の共産党員物語 アラゴン]の続きを読む

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(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)




下


リティン監督

(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)
[座談会 ミゲル・リティン監督は何を残したか(5)リティン氏の残したもの〈下)]の続きを読む



上


リティン監督

(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)
[座談会 ミゲル・リティン監督は何を残したか(4)リティン氏の残したもの〈上)]の続きを読む

歓迎の二週間1
歓迎の二週間2

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リティン夫妻は広島を訪れ、神戸ではヒロシマ・ナガサキ=アッピールに署名しました。

(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)


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レセプション

(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)


[座談会 ミゲル・リティン監督は何を残したか(2)招請運動のとりくみ]の続きを読む


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(『チリ人民連帯ニュース』第32号 1988年3月20日)





ミゲル・リティン監督


89年9月、『戒厳令下チリ潜入記』(岩波新書)の主人公ミゲル・リティン監督を歓迎する集会が開かれ、大島博光が歓迎することばを朗読しました。

ミゲル・リティン監督を歓迎することばを朗読
 
リティン監督歓迎

リティン監督



[ミゲル・リティン監督を歓迎することば]の続きを読む
小林園子さんは2019年12月、健康問題のため事務局長を退任しましたが、このたび大島博光記念館副館長に就任することになりました。記念館の展示内容や文化行事の企画などで力を発揮していただきます。
5月29日に開催された友の会総会で承認されました。よろしくお願いいたします。
 
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好天に恵まれ、バラたちも一斉に花開いてくれました
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矢野さんがバラの育て方についてお話し
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ついでガイドツァーでまわりながら説明されました
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大アーチのアンジェラ
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鮮やかな赤のリリー・マルレーン
バラ ロサ ケンティフォリア バリエガータ
去年植えたオールドローズ、ロサ・ケンティフォリア・バリエガータ
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風間さんと松本さんによる美しい篠笛の演奏が始まりました
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薔薇が咲いた、夢一夜、荒城の月、千曲川、ふるさと、涙そうそう、時代、などなど
たくさんの名曲が奏でられました
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おやき、押し寿司、野菜のバザー
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館内で着物リメイク作品や小物のバザー
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タイトル
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(『月間学習』1987年8月)

池

[党の詩人・アラゴン(上)フランスの起床ラッパ──世界の共産党員物語 アラゴン]の続きを読む


下


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エルザ・トリオレ(1932年)


(『月間学習』1987年7月)



[愛の詩人・アラゴン(下)エルザとの出会い──世界の共産党員物語 アラゴン]の続きを読む


入党2



(『月間学習』1987年7月)

ラ・セビリアーナ

[愛の詩人・アラゴン(中)思想的変遷─入党──世界の共産党員物語 アラゴン]の続きを読む

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アラゴン

(『月間学習』1987年7月)




下


(『角笛』19号 1961年6月)

鳩

[詩と音楽にかかる橋(下)  西山克太郎]の続きを読む

バラまつり



中


(『角笛』19号 1961年6月)

彫刻

[詩と音楽にかかる橋(中)  西山克太郎]の続きを読む

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(『角笛』19号 1961年6月)

谷津
 
[詩と音楽にかかる橋(上)  西山克太郎]の続きを読む

 
多頭内閣への支払請求書


(『角笛』22号 1962年4月)
 
噴水

[多頭内閣への支払請求書  西山克太郎]の続きを読む


修


(『角笛』21号 1961年12月)

エクスプルワ

[乱丁本  西山克太郎]の続きを読む

 
死を歌い


(『角笛』18号 1961年4月)
 
ポートタワー

[死を歌いもつためには……  わが大島博光へ   西山克太郎]の続きを読む


ツエトキン


(『月間学習』1987年6月)

アラゴン
ルイ・アラゴン 1922年


[共産主義にむかうアラゴンの道(下)──世界の共産党員物語]の続きを読む
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バラまつりを控えて草刈りを中心に作業しました
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便利バラ作業 - 3 / 18
ほとんどのバラは硬いつぼみ
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便利バラ作業 - 1 / 18
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便利バラ作業 - 14 / 18
アンネのバラは少しほころんできました
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マダム・アルフレッド・キャリエールはほぼ満開
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早咲きのアンジェラとスパニッシュ・ビューティもまだまだです
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往年のイタリア映画「ひまわり」を観ました。
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かつてない参加者数で満席に。
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ウクライナが舞台なので又見たくなった、という方や
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ソフィア・ローレンの存在感がものすごい、
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戦争によって引き裂かれた夫婦の悲劇が胸に迫る。
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ウクライナ支援の募金が呼びかけられました。






中


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(『月間学習』1987年6月)

 
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失踪


(新日本新書『エリュアール』)
 
ガラ
ガラとインドシナにて(1924年夏)

[『エリュアール』 4.シュールレアリスム・詩人の失踪(5)]の続きを読む


失踪3



(新日本新書『エリュアール』)

シュールレアリスト
シュールレアリストグループ 1924年


[『エリュアール』 4.シュールレアリスム・詩人の失踪(3)]の続きを読む

 
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(新日本新書『エリュアール』
 
エルンスト

エリュアールの家族とエルンストの家族、オーボンヌにて1924年



[『エリュアール』 4.シュールレアリスム・詩人の失踪(2)]の続きを読む
[こころざしつつたふれし少女たちのバラード]の続きを読む